深淵の王
周囲を埋め尽くしていた魔物の残骸が、突如として「腐った泥」のように溶け始めた。
泥は地面を這い、森の中心にある巨大な古木へと集まっていく。
「……来るか」
俺は腰の『炎狼剛刃兼定』の柄に手をかけた。
直後、古木を内側から突き破り、それが姿を現した。
この森の王。
体長は四メートルを超え、その姿は「悪夢」を煮凝りにしたような異形だった。
皮膚はなく、剥き出しの筋繊維が赤黒く脈打ち、全身を何百もの「人間の手」が鱗のように覆っている。
頭部には顔がなく、代わりに巨大な「縦割れの口」が鎖骨まで裂け、そこから腐敗臭を放つ数条の舌が触手のように蠢いていた。
「……オ……オォォォォォォォォン!!」
耳を劈くような絶叫。
衝撃波で周囲の木々が圧し折れる。
王がその異形な腕を振るうと、地面が爆発的に削り取られた。
「……抜くぞ」
カチン、と鯉口を切る。
ドォォォォン!!
爆音とともに踏み込み、俺は一気に間合いを詰めた。
一閃。
鞘から放たれた銀光が、王の巨腕を付け根から断ち切る。
だが、斬り飛ばされた腕からは血の代わりに無数の「手」が溢れ出し、空中で新たな触手となって俺に襲いかかった。
「ちっ、しぶといな!」
俺は空中で身を翻し、迫りくる肉の触手を紙一重で回避。
着地と同時に、刀を正眼に構え直す。
全身の筋肉が熱を帯び、血管が鋼のように硬化していくのがわかる。
レベルアップした肉体が、極限の集中力を引き出していた。
「ガァァァァァッ!!」
王の裂けた口から、黒い体液が弾丸のように射出される。
俺はそれを刀の腹で弾き飛ばすと、そのまま「螺旋」を描くように突進した。
「ハァッ!!」
加速、加速、さらに加速。
俺の動きはもはや残像すら残さない。
王の周囲を旋回しながら、縦横無尽に斬撃を叩き込む。
一秒間に十、二十。
肉を断ち、骨を砕き、異形の腕を次々と切り刻む。
しかし、王もまたその無数の「手」を伸ばし、俺の四肢を絡め取ろうと執拗に追いすがってくる。
「……終わりだ、化け物」
俺は刀を大上段に構えた。
「覇射」の全エネルギーを、刀身一点に集中させる。
白銀の刃が、耐えきれぬ熱量で青白く発光した。
「極み、一閃——!!」
振り下ろされた一撃は、光の柱となって森を両断した。
王の巨体が、頭頂部から股下まで真っ二つに裂ける。
断面から溢れ出すのは、数多の怨嗟の声と、浄化される闇の霧。
「ガ……ァ……ッ……」
異形の王は、最期に一度だけ引き攣った声を上げると、そのまま細かい灰となって霧散していった。
静寂。
血の臭いと、焦げた大気の匂いだけが残る。
俺は刀を鞘に収め、激しく上下する肩を落ち着かせようとした。




