第31話 (閑話)アルデビド3(1)
闇魔術師アルデビドはダンジョンに罠を仕掛けてマーヤを待ち伏せした。
何と言う事だ! 我が魔術がマーヤニラエルに少しも効果が無かった。たかが7才の子供に我が魔術が及ばなかったのだ。悔しいなどと叫ぶぐらいでは気が収まらない。
せっかく苦労して用意したダンジョンを使い潰してまでも誘い込んだ罠を苦も無く撥ねつけるか? 普通じゃないぞ! いっそエルフの族長様とでも戦っているのかと思ったぞ。
なんだあの光の結界は? 闇魔術が使えなくなる結界など、我が知識の知る所では無い。いやエルフの知識を集めたエルゲネス国の貴族院の蔵書の中にも載っていない事は全書物を読んだ我が断言しよう。
あれは、樹人の知らない遥か先を行く者の叡智が生み出した結界に違いない。たかが妖精族の王の娘の子が使って良い魔術では無いはずだ。
私は打ちのめされてしまった。我が魔術の全てが打ち消され行使できなかった。かろうじて移動に使った闇隠の中へ逃げ込む事が出来ただけだ。
かろうじて我が使い魔と我が眷属の双子、ダーとビーが召喚する使い魔を使い潰しながら闇隠でダンジョンコアの部屋から逃げ出すことが出来た。
魔力の続く限り遠くへと逃げた。カカリ村の近くでは見つかれば命は無い。それが分かるだけでも遠くへと逃げる理由になる。
ベロシニア子爵の館まで、一気に逃げた。ベロシニア子爵にこのような醜態を見られることは耐えられない、だがマーヤニラエルの近くから離れられたのだ、醜態をさらそうが逃げられたのだそれだけで僥倖だ。
ベロシニア子爵は、我らの姿を見て驚いていたが、別に我らを蔑むような事はしなかった。それどころか我らをかくまう事を了承し、積極的に状況を理解しようと話し合いに応じ、我らに館に逗留する事を進めて来た。
私にとっても都合か良い事だ、ベロシニア子爵はこの国の大公の息子と言う高い地位に居る。王都との繋がりも在り、情報に通じてもいる。我らは次を求めて話し合う事にした。
当初からベロシニア子爵はマーヤニラエルでは無く、イスラーファを手に入れる事を目標にしている。彼はこの事を隠すことなく此方へ伝えて来ていた。我らの目標はマーヤニラエルなのでお互いの利害が衝突する事は無い、故に協力する事が出来ていた。
いきなり我らが現れたので戸惑っているベロシニア子爵が事情を聞いてきた。
「アルデビド様、この度はいかがされたのでしょうか?」
「ベロシニア殿、我らはマーヤニラエルを手に入れる事を目的に今回事を仕掛けたが、最後の最後でひっくり返されてしまった。」
「御覧の通り這う這うの体で逃げて来たんだ。」
「直接対決で押さえつける積りが、逆に手が出なかった、あの娘の魔力と魔術の技量は我らの手には負えない。」
「今回の事で唯一良かった事は、先に首輪を嵌める事が出来れば勝利出来ると確信した事だ。」
アルデヒドはベロシニア子爵をイスラーファ捕獲へと焚きつけたかった。そこで一つの策を提案する事にした。
「首輪を手に入れるのだ! オウミ国には最後の首輪があるだろう、我らはそれを貴殿に渡せる。」
「首輪の贋作を作るのだ、それと入れ替えて来てやる。」
「ベロシニア子爵の手先となって働くイスラーファに感知されない人材も提供しよう」
ベロシニア子爵の様子を伺いながら、提案の内容が分かるにつれ彼にもチャンスが在ると分かったのだろう、しかし何か懸念があるのか、今一つ煮え切らない。
「その代わり、イスラーファをオウミ国から連れ出せ、神聖同盟の国々を連れまわすのだ。」
「マーヤニラエルを神聖同盟までつり出し、罠に嵌め、首輪を嵌めてやる」
「首輪を嵌めた親子を前に祝杯を挙げるのだよベロシニア子爵。」
こちらの提案を吟味しているのか、捕まえた後の事を想像しているのか、ベロシニア子爵の顔を紅葉してきたが、いきなりがっかりとして肩をすぼめた。
「どうだい? イスラーファはベロシニア殿へ、マーヤニラエルはわが元へ。」
「互いに利益の在る取引じゃあないかね?」
そう言ってアルデヒドは手に持った酒を乾杯するかのように捧げた。ベロシニア子爵は引っかかるものがあるとでも言いたげな様子で聞いていた。
「アルデビド様マーヤニラエルに使う首輪はどうされるのですか?」
「ダキエにまだいくつか残っているから、それを手に入れて使う積りだ」
そこでベロシニア子爵から思わぬ情報が得られた。
「アルデビド殿、イスラーファは今日にでも王都を船で離れビチェンパスト国へ向かう予定ですぞ、全ては遅かったのです」
なんと! 船でビチェンパスト国へ出て行かれれば此方から手出しが難しくなる。考えるのだ! まだ船に乗って川を下っているなら夜は停泊している、何とかなるはずだ。考えろ!
「ベロシニア子爵はその情報を誰から何時知らされたのだろうか?」
ベロシニア子爵は少し考えていたが、やがて肩をすくめ喋り出した。
「詳しい日程は9月初めに、王都のガランディス伯爵からの知らせで知りました、彼からは首輪の保管場所も聞いています」
それからはあわただしかった、首輪の偽物を用意するのは魔金が在れば錬金で形を作る事はたやすい。難しいのは付与だが、今回は付与は無しで見た目だけ似せれば良い。インベントリのカバンの中に入れて持って来た魔金と魔銀で首輪を錬金する。
その間も闇隠の中に4人がすし詰めに成って王都へと、使い魔に押させて移動している。王都の宝物庫から首輪を回収し、王都のベロシニア子爵の使用人を数名洗脳してイスラーファから察知されない様にする必要がある。
あわただしい出発となったので、身の回りの現金や換金できる物を持っただけで出発した。ベロシニア子爵は使用人に片付けて置くように言っていたが、調べられたら彼が裏切者だと直ぐに分かるだろう。
それでも時間が無いので、急ぎに急いだ。王都へ交代しながら、移動を続け9月14日の夜明け前に王都へ着いた。
休むことなく第1城壁内の宝物塔へ侵入した、ベロシニア子爵から第1城壁内には魔力視の能力を持つ国の影が居る事も聞いた。魔力視の視線から使い魔を躱すのは厄介だが方法が無い事も無い。単純に体の小さな使い魔にするか、魔力を隠せる使い魔にするかだ。
私は、魔力を隠せるカメレオンの魔物を使い魔として使う事にした。体が小さいので闇隠を押す力は小さいが、許容範囲内だ。
首輪を入れ替えるとすぐさま王都のベロシニア子爵の下屋敷に行った。ここでベロシニア子爵と使用人4人に馬車を仕立てさせ、ウラーシュコへと出発するのだ。
ここでも慌ただしい出発となったが、うまく行けばこの国からおさらばするのだから、後の事などほっとけば良い。移動しながらベロシニア子爵の使用人を洗脳していく。計画など無い行き当たりばったりな誘拐だが、うまく行きそうな予感はある。
15日の朝、ウラーシュコに開門と同時に飛び込んだ。ガランディス伯爵の知らせでは今日の朝この港にビチェンパスト国の船団が着いているはず。イスラーファにとって慣れない船旅で、陸を踏めるのはこの国ではここが最後になる、必ず上陸するだろう。
港へ使用人を様子見に出す、帰って来た使用人から船団が港に入港している事を確認して、イスラーファがこの町に居る事を確信する。後は見つけて首輪を嵌めるだけだ。
ベロシニア子爵任せたぞ上手くやれ!
次の閑話は神聖同盟の位置関係の図と国々の説明です。




