第44話 スタンビード(3)
スタンビードに対処する事を選んだマーヤ。
探索者たちがスタンビードを知って逃げて来る。彼らが逃げる先は8層の縁だ。先ほどの林の中でトレント・果物を狩っていた探索者たちも縁を移動して7層へと向かった。
草原や林を真っ直ぐ突っ切るより、縁に沿って移動する方が障害物が少ないのだろう。
「探索者たちは、縁へと逃げていったぞ。」
「洗脳されていない方じゃったな。」カー爺がのんきに感想を言う。
「カー爺さん、それ所じゃ無いだろが、魔物が9層からやって来るぞ。」アントさんが叫ぶと。
「とりあえず、草原迄行きましょう」とポリィーが言った。状況を知るためにも、9層の入り口の様子を見てみるのが先かもしれない。
全員で駆けだすと目の前に最後の平原が開けた。遠く9層の入り口が見える。
魔物は、既に20頭ぐらいが出てきている、オーロックと魔狼が主で8層の平原をゆっくりと歩いてやって来る。
私の乏しい知識でも、階層を越えて魔物がやって来るのはスタンビードの状態で無いと発生しない。
カー爺がその様子を見てつぶやいた。
「どうやら、最初の魔物の一団の様じゃな」
「後は、スタンビードを如何するかじゃな。」
ここは私の出番だと言いたい。ここに来る途中ずーっと考えていた事がある。
「はーい!」
「なんじゃ? マリィー、スタンビードを放置する事にしたのか?」
「いいえ、スタンビードの一部を別の場所へ逃がそうと思って」
これが私の考えていた事で、神域(みんなは私の空間収納のスキルと思っている)へ、スタンビードの一部を取り込めないか考えていた。
「ハッ、なんじゃいきなり、逃がすとは、ダンジョンコアでも乗っ取る積りか?」
「私の空間収納は恐らく知っていると思うけど、其処へ8層にスタンビードで集る魔物をそっくり送り込もうと思うの」
「今なら、9層への入り口に、私の空間収納を繋げる事で少しはスタンビードを弱める事が出来ると思うの」
「マリィーはそれが実現出来ると思うのか?」カー爺が真剣に聞いてきます。他の皆も私を注目して返事を待って居るようです。
「うん、出来るよ!」
「でもスタンビード全部は無理だよ、一部だけね」
「そうか、・・・ うむ一部でも逃がす事が出来るならスタンビードの規模が少なくなる。」
「やって見るが良い。」
ちょっと考えた後、カー爺が了解してくれた。
「うん」
カカリ村のダンジョンコアとダンジョンの構造を調べるため分析して分かった事がある。
ダンジョンの各層は魔脈の先端に出来る魔結晶が大きくなる中で取り込まれて行った”折りたたまれた次元”が元となって作られている。
魔結晶がダンジョンコアへと変質する切っ掛けは、森ダンジョンなどの自然発生した物だと魔脈を流れる魔力により魅力がある一定値を超えるとダンジョンコアに変質する。
では、エルフの研究者が作り出した神の恩寵型ダンジョンは如何かと言うと。
ダンジョンコアの成かけ段階にある魔結晶に錬金術で変質させた聖樹の欠片を挿入する事で、ダンジョンの成長をコントロールできるようにしたもの、と言える。
コントロールすると言っても、元は聖樹のDNAなので、どうしても聖樹と似た物になる。それに魅力(魔力に働きかける大きさ)量の大小でダンジョンの大きさも決まる。
ダンジョンの構造は魔脈からの魔力の流れ(ダンジョンの壁に相当する)に全体が包まれた状態で、地表への開口部へと繋がっている。
自然に出来るダンジョンは地表への開口部から魔力が流れ出して広がり、森ダンジョンの様な広大なエリアがダンジョン化していく。
それに対して、神の恩寵型ダンジョンは人工的な分魔力の漏れは抑えられている。逆にその分内部に魅力量の高まりとして溜まりやがてスタンビードを起こす圧力となる。
神の恩寵型ダンジョンのスタンビードはこうして起こる。
エルフの研究者はスタンビードを起こさない方法として、ダンジョンの階層を徐々に増やして行く事で魅力量の高まりを抑える事にしたんだと思う。
ある程度成功したと言えるけど問題は、階層が深くなればなるほど、魅力の量は多くなり、バランスが崩れると、一気に魅力量を消費し、魔力の流れる量と早さを増大させる。
その魔力の流れに押し流され、中の魔物が全て地上へと出てしまう。
今私が行おうと思っているのは、このスタンビードとして地上へ放出される魔力を途中で抜いてしてしまう事だ。
ダンジョンコアをコントロールして人工的にスタンビードを発生させた闇魔術師らは、新たな階層を作るための魅力量を消費して魔力の流れを作りスタンビードを起こしたのだろう。
その魔力の奔流を軽減させれば、スタンビードの規模を小さく出来ると思ったのだ。
ダンジョンの層は一つづつ”折りたたまれた次元”が元となって作られている。鞘に入った豆粒の状態に似ている。
鞘がダンジョンを取り巻く魔力の壁で、豆粒がダンジョンの一つ一つの層になる。
今の状態を豆に例えるなら、鞘の中の豆粒が根元からの圧力で豆が飛び出ようとしている。この状態がスタンビードと言える。
私がしようとしているのは、一時的に鞘の中の豆を1個抜き取って圧を弱めたいわけ。これが成功すれば、最下層の魔物はスタンビードの圧が減り、上層へと出る事無く下層内に留まる可能性が出て来る。
スタンビードその物は止められないけど、魔物の数が少なくなり、地上へ排出される魔物も下級と中級でも7か6級ぐらいまでで収まってくれればと願っている。
カー爺から了承を得て私は、平原の先に見えて来た魔物を掬い取るように、神域の入口を開け、中で繋がるエリアを前に作った危険生物専用のエリアへと繋げた。(ラーファが怖がるので、家の在るエリアとは別に作った神域のエリア)
魔物が見た目には消えていく。
実際は、神域に入り込んだ魔物が中で神域の神力(魔力)に耐えられず、バタバタと魔石になって神域の神力の流れへ吸い込まれて行っている状態です。
しばらくそのままの状態を維持していると、やがて魔物の最初のスタンビード分が神域へ収集されて魔物の流れが無くなった。
「最初のスタンビード分は終わったみたい」私が皆に向かって報告した。
「そうか?」カー爺がもう終わったのかと首をかしげている。
「今更だけんど、マリィーはもの凄げー事ができるんだなゃ。」
「ええ、私たちでは思いもよらない方法でスタンビードに対応しましたね。」
ダルトさんの言葉に、アントさんとケンドルさんが「「うんうん。」」と頷いている。
「でも、これは最初のスタンビード分と言う事よね、まだまだ次の波が有るわ」
ポリィーは次のスタンビードの波の心配をしている。でも、私はダンジョンコアの部屋へ今こそ乗り込む時だと思う。
「ですよね、でもスタンビードの圧力は弱くなったと思うよ」
ダンジョンコアの部屋へ行く事を、私が決心した事を伝えるため、カー爺に顔を向けた。
「ならば、いよいよダンジョンコアの部屋へ乗り込む時じゃな。」
「良し、行こうぜ!」、「「はい。」」、「ええ」、「うん!」
笑い猫を召喚して、その闇隠に皆に入って貰う。
ミンストのダンジョンが何層あるのか知らないけど、いよいよベロシニアと対決だ。
次回は、ダンジョンコアの部屋での対決です。




