彼女の選択2
学舎にたどり着いたミルダとグラシアが中に入ると、靴箱の前で同級生のユーリが半泣きで立っていた。彼女の顔は強張り、目には動揺と怒りが交じり合っている。何かがあったのは明らかだった。
「どうしたの、ユーリ?」
ミルダが心配そうに声をかける。
ユーリの視線が靴箱に注がれる。そこには、誰かに荒らされた跡があり、中には紙くずや枯葉、そして小さなヤモリや虫の死骸まで詰め込まれていた。
辺りには嫌な匂いが漂い、視線をそらしたくなるような光景だ。
「誰が…こんなこと…」
ユーリの声はかすれて震えている。
ミルダはそっと寄り添い、どう声をかけたらいいか迷いながらも、ユーリの背中に手を置いた。しかしユーリはその手をバッと振り払い、涙に濡れた目でミルダとグラシアを睨みつける。
「やっぱり……あんたたちが呪いの双子だからだ!あんたたちが村に不幸を呼び込むんだ!!今までこんなこと、一度もなかったのに!!」
「―っ!」
憎しみを全面に押し出してくるようなその目と言葉に、ミルダは言葉を失って唇を震わせる。大きく見開いた両目に涙が溢れ、掠れる声で「ちがう…」と呟くミルダにユーリは尚も言葉を続けようとした。
「何がちがうのよ!こんな、こんなひどいこと…」
「自分の胸に訊いてみたら?」
ミルダとユーリの間に割って入ったグラシアは冷たく言い放った。ユーリをまっすぐ睨み返す目には怒りだけが込められている。
「あんたたちの不幸は全部私たちのせい?こんなこと一度もなかった?じゃあ、私たちがされたことは何?私たちも同じことされてきたよ、昔っから。何度もされてきた」
淡々としながらも鋭い言葉を投げかけるグラシアが、一歩ずつゆっくりとユーリに近づく。息を飲むように見守る周囲の生徒たちは、誰も声を発せず、ただ固唾を飲んで見つめていた。
「……」
ユーリが怯えたように、じりじりと靴箱のほうへ後ずさる。グラシアの視線は相手を逃がさないように鋭く、そこに憎しみにも似た暗さが凝縮されている。
ミルダは恐る恐る「グラシア」と呼びかけるが、グラシアは振り返ることなく、その鋭い眼差しをユーリから逸らそうとしなかった。
「…あんたたちが私たちにしてきたことも全部、私たちのせい?私たちがそうさせてきたとでも言うの?」
グラシアの声は低く、けれど冷たい刃のように鋭い。ユーリを射抜くように見据えたまま、さらに続ける。
「これだけ大勢の人間の行動をコントロールできるなんて、魔導士様もびっくりだよ。逆に邪神とでも崇めれば?」
言葉の一つ一つが、ユーリの心をじわじわと締めつけていくようだった。グラシアの冷たい視線を逸らせず受けたユーリの顔からは血の気が引き、唇が震えている。
「そ、そんな…」
ユーリは必死に言い返そうとするが、口元がかすかに震え、言葉が喉に引っかかって声にならない。ただ後ずさりを続け、靴箱の端に背中をぶつけると、ガクガクと小刻みに震えた。
「やめなよ、グラシア」
腕を引かれ、グラシアはハッと我に返る。振り返るとミルダが眉間に皺を寄せ、叱るような目で自分を見ている。
「お姉ちゃん…」
「されてきたからこそ、分かるでしょ?今のユーリがどれだけ傷付いてるか。…そこまで追い詰める必要はないよ」
きっぱりとした口調ではあるが、ミルダの目にはあくまで優しい光が宿っている。グラシアは、鋭く突き出した自分の感情の先端が、ミルダのその穏やかな光に飲み込まれていくような気がした。
「…でも、お姉ちゃん…」
それでも口を開きかけたグラシアだったが、姉の真っ直ぐな眼差しに、自然と視線を落とし、息を吐き出す。
ミルダの手がそっとグラシアの肩に触れると、彼女は深い怒りをその場に残すように、力を抜きながら少しずつ歩みを戻していった。
「グラシアは先に行ってて。私、ユーリの靴箱の片づけ手伝ってくから」
その言葉に一番驚いたのはユーリだった。今しがたひどい態度を取り、ひどい言葉を投げつけてしまったのに、何を言われているのだろうかと思ってしまう。
「え…あの…ミルダ…」
「…ユーリが嫌じゃなければ、だけど。グラシアがごめんね?ユーリの気持ちも分かるから、一緒に片付けよう?」
ふわりと笑うミルダの笑顔に胸がちくちくと痛んでくるのが分かる。「私こそごめんね」の言葉が喉まで出かかっているのに、周囲の視線が突き刺さるようで、どうしてもユーリは口に出すことができない。代わりに、胸の奥で小さな罪悪感がじわりと広がり、息苦しさを覚えた。
その様子を感情のない目でじっと見ていたグラシアは、ふと視線を下に落とし、顔をそむけるようにしながら小さく「私も手伝う」と呟いた。




