祈り
夜明け前、東の空が薄く染まりはじめるころ、ソルヴストランドの小さな村、ヘルシルヴァの家々からはかすかな灯りが漏れ始めていた。湿った空気に、松林の香りとどこか遠くで燃やされる薪の匂いが混ざり合い、冷えた石畳を覆うように漂っている。
この村は、北の険しい山々と南の海を結ぶ街道沿いに位置しており、ここを通る者は旅人も商人もどこか疲れた面持ちで足を休めていく。とはいえ、村そのものは静寂に包まれ、石造りの教会が集落の端にぽつんと立つだけで、目立った華やかさもない。ひとたび雪が降れば村全体が一色に染まり、吹雪に閉ざされることも珍しくない土地柄だ。
その教会では女神エリュンナの像に膝立ちで向き合い、双子の少女が一心に祈りを捧げていた。
徐々に大人になりゆく年頃の少女の両手はまだ小さく、それぞれぎゅっと固く握り合わされている。女神エリュンナは「星々の歌い手」と呼ばれ、星の運行を司り、運命の糸を織り成すとされる女神だ。星空に浮かぶ無数の光はエリュンナの目とされ、運命や希望を象徴する存在とされる。祈りを捧げることで、村人は彼女の加護を得られると信じられていた。
(みんなが私たちをいじめなくなりますように…)
小さな願いは、暗闇の中にわずかな温もりを灯すかのように、少女たちの心に静かに根を張る。エリュンナの像は無言のまま、彼女たちの祈りをただ受け入れているようでもあり、どこか冷ややかな無関心を抱いているようにも見える。
やがて、東の空に朝日が差し込みはじめ、村全体をゆっくりと照らし出す。冷えた空気の中で、村人たちはまたいつもの一日を迎えようと身支度を整え、双子の少女たちも静かに教会を後にする。彼女たちの背中を見送るように、教会の鐘が静かに鳴り響き、何事もなかったかのように村は目を覚ましていった。