第45話・2 ダンジョンコアの部屋(2)
闇魔術師の独演会が続く。
私たちは彼の独演に気をとらわれ過ぎているのかもしれない。カー爺まであきれ顔をして黙って聞いている。
「私は知っていたのだよ、このミンストのダンジョンは49層までしか無いとね。」
「此のダンジョンコアの部屋を入れれば50層だがね。」
だんだん興奮してきたのか、ダンジョンコアの周りを歩き出した。
いきなりダンジョンコアの前で止まると、自分の胸に手を当てた。
「エルゲネスでは多くのダンジョンを作って来た経験がある。」
次に私を指さした。
「お前には無いだろうがな。」
最後は、両手を上げ。
「そこで蓄えた知識が教えてくれるんだよ、ミンストの最深部が49層だとね。」
劇的な身振りで両手を振り払い、右手の手の平を広げ、左手を力強く止める。
「叡智の一端を教えてあげよう。」
「ダンジョンコアが蓄える魅力の大きさはダンジョンの階層の数に依存する。」
得意げに披露した何かの法則を言って、私たちを睥睨し見下ろす。後ろで眷属が拍手をしている。
茶番なんだけど、中々本人も気に入っている様子。
何かの法則を言ってるようだけど、魅力量(ダンジョンコア内の粒子が持つ全魅力量は魔力によって与えられる魅力量を関数とした時のスカラ量の積分値)は魔脈に流れる魔力によって増える量が違う。彼は根本から勘違いしている。
でも、神の恩寵型ダンジョンなら自律的に階層を作って行くから、結果としてコアの魅力量は階層数と級数的関係になるのかな。
止めていた体を、又ダンジョンコアを回る動作に変え、歩きながら話す。
「ダンジョンの魔力が作る外壁を調べれば、ミンストのダンジョンはカカリ村の10倍だとすぐわかるのだ。」
コアの向こうで、又止まると、此方を向いた。
「お前らには未知の知識だ、ありがたいだろう?」
確かに外壁を調べてそのダンジョンの階層数が分かるとは知らなかった。このまま喋らせていた方が色々喋ってくれるかもしれない。
言葉は出さずに、彼らを見つめ、頷くだけにする。
「うん、うん、そうだろう、そうだろう。」
私が反応した事が、プライドを刺激したのか、えらく嬉しそうだ。
「良し、良いことを教えてやろう。」
なんだか私が頷いただけで何かを話してくれそうだ。ちょろい?
「お前の母は、此処には居ないが、心配するな俺たちの仲間と一緒に別の場所に居る。」
やっぱり母を攫ったのは闇魔術師の仲間だったのね。ベロシニアだと思っていたけど、闇魔術師の方だったのか。
いま母は何処にいるんだろう?
コアの後ろから、彼の得意げな独演会はまだ続く様だ。
「ここで、イスラーファの話を一つ教えてやろう。」
「お前の母は、ダキエ国から逃げる時、聖樹の実を持ち出した。」
「聖樹の実は新たな聖樹を育てるため、ダキエでお前の叔母が生んだ実だ。」
「え!」思わず声が漏れてしまった。母から託された聖樹の実を3個持っているからだ。
聖樹の実が妖精族の叔母が生んだ子? 実って聖樹が父親?
「ほう、知らなかったようだな。」
さっきから、私が反応するたびに嬉しがっているけど、何をしたいの?
「ならば、聖樹の実を実生まで育てるのにダンジョンコアが必要な事も知らない様だな。」
ダンジョンコアが必要? 魅力の大きな物が必要ってことなのかな。
3個あるけど、3人なのかな? 一人1個のダンジョンコアを吸収して聖樹の実生ってことは発芽して最初の葉が出た状態よね。
色々考える事が一度にたくさん出て来て、私は混乱していた。
それが本当なら、私はダンジョンコアを手に入れるため、結果としてスタンビードを起こす事になるの?
私の混乱した姿が面白かったのか。
「わははっ、これは愉快、愉快。」闇魔術師が仰け反って笑い出した。
カカリ村のダンジョンは、出来立てほやほやでコアが無いとダンジョン崩壊となった。
でも、ミンストのダンジョンは昔から有ったと聞いている。そんな古いダンジョンだとコアが無くなってもダンジョンは無くならない。
その代わり、ダンジョンスタンビードが発生してしまう、せっかくスタンビードの勢いを少し弱めたのに、元に戻ってしまう。
他にも恐れる事は在る。ダンジョンコアが無くなると再びコアが作られるまで、ダンジョンの魔物の再発生が無くなり、元に戻るのに数年掛かるだろう事は簡単に推測できる。
スタンビードを凌いでも、食料をダンジョンに頼っているミンストの人々にとって、致命的な飢餓が発生してしまう。
そして、闇魔術師は私への脅迫として、これも狙っているのだろう。
ひょっとしたら彼らはダンジョンコアを手に入れ、私と取引しようと言って来るのかもしれない。
彼が嘘を言っているのかもしれないけど、嘘とは思えない程、彼が言った聖樹の実の事は予想外だった。
勿論私は、ミンストの人たちへの思い入れなど別に無い。
けど、ダンジョンコアを目の前にして、「欲しくないか?」と聞かれたら、迷ってしまうかもしれない。
私は、ダンジョンスタンビードの被害を一度でも見た後、次の被害を見逃す事が出来るだろうか?
それともダンジョンコアを手に入れる事に加担してしまうのだろうか?
一度躊躇した事を見られれば、次も同じ事を仕掛けて来るだろう。私への脅しとして。
私はどうして良いか分からず、茫然と立ち竦んでしまった。
カー爺が動いたのは、私が混乱して立ち竦んでしまった時だった。
同時にポリィーが私を抱きしめた。
「マーヤ、今は彼らを叩きのめす時よ!!」
はっとした。何を迷っていたんだろう。カー爺が闇魔術師へと肉薄して行った。結界からカー爺が出てしまったので、私も前進して結界を何時でも張れる様にしなければ。
カー爺に続いて、アントさん、ダルトさん、ケンドルさんが後を追いかけた。
私とポリィーも前へ出た。
高笑いの最中に仕掛けられ、闇魔術師達も慌てた。思わず後ろへと後ずさり、ダンジョンコアの場所から下がってしまった。
カー爺たちがダンジョンコアの場所まで進み、闇魔術師らに切り掛かった。私とポリィーもその後ろへ進んだ。
「散弾」無詠唱で魔術を行使する。
「散弾」ポリィーが続く。
闇魔術師らは風の結界を張るのが間に合った様だけど、後ろのベロシニアらは避けられずに何人かに当たった。
「く、油断した!!」
「次はミュリネンのダンジョンだ!!」そう言うと眷属が出していた闇隠に飛び込むと使い魔に押させて逃げ出した。
魅力量の説明は適当な言葉を並べただけの作者の創作です。
次回は、闇魔術師に捨てられた、ベロシニアらの事になります。




