堂々とした戦略結婚です!
こんな人と結婚……無理では?
帝国ドルツィアは首都ローザツォンの大聖堂。金銀宝石巨大シャンデリアに巨匠たちの宗教絵画。壁の模様一つにも意味があり気合が入った造りの聖なる場所で、ルーナ・ヴェーラ伯爵令嬢は顔を引きつらせた。
目の前には黒と銀の配色の軍服をきっちりと着こなした偉丈夫。顔色は土色でかなり悪いがこれが素なのだと顔合わせの場で短く言われた。目の下にはくっきりとした隈。黒い目は濁っていて、目の前にいるルーナがウェディングドレスを着ていなければ、これが今日の主役、輝かしい花婿その人だとは誰も思わなかっただろう。
「いやぁ、めでたい。なんでもまぁ、喜ばしいことだ! 我が忠臣であるイドラ・ギュンター公爵が帝国一の美姫を妻に迎えるとは!!」
本来なら聖職者が立つ場所には皇帝ステラ。輝く銀の髪に紫の瞳の神々しい容姿を持つ美男子はつい三年前に即位した元平民だ。500年前の覇王の魂を持った生まれ変わりで……現王朝は簒奪者だと北の地で挙兵して、帝国全体を巻き込んだ大戦を起こした人物。
その大戦でルーナの大切な人たちは死んだ。
……好きか嫌いかと言われたら、ルーナは新皇帝陛下のことは「死んでくださいまし」と真顔で言って雑巾を絞ったカップを差し出したいくらい嫌いだが、そんなことは今はどうでもいい。
問題は。
「……あ、あの……閣下?」
「……ッチ」
結婚の誓いの言葉をルーナは淀みなく紡いだ。向かい合って相手の瞳を見ながら、相手の瞳に写る自分自身に対して誓いを立てる。自分を裏切ることは誰にもできない、というドルツィアの昔からの伝統だ。
しかしルーナのお相手、イドラ・ギュンター公爵は黙ったままで、どうしたものかとルーナが声をかければ、忌々しいと顔を顰めた上の……舌打ち。
「……」
ひどいのでは?
ルーナは表面的には幸せいっぱいの花嫁の顔のまま、さすがにこれには傷ついた。
嫌なことはわかる。理解してる。
それにしたって、この男は……あまりにも配慮というものがないのではないか。
「あら……」
「まぁ」
「やっぱり……ねぇ?」
ヒソヒソと、静かな大聖堂だからこそ、心無いささやきが聞こえてきてしまう。
ただでさえ、歓迎されていない花嫁。
不機嫌さを隠しもしない花婿が花嫁をどう思っているのか、誰の目にも明らかだ。
(あなたの態度が、わたくしの今後を決めるのですけれど)
あぁ、これで。貴族の令嬢ご婦人たちはルーナを「侮っていい存在」と判断するのだ。
今を時めく新星。煌めく麗しい帝国の星ステラ陛下。その片腕、参謀、新皇の即位一番の功労者であるギュンター公爵の花嫁。肩書だけなら、まだ未婚の皇帝に皇后がいないこともあり、この国で最も身分の高い夫人になるであろうルーナ。
ただし、その生まれが少々複雑だ。
忌み子。災い。悪しき子と、そのように生まれたルーナを皇帝が側近の花嫁にさせた意図を誰もが考えた。
イドラ・ギュンターは別名「死神」公爵。
彼が彼の懐にある黒い手帳に名前を書けば、その人物はこの世から消えると言われている。
デスノートじゃん。と、ルーナは前世で思ったものだ。
実際は懐にある黒いノートはただのメモ帳のようなもので、他人の悪事や不正が書かれており肌身離さず持っている、というだけなのだが。
その死神に忌み子が嫁いだ。
誰もがその意図を考えた。
そしてこのギュンターの態度。
容赦を知らない、皇帝のためであればどんな残酷なことも眉一つ動かさずに行うという恐ろしい男。先の大戦では井戸に死体を投げ込んで街に伝染病を流行らせたとか。相手の戦意をそぐために捕虜たちの目玉をくりぬいて手に持たせ、自軍へ歩いて戻らせたとか。
そういう恐ろしい男のもとへ、忌み子のルーナが嫁いでく。
「つまりこれで、前王朝は完全に皇帝陛下に屈したということだ!」
「皇帝陛下万歳!」
「新王朝万歳!!!!」
ステラを心酔する若手の貴族が感極まったように叫び、喝采が沸き上がる。
ルーナは羞恥心で真っ赤になった。
(わたくしを笑い者にするために……!)
ルーナはそっと目を閉じた。
兄や父のように殺されなかっただけ良かったと思おうとしたけれど、生き恥とはこのことかと思う。
耳を塞ぎたかった。だがルーナにも自尊心はあり、ここで震えて泣きながらバージンロードを逆走するほど道化にはなれない。
「騒々しい」
恥辱に耐えるルーナの耳に、ひやりと冬の雪山の泉の水のように冷たい声がかかった。
ぴたり、と歓声が止む。
あれほど興奮していた貴族たちが、ギュンターの静かな声一つで真っ青になり身を縮めてなんとか自分の存在をこの世から少なくしようと試みている。
静寂が再び大聖堂を満たすのにそれほど時間はかからず、イドラ・ギュンターはそれっきり周囲には興味をなくしたように再びルーナに向かい合い、青紫の唇を動かした。
「これより君は我が妻である」
普通ここは、愛することを誓います、とかじゃないのか?
業務内容を告げるようなさっぱりとした言い方に、ルーナは思わず目をぱちり、とさせてしまった。
*
【銀河の星屑】という作品をご存じだろうか。
昭和の名作。まだスレイ〇ーズが発表される前、ライトノベルではなくて「ファンタジー小説」というくくりで、雑誌で毎月掲載された作品が本になるような、そんな時代の作品である。
物語はお決まりの男主人公の成り上がり。
国が始めた戦争によって、巻き込まれて村を焼かれた少年が姉の死体に泣き縋りながら「国民に犠牲を強いる王家など滅びてしまえ」と誓うところから始まる。
身もふたもない話だが、この村が焼かれた理由は作者の「一作品に一つ村を焼く」という信条で焼かれただけで、別にこの村でなくてもよかった。この村でなければ少年は復讐鬼になることはなかったが、そうなって貰わなければ物語は始まらない。
まぁ、それはいいとして。
その復讐に燃える勤勉な少年は傭兵から変わり者の貴族の弟子→養子となり、現王朝に不満を持つ勢力をまとめて、北の辺境伯、皇帝の甥と手を組んで挙兵した。バッタバッタと立ち塞がる敵!はびこる陰謀の数々を捻じ伏せて玉座に付き、立派な皇帝となる……!!まぁ、最後は死ぬわけだが。物語は毒殺された皇帝が腹心に遺言を残すことで幕を下ろす。
その毒を盛った犯人は~~~~~?
なんと皇帝の皇后となった女性。
それは~~~~~~~~~?
イッツミー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
前皇帝ポロニアの双子の妹、ルーナ、つまり私である。