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そうだ、事故死を狙おう

 さて、私は公爵家での生活も慣れてきた。


 となると本格的に死神公爵様の暗殺計画を立てていくべきだろう。


 まず簡単な方法は毒殺だと思うのだけれど、そもそも毒というのをどうすれば入手できるのだろうか?


 私は基本的にこの公爵家から出ない。予定がないし、出るとなればこっそり、というわけにもいかない。公爵夫人の外出にメイドの一人もつけないのは無理だろうとわかってる。身代わりを引き受けてくれそうな知り合いもいないし、出先の口裏を合わせてくれる友人もいない。となれば何か欲しいものがあれば出入りの商品に頼むのだけれど。


 死神公爵と捨てられた皇女。どちらに味方すればいいのか?商人たちは考えるのはそれはもう公爵様に決まっている。私が毒が欲しいの、などと正直に頼んで、その用途が気にならないわけがない。何かあった時に自分たちが不利になることがないようにと、私の希望はすぐさまに公爵様の耳に入るだろう。

 

 つまり、私が毒を手に入れられても、それを公爵様が知ってしまえば毒殺というのは成功率が低い。


 それにもし私が毒殺を失敗してしまった場合、公爵様が生き残った場合、私だけではなく罪もない商人まで死神公爵の手にかかる。失敗して犯人が私ではないと思ってくださった場合でも、使用人たちが買収され、あるいは使用人たちそのものが疑われる可能性もある。


 私が私の幸せのために他人を不幸にするというのはどうだろうか。


 それを考えてしまうと、公爵様も自分の幸せのために亡き者にしようとするので、それはどうかと思うだけれど、私が何もしなくてもイドラ・ギュンター公爵は原作小説では死ぬ。皇帝陛下への反逆罪、暗殺、クーデターまぁ、そのあたりの細かいところは知らないが、大逆人とその名を歴史に刻んで物語から退場する。


 私はその公爵様の不幸に巻き込まれたくない。なので、公爵様がご自分で死亡フラグを建設される前に、私の方で暗殺する。これは正当防衛ではないだろうか?


 まあ、それはいいとして。


 となると、ほかには事故に見せかけた殺害方法……。

 階段で引っ張ることは試したが、一緒に転がり落ちるのはどうだろうか。……この場合私も死ぬ可能性があるし、軍人である公爵様が階段から落ちたくらいでどうにかなるだろうか。


 となると。


「つまり……ピクニック」


 



「……なんと?」

「ピクニックです。お休みの日に。どうでしょうか」


 朝食の時、私は公爵様に話しかけてみた。


 普段黙々と、私たちの唯一の一緒の時間は過ぎていく。食事の際にあまりべらべらとおしゃべりをしたいタイプには思えなかったのでこれまで黙ってきたのだが、私も方向性が決まってきたので、ここはお行儀が悪い関係なしに話しかけさせてもらう。


「……」


 すると公爵様は顔をゆっくりと上げて「外出か」と短く言った。


「はい、外出したいのです。ピクニックです。お弁当を持って」


 私はゆっくりと頷く。


 手頃な場所ならいくつか候補があった。 王都の中の自然保護公園や、大きな噴水のある公園。王都から少し離れた場所には見晴らしの良い草原もあり、風車を見に行くというのもいい。

 

 近場で済ませるのであれば大きな泉のある公園か。アヒルのボートなどあれば一緒に乗ってみたいところだけれど、多分乗ってくれないだろう。アヒルボートもなさそうだ。


「外出の許可というのなら、私は君の行動を制限するつもりはない」

「一緒に行きましょう、とお誘いなのですが?」

「何故か」


 なぜって……。


 泉に突き落として溺死させたい、という私のわくわく暗殺計画を正直にお伝えできるわけがない。


「結婚したのはいいけれど、私たちあまり夫婦らしいことをしていないじゃありませんか? 」

「夫婦らしいこと」

「はい」

「共に食事をとっている」

「それが夫婦だというのなら、街の食堂は夫婦であふれているのではありませんか」

「そうか」

「そうですよ」


 ピクニックお嫌ですか、と私が聞くと閣下は特に何も答えなかった。けれどピクニックが大好きだ!ということはなさそうなので、私はしぶしぶ譲歩する、と神妙な顔をする。


「ハイキングでもいいのですけれど」

「その違いは何だね」

「お弁当が目的か歩くことが目的かです。私の目的は閣下と一緒に出かけることですので、どちらでも大丈夫です」

「何が大丈夫なのか」


 公爵様はやや不思議そうに首をかしげたが、私が自信満々に答えたのでそれ以上は質問されなかった。


 公爵様は特に決まったお休みというのはないらしい。お仕事がお忙しい。滅私奉公とはこのことだ。 労働基準法がこの国にあるのかは分からないけれど、いずれステラ皇帝は作られた方がいいと思う。36協定など認めない方向で。


「確約はできないが」


 5日ほど。 例えば1日程度……最低でも半日であれば間違いなく、一緒の時間を作れるだろうと公爵様は答えた。


「ありがとうございます。お忙しいのに申し訳ありません」

「謝罪の必要はない」


 公爵様は短く言って食事を終えられた。 そのままいつものように。 お城に行かれてお仕事をされる。


 玄関に見送りに行くと、淡々と執事さんにあれこれと言いつけて。私の方へ特に何もない。屋敷のことを私が何かすることを期待はされていない。ある程度していいと言われていることはある。模様替えや庭の手入れ。お客様を呼んでお茶会をしていいともおっしゃるけれど、特に呼びたい友達もいない。


「いってらっしゃいませ、閣下」


 私が呼びかけると、公爵様は一度少しだけ振り返って、何も言わずに歩き始める。





「ピクニックのお弁当なんだけれど、何を作ればいいかしら?」

「……奥様がお作りになるんですか?」

「それはそうですよ。夫婦のお出かけですもの。 私が作らないで誰が作るのよ」


 食堂に戻って、食後のお茶の続きをしながら私はあれこれと思考を巡らせる。ミュンゼ夫人は私を不思議そうに眺めてくる。まるで妙なことを言っている子供に対して何と言うべきか困っている大人のようだ。


「……ご主人様は……料理人のクロンツが作ったもの以外は召し上がらないのではないでしょうか? いかに奥様と言えど、なかなかに味にこだわりのある方でいらっしゃいますから」


 ミュンゼ夫人の言葉はだいぶオブラートに包まれていた。つまり、私が、素人が作った物など、いくら奥様の手作りのものであっても、公爵ともあろうお方が口にされるだろうか。ミュンゼ夫人は公爵様が他人の手料理に対して警戒されていることを知っていて、それを私に暗に伝えようとしている努力もわかった。


「それならクロンツさんと一緒に作ります。味見をしていただければ、実質クロンツさんが作ったようなものじゃありませんか?」

「……えぇ……そうでしょうか?」

「そうですよ」


 間違いありません。私が自信をもって答えると、ミュンゼ夫人は眉をハの字にさせた。


「召し上がられなかったら、それはその時はその時ですよ。気の毒ですが、公爵様はお弁当なしということで。えぇ、人間一食くらい抜いても大丈夫ですよ。大人ですし、軍人ですし」


 と、いうことで私は食堂に呼び出された料理人のクロンツさんと一緒に5日後のピクニックのためのメニューを考えた。


 異世界だけれど、この世界は魔法がない。ファンタジーなので、魔法があってもいいと思うのだけれど、中世の異世界というだけで魔法はない。


 しかし中世ヨーロッパのような世界観で微妙に衛生管理がしっかりとしていて、医療も程よく発達している。

 下水道がしっかり装備されており、それなりに清潔感がある街並み。都合がいいと言えば都合がいい。


「それじゃあ、奥様どんなものを作りましょうか?」

「ピクニックですからね。 唐揚げとかサンドイッチとかトマトとか」

「はぁ。なんです。それは?」

「ピクニックのお弁当です」


 パンを焼いていただいて、卵サンドとハムサンドとジャムサンドがあればいいかと思うのだけれど、公爵様は物足りないと思われるかもしれない。

となると、他に……まあ、メンチカツサンドとか。 チキンカツサンドとか。ビーフカツサンドとか。カツサンドが多い。けれど仕方ない。美味しいので仕方ない。お肉好きですよ。お肉。


「公爵様きっと好きですよ。知りませんけど」

「はぁ、なるほど、そうですか」


 クロンツさんは私の言動の八割は戯言で流していいと思ったらしく、適当に相槌を打った。


「それで、奥様。それならデザートを焼き菓子ですかね?でもパンを食べるので焼き菓子だと被ってしまいますなぁ」


 果物でいいんじゃないかと私は言った。公爵様は顔色が悪い。ビタミン不足かもしれない。


「食後にコーヒーを飲みたいのですけれど、お茶を沸かすというのは私では難しいでしょうか」

「奥様、まさかメイドを連れて行かないのですか?」


 クロンツさんに聞かれて、私はなぜ目撃者を自分で連れて行かなければならないのか不思議だった。


 私は泉にトンと旦那様を突き落とすつもりである。溺死させるつもりである。

 

 うっかりと泉で溺死よくあることでだ。冬の入り口というのもいい。新婚でちょっと浮かれた殿方が、まあよくあることということで、そういう感じで処理してほしい。だめだろうか。



 さて、そんなわけで5日後急な用事ができるわけでもなく、しっかりと半日はお休みできるということで。 旦那様と一緒にピクニック。


 目的地は自然公園だ。他に利用者がいない。平日だからか。あり得るだろうか。


 誰もいない。こんなに閑散としていていいのだろうかと不思議に思っていると公爵様が答えてくれた。


「封鎖してある」


 ……なぜ?


 公園って国営では。冗談だろうか。死神ジョーク、ではなさそうだ。


「できるのですか?」


 職権乱用とかにならないか。


「構わないから行ったのだ」

「そうですか」

「そうだ」


 お礼を言うべきなのか、それとも自分で自分の密室、というか都合の良い殺害現場を作っていることに苦笑でもしておくべきなのか?


 まあ、とにかくこれは私にとっては都合のよいこと。 馬車を自然公園の入り口の止めてバスケットを持って馬車を降りる。


「その荷物は?」

「お昼です。お弁当です。ピクニックですから」

 

 たいして重くはないし、まあ外出というのは荷物があるものだ。 馬車から離れて歩き出そうとすると公爵様が私からバスケットを取った。


「……あの?」

「……」


 無言。


 という意図なんだろうが一言欲しい。コミュニケーションを取ってほしい。


 まあ彼は今日ここで溺死するのでコミュニケーションスキルを今更上げてもどうなるものではないが……。


 とことこと、公園の中を歩いて行く。鳥の声やリスなんかもいる。


 普段は公園を訪れる利用者にナッツでも貰っているのだろうか、私たちが歩いていると警戒する素振りも見せず近づいてきた。


 私が手を出そうとすると、何か菌を持ってるかもしれないと公爵様がそれを止めた。


「菌ですか?」

「野生のものだからいるだろう」

「まぁ、そうでしょうね。でも自然と触れ合いに来たような気がするのですが」

「景色で我慢しなさい」


 公爵様はきっぱりと言う。まぁ、確かに。これからサンドイッチも食べるのだし、野生動物とのふれあいはやめておいた方がいいかもしれない。


「閣下はピクニックをしたことがありますか?」

「あるように思えるのかね」

「人間だれしも子供時代はあるものでしょうから」

「では君はあるのかね?」

「ありませんね」


 伯爵家では私は外出を許されなかった。教育は家庭教師と、自力で。前世での記憶があったので勉強の方法を知っていたからよかったが。


「伯爵様は私が外に出るのを嫌がられていらっしゃいました」

「君はよく窓から顔を出しては貴族の子息連中に微笑みかけていたとか」

「あれはそういう風にするようにとヴェーラ伯爵に言われたんです。約束なんです。ご飯が欲しかったらそうするようにって」


 普段は台所の暖炉の傍で寝ていたので灰まみれだったけど、週に一度、その時ばかりはお風呂に入れさせてもらえて、綺麗な服を着せて貰えて、窓辺に座っているだけで良かった。


「そうするとお金がもらえるんですって。私はお金がかかるから、役に立ちなさいって言われました」


 答えていると、公爵様の眉間にどんどん皴が寄る。ただでさえ人相があまりよろしくない方だ。私のつまらない話など聞きたくないのだろう。ついついしゃべりすぎてしまった。


「すいません。私の話なんかしてしまって」


 何か別の、あるいは黙った方がいいだろう。私は口元に手を当てて言葉を止めると、公爵様が口を開いた。


「公爵家では何か困りごとはないか」

「ありません。公爵様はご存じかと思っていました」

「君がどう思ってるのかを聞いていなかった」


 なぜ気にするのだろう。

 私は何不自由なく、公爵様によくしてもらえている。その恩人ともいえる人を暗殺しようとしている私は恩知らずもいいところだ。


 ……伯爵家での暮らしと今は雲泥の差だ。


 私は伯爵家の人間を殺そうとは思わなかったのに、私に対してよくしてくださっている公爵様をなぜ殺そうとしているのか。


 歩いていると鳥のさえずりや、風の音がとても心地よい。


 ふと気づいたけれど。 私はドレスを着ていて、ヒールも履いている。足はとっても遅い。


 隣を歩く公爵様は私の隣だ。あゆみを合わせてくれているらしかった。


「公爵様」

「なんだね」

「歩きにくくありませんか?」


 私が言うと公爵様は軽く腕を差し出してきた。


「私が歩きにくいというわけではありません。公爵様が私の歩き方に合わせていると歩きにくいんじゃないかなと思ったんです」

「私はそれほどせわしなく歩く方ではない」

「そうですか」

「そうだ」


 ドレスはそれなりに重くて歩きにくい。なのでお言葉に甘えて、今の速度のまま、公爵様の腕を支えに歩き続けた。


「日差しが暑くありませんか?」

「気になるほどではない。君は暑くないかね」

「私は帽子をかぶっているので大丈夫です。閣下は帽子をかぶらないのですね」

「軍帽がないわけではないが」


 そんな些細な会話をしながら歩いた。不思議な気持ちだ。死神公爵とこんなにゆっくりと、何の意味もないような会話をしている。


 歩いていると目的地の泉についた。


「すごく透明ですね。綺麗ですね」


 わぁ、と私は泉に近づき素直に感動する。


 泉はただ美しいだけではなく、周囲に柵があり、夜間は暗闇にならないようにと外灯も設置されていた。


「国営だとこういう所にもしっかりお金をかけて守ることができていいですねぇ」

「君は不思議なことを言う」

「といいますと」

「土地を管理するのは当然のことだろう」

「管理というか、守るという考え方が不思議でしょうか?」


 でもそういうものではないだろうか。


 人がそこに住むということは本来あったかものが壊れてしまうが、だからこそ人がお金をかけて、手間暇かけて壊さないように。 守るために。


「お金をかけるというのはいいことだと思います」

「そうかね」

「そうですよ」


 人がお金をかけて守るべきもの、ということで私は遺跡の話をしてみた。


「閣下は遺跡にご興味はありますか」

「過去にあまり興味はない。」

「そうですか」

「そうだ」


 きっぱり言った。それで会話は終了、と思ったが、まさかの言葉の続きがあった。


「君が遺跡が好きだというのなら、いずれ西へ」


物語ではあの辺りでは遺跡が多く出たという記載があった。町が遺跡の中にあって、観光地であると同時に、歴史研究の場でもあったというその土地の名前は憶えていないが……。


「閣下は行ったことがありますか。西部の、遺跡の町です」

「視察に赴いたことはあるだが、遺跡ではなくその街の行政への調査が目的で観光をしたことはない」


過去の過ぎ去ったものよりも。

今ある未来に関わるだろう。


「私もそうするべきでしょうか?」

「君に同じように求めるつもりはない。君が過去の物語に目を向け、それを掘り起こそうとするのは私は止めない」


 夫婦なのに?と私は聞いてしまいそうになった。

 夫婦なのに同じ方向を向いていなくてもいいのか。この方はそう思っているのか。


 私はこの場所で公爵様を殺しに来たのだが、自分の奥さんに対してそんな考えをしている公爵様が、なんとなく……寂しく思えた。

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