足音
「村長、増援への引き継ぎは完了した。復旧資材もすぐに届くよう手配してある。……安心するがいい、ここはもう我ら騎士団が守る」
ヴィクトリアが、肩にかけた黒い布をなびかせながら村長に告げる。
その凛々しさに、村人たちは救世主を見るような眼差しを向けた。
……少し前まで、その布の下のFカップが俺の「おかず」になっていたとは、誰も夢にも思うまい。
「刃……。貴公と同じ空気を吸うのも忌々しい。私の馬に近づくなッ!」
当然のようにヴィクトリアには拒絶され、俺はシオンの馬の背に、彼女の背中を抱きしめるような形で乗せられていた。
「刃様、私の体温はいかがですか? 抜き立ての体に障らぬよう、私がクッションとなりますので。もっと密着を」
「シオン……頼むから黙っててくれ」
密着するたびに伝わるシオンの隠密ボディの感触。
だが今の俺には、ヴィクトリアの「聖剣」が股間に食い込まなかった幸運を噛みしめるだけで精一杯だった。
城に戻り、ようやく自室の重い扉を閉める。
泥のように疲れていたが、寝る前に汗を流そうと鏡の前で服を脱いだ俺は、思わず目を見開いた。
「……なんだ、これ?」
鏡に映る自分の体。
以前はただの「そこそこいい体」だったはずだ。
それが今、彫刻のように無駄な脂肪が削ぎ落とされ、一回りも二回りも筋肉の筋が太く、鋭くなっている。
(『射精』を繰り返すごとに……俺の肉体が、作り替えられているのか?)
煩悩の代償として得た力は、確実に俺を「最強」へと押し上げていた。
俺はその後、その日三回目となる「日課」をシオンの気配に怯えながらも完遂し、爆睡へと落ちた。
翌日。
激戦の功を労われ、一日休みをもらった俺は、一人で王都の郊外まで足を延ばした。
喧騒を離れ、誰一人いない黄金色の原っぱ。
大の字に寝転んで空を仰いでいると、陽光を遮るように巨大な影が落ちた。
「……随分と、艶のいい面構えになったな。刃よ」
「その声……フェンリルか!」
跳ね起きると、そこには白銀の毛並みを風になびかせた、神々しくも恐ろしい巨狼が立っていた。
「どこへ行ってやがった。……って、おい、何ジロジロ見てんだよ」
フェンリルは鼻を鳴らし、俺の体を舐めるように見回した。
「ふん。貴様の内に流れる『覇射』の理……その純度が、この短期間で驚くほど高まっている。昨日も、ヴィクトリアとかいう女の乳房を糧に放ったようだな?」
「っ!? なんでそれを……。いや、それより、昨日の件で俺の立場が危ういんだぞ!」
「案ずるな。すべては、貴様がこの世界で『生き残る』ための糧だ。……だが、刃。そろそろ遊びの時間は終わりだ」
フェンリルの金色の瞳が、スッと細くなる。
その眼光だけで、周囲の温度が数度下がったような錯覚に陥った。
「遊びって、どういう意味だよ」
「この国……エルミンデアを巡る運命が、濁流のように動き始めたということだ。」
「戦争が始まるのか?」
「単なる領土争いではない。この戦の果てには、世界の理を揺るがす闇が潜んでる。……刃よ、貴様は『元の世界』へ戻りたいか?」
唐突な問いに、俺は言葉を失う。
便利なスマホも、コンビニも、山のようにある娯楽も……ここにはない。
「……ああ。戻れるなら、戻りてえよ」
「ならば、エルミンデアという器を守り抜け。この国が滅び、秩序が崩壊すれば、貴様を元の場所へ送り返す道も永遠に閉ざされる。……エルミンデアを救うこと。それが、貴様が帰還するための唯一の鍵だ」
「俺が、国を救う……?」
「そうだ。だが、今の貴様では足りん。肉体は引き締まったが、魂の練度が未熟だ。さらなる高みが必要だ」
フェンリルは踵を返し、風に溶けかけるように姿を薄れさせる。
「実戦を重ねろ。魔物を屠り、貴様自身の『レベル』を極限まで引き上げるのだ。戦場は、貴様が最も効率よく『覇射』を研ぎ澄ませられる場所。……期待しているぞ、絶倫の救世主よ」
「おい、待てよ! レベルって、具体的にどうすれば——!」
俺の問いかけに答えることなく、黄金の狼は消えた。
静寂に戻った原っぱで、俺は自分の右手を握りしめる。
血管が浮き出たその手は、昨日の自分よりも確実に、強大な力を欲していた。




