叫び
グラシアは一歩外に出ると、その勢いでエイリクを土の上に突き飛ばした。エイリクは激しく地面に叩きつけられ、衣服に埃が舞い上がる。しばらくその場に横たわり、震える身体で何も言えないでいた。痛みよりも恐怖が彼を支配し、顔を上げることさえできない。
その瞬間、教室の中の誰もが息を呑み、立ちすくんだ。ミルダも、ザイルも、他の生徒たちも、グラシアの激しい怒りのオーラに圧倒され、誰一人として声を上げられなかった。
そして誰も止められないまま、グラシアは倒れたエイリクに鉢植えの土やバケツの冷たい水を次々と浴びせていく。
「やめ…やめろよ!やめてくれ!!」
エイリクの必死な叫び声に最初に反応したのはミルダだった。全身で彼女を止めようと、慌ててグラシアに飛びつく。
「グラシア!だめ!!」
ミルダの声が、ようやくグラシアの耳に届いた。グラシアはその瞬間、動きを止め、フーッフーッと獣のように荒い息をついた。その目に宿るのは、もはや怒りだけではなく、心の奥底で燃え上がった、長い間溜まっていた憤りの火花だった。
「私とミルダは昔っから…こんなふうに嫌がらせされてきた。土を投げられて、冷たい水を浴びせられて、ひどいことばっかり言われてきた…」
グラシアの言葉に、今度はミルダが硬直する。ようやく気付いたのだ。妹の全身が震えていることに。
そしてそれは、怒りからだけのものではないことに。
「今私があんたにしたことと同じことを、何度もされてきたの。今朝のユーリの靴箱だって、私たちは何度も経験してる」
グラシアの目が血走り、その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ユーリの靴箱、夜中に私がやったの。畑のおじさんのラベンダーも、私が水撒いて台無しにした…。嫌がらせするあんたたちの気持ちが知りたくてやったの!悪者を成敗する気持ちなのかなって!それが気持ちいいことなのかなって!私にとっての悪者は嫌がらせするあんたたちだったから!でも……でも…、」
両の手を爪が食い込むほどに握りしめ、グラシアは震える声で叫んだ。
「信じられない!!なんでこんなことできるの!?畑のおじさんが困ってるのを見たときも、ユーリが靴箱で半べそになってたときも、今あんたを痛めつけてたときも、私すっごい気持ち悪かった!!すっきりなんか全然しなかった!!」
その言葉に、周囲の生徒たちも完全に息を呑んだ。ミルダの目にも涙が溢れ、今までのことを思い起こし、心の中で何度も自分を責めていた。
妹の怒りは、もはや単なる復讐心ではない。彼女は過去の怒りや痛みが重なり、今ここでやっと爆発している。そしてその胸の内には、確かに報復を果たすことへの欲求もあったかもしれないが、同時にそれが彼女自身をさらに苦しめているという事実も強く感じられた。
それは間違いなく、彼女の優しさのはずなのだ。
「私たち……ずっと、ずっと苦しかった…。私たち、何も悪いことしてないじゃない…。ただ…、ただ生まれてきただけなのに…」
しゃくりあげるグラシアを抱きしめ、ミルダは頬を摺り寄せた。
「……ごめん。ごめんね、グラシア。グラシアはずっと、私を守ってくれていたんだよね?あなたが本当に怒るのは、私が傷付けられたときばっかりだったもんね…」
妹は文句を言っていても、不満そうにしながらも自分に手を貸してくれていた。心のフィルターを対価に差し出してから生まれた妹の攻撃性はいつも、自分を守ることに使われていた。自分の方が姉なのに…と、ミルダは申し訳なさで心がいっぱいになってしまった。
「ごめんね、こんなお姉ちゃんで。私がグラシアを守らなくちゃいけなかったのに、情けないお姉ちゃんで…ごめんね」
グラシアは誰にも分かってもらえなくてもいいと思っていた。どうせ村人に自分たちのことは理解してもらえないだろうと。自分は不器用でへたくそだから…。それでもミルダのことだけは、ミルダの優しさだけは、みんなに分かってほしかった。
その思いを誰よりもミルダ本人が理解してくれたことがグラシアの箍を外した。
「うわぁぁぁぁん!お姉ちゃん!お姉ちゃぁぁぁあん!!」
グラシアの腹の底からの叫びが、聞く者の心に深く深く突き刺さる。
ミルダは妹が泣き止むまでその叫びをずっと抱きしめていた。




