第30話 (閑話)ポリィー(1)
ポリィーはドラゴンとの闘いの後、自分の体が変化した事を自覚していた。
子供を産んでから体調が前と違ってきていたのは自覚していた。だけど今回の激変と言って良いほどの体の変化は体調だけの物では無かった。
体が自分勝手にいや半ば無意識だろうけど回復魔術がそれも極小規模の範囲で、体中隈なく行使され続けている。調子が良いなど通り越して絶好調だ。
マーヤニラエル様から貰った魔力ポーションを飲んで気絶した後、気が付いた時からそれは続いている。
ドラゴンへの攻撃に礫は効果が無くて弾かれたけど、無理をして土槍を撃った事でドラゴンにも突き刺さった。してやったりと思ったけど、私の魔力が尽きてしまった。
貰った魔力ポーションを勢いよく飲んだまでは記憶しているけど、その後マーヤニラエル様から声を掛けられて起き上がるまで気を失っていたようだ。
気が付いたら魔力も体調も格段に良くなっていた。魔力ポーションで補充される魔力が多すぎたのかもしれない。でも、直ぐに気が付いたし問題無かった。
それに魔力がいくらでも沸いて来て、土槍を何回でも撃てるし、気が付いたら詠唱をしなくても魔術名だけで行使していた。
やっぱりこの体はおかしい、気絶していた間に何がこの体に起こったのだろう? マーヤニラエル様は魔力因子の何とか言う性質を増やしたと言ってたけど、魔力が多くなっているのは確かだ。
でもこの絶好調の状態がいつまで続くのだろう? 終わった時が不調になりそうで怖い。マーヤニラエル様が言うには、増やした因子は体内で作られて補充され続けるらしいので減らないそうだ。
地下室探検隊がダンジョン探検に変わって、ドラゴンスレイヤーに成った件は、男爵様の命令で秘密にする事に成った。しかし見返りはあったと思う。
参加した報酬はとんでもない金額になって帰って来た。さらに王様にドラゴンの首とかが売れれば今の金貨2000枚が更に3倍以上になるそうだ。
男爵様から金貨が入った重い袋を貰った時は、疲れていたので家へどうやって持って帰ろうか悩むぐらいしか感じなかった。でも夫が迎えに来て重い金貨の袋を持ってくれたので助かった。
夫は迎えに来た時既にダンジョンとドラゴンの噂を耳にしていたそうだ。家に帰って袋の中身が金貨だと知って、腰を抜かしていた。噂は聞いたがほとんど冗談だと思っていたようだ。
あれだけの人の前でマーヤニラエル様がドラゴンの頭やダンジョンコアを出してドラゴンだと声を張り上げたのだ。
ドラゴンとダンジョンの噂は、今頃カカリ村の人はもちろん既に商人の耳に入っているだろうから、オウミ国中に広がるのも時間の問題だろうなぁと思う。
カークレイご隠居様とマーヤニラエル様の説明の後、男爵様からダンジョンに関わる一切の口外を禁止されたけど、恐らくその時には村中に噂が広がっていた後だと思う。
家に帰って来て息子のマイセルにお乳を上げるとお腹が空いていたのかぐいぐいと良い飲みっぷりだ。留守の間は義母に頼んでいたので、何かしら食べていると思うけど、食事を嫌がって食べ無い事が多い。1年経つのに未だに乳離れ出来て無い。
こうしてお乳を上げるから乳離れできないのかもしれない。もう少し食べてくれると安心して乳離れ出来るのに。悩みは尽きない。
息子にお乳を上げてると夫がやって来て、金貨を店の金庫へ入れてきたと知らせてくれた。つましく暮らしている私達に大金は身に余るお金だ。後でおばば様にでも預けて運用して貰う事に二人で決めている。
「ポリィー、お前がダンジョンでドラゴンと戦った事が村中の話題になっているぞ。」
「今も店に居たら、何人かやって来て噂が本当か聞いて来た。」
夫のケンドルはカカリ村の鍛冶屋だがそれだけでは生活出来無いので修理屋をしている義父の手伝いをしている。この頃は仕入れも任されて店を継ぐのも近いと義父から聞いている。
商売柄雑談でお客の興味を引く事に長けていて、カカリ村一番の情報通だと思われている。ダンジョンの件もいち早く耳に入って、迎えに来てくれた。
「どうしましょう? ダンジョンとドラゴンの事は本当の事だけど、男爵様からしゃべるなって言われているのよ」
「それにダンジョンはもう消えて無くなったわ、聞いた話だと、今後もダンジョンが発生する事は無いそうよ」
ダンジョンから出て来てまだ4コル(1時間)位しかたって無い事は不思議に感じる。腕の中の息子はお乳を飲んで満腹になったのか寝てしまった。そうッと抱えてゲップをさせる。息子を抱えたまま、夫に念押しして置く。
「あなたも気を付けてね、ダンジョンが消えた事は話しても構わないけど、ドラゴンの事は秘密よ」
「男爵様が口止めした事も喋っちゃだめよ」
夫が私の話を整理して言って良い事と悪い事を考えているようです。しばらく考えて聞いてきました。
「それじゃあ、あれか地下室調査に行った先でダンジョンを見つけた事とダンジョンが消えた事は言っても良くて、ダンジョンの中でドラゴンと戦った事は秘密にするんだな?」
出来れば噂を別の何かで打ち消したいけど、ダンジョンやドラゴンの名前は人の心を揺さぶる魅力があるから難しいわね。出来ればダンジョンが消えた事を強く言った方がよいでしょうね。
「そうね、出来ればダンジョンの事は聞かれた時だけそうらしいと肯定して、既にダンジョンが消えて、もう出てこないと聞いたって念押しして欲しいの」
「分かった、そうするよ、でもドラゴンはどうする? 魔女っ子がでっかい魔石とドラゴンの頭をボーデン奥様に見せたって言ってたぞ。」
ああ、そんなに具体的な噂がカカリ村に広がってるなんて、男爵様の口止めが遅かったわね。せめてカークレイご隠居様が玄関であんな戯言じみた言い訳をされなかったら、いいえ今更ですね。
ご隠居様は奥様のお怒りでその場を終わらせたかったのでしょうけど、責任感の強いマーヤニラエル様が暴発する事は考えなかったのでしょう。
「確かにその通りですけど、ドラゴンは何かの見間違いとかに出来れば良いのですが」
「無理じゃないか、ポリィーを迎えに行く前に見たって奴が何人か店で買い物ついでに話してたぞ。」
「それに、ポリィー、お前もドラゴンとたたかったんだろ?」
話を打ち消すにはいささか遅すぎるようですね。出来るのは、大げさに噂を流して嘘くさくする事ぐらいかしら。おばば様に報告する時、おばば様がどんな手を打っているのか聞いて見ないと私も積極的に動けませんね。明後日学園でお伺いして見ましょう。
「確かにドラゴンと戦って魔術をドラゴンに撃ち込んだけど、止めを刺したのはカークレイの御隠居様と竜騎士様たちですよ」
「今更ドラゴンスレイヤーの事を言ってもダンジョンも無いし、ドラゴンの証拠も男爵様が隠されるでしょうから噂だけに成るでしょうね」
「ドラゴンの話はダンジョンにまつわる、良くある話程度にしといてね」
夫は首を振って無理だと言いたそうです。
「無理だよ、一人二人じゃないんだよ、何人もがドラゴンの頭を見てるんだ。」
「ドラゴンの話をうやむやにしたいのなら、遅かったとしか言えないよ。」
これもおばば様に報告ね。今はダンジョンもドラゴンも秘密にする方針なので、積極的に話を否定するより、話を盛って嘘くさくするしかなさそうです。
「ドラゴンの話があったら、他から聞いた話だと言って大げさに言って欲しいわ」
「大げさにね、まぁ良いけどもう大げさな話が出回ってるのは間違いないよ」
仕方無いですね、私が出来る事はせいぜい夫に噂話に尾ひれや背びれを付けるぐらいですね。今日一日に経験するにしてはダンジョンとドラゴンは大物過ぎます。明日は休みが貰えたので家でゆっくりしましょう。
そろそろ短い秋と長い冬が始まります、冬支度もしないといけないし休みなら少し家の片付けでもしましょう。
ポリィーはこれで終わりと思っていますが、これが始まりだったのです。
次回は、闇魔術師の閑話です。




