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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第三章 学院交流
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和解

 ウンディーネは衝撃のあまり叫んでしまった。

 

「惚れたって何⁉」


 余計意味分からないんですけどと困惑に叫ぶ。

 

「言葉のままだけど、ねぇ」

「離れろ年増」


 アレスに同意を求めたところで、背中越しから宵闇が顔を覗かせシャァッと猫のように威嚇した。

 

「・・・・・・」


 セイナは思考が混乱し呆然としている。

 

「いやいやいや、なんで普通みたいに言ってんの。そもそも私たち神には人間の生殖本能なんて理解できないでしょ」

「もう、生殖本能なんて言わないで恋って言いなよ」

「どっちにしろ意味分からないんだけど」


 神は恋をしない。そもそも神は生殖本能を持たないため人間たちの恋というモノを理解することが出来ない。ましてや、神が人間に恋をするなど聞いたことがない。

 

「ビビッときたらそれはもう恋なんだよ」


 言っていることが滅茶苦茶だ。

 ビビッとなんていう曖昧な表現を神が使うこと自体珍しい。

 

「意味わかんない。そもそも恋って何」

「さぁ?」


 ルーミュもよく分かっていなかった。

 

「さぁって」

「だって私たちに恋なんてモノまだ理解できないし」


 そもそもルーミュも神だ。経験が違くとも根本的な地の部分は一緒なのだ。ウンディーネ同様ルーミュも恋とは何か分かっていない。

 

「愛なら理解できるけど、私たちが振りまく愛は博愛だし、この感情がどんな愛を示してるかは分からないよ」

「それなのに、恋をしてるって言うの」

「うん」


 屈託のない返事

 

「何がうんだ。押しかけてきただけの癖に、用は済んだから早く帰れ」


 宵闇はしっしと邪魔な女神を追い払おうとする。

 ルーミュはこんな性格をしているがその見た目は何よりも美しい。絶対にありえないが、もしアレスがこの女の毒牙にかけられればと考えると気が気ではない。

 

「たまには私もいていいでしょ」

「駄目、さっさと帰れ」


 女神と呪刀に封じられた者が一人の男を巡って争うという珍妙な光景にウンディーネは自身の常識を強く否定されたような気がした。

 

「あ、そうそうウンディーネ」

「まだ何かあるの」

「うん、自分の使徒のこと、ちゃんと理解しないと駄目だよ。大切なのは相互理解、一方的に感情を押しつけたら駄目なんだよ」

「押しかけてきた癖にお前がそれを言うのか」


 宵闇が何か言っているがルーミュは無視

 

「だからちゃんと対話しなよ。私たちは少し席を外すから」

「誰がお前の指示で」

「宵闇、ルーミュの言うとおりにしようか」

「あ、主様、この女の提案に乗るというのですか」


 ルーミュの肩を持ったアレスに宵闇は酷く狼狽してしまう。私よりもその女を選ぶのかと

 

「うん、今はルーミュが正しい」

「く、今だけは従いましょう」


 感情論ではなく論理的な決断に仕方なく従った。

 

「じゃ、ちゃんと話すんだよ」


 ルーミュの機転により、中庭で二人きりになったセイナとウンディーネ、アレスたちが離れたことによって周囲には会話を聞く者は誰もいない。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 重い沈黙が漂い出す。

 感情の共有を拒絶した身で何を話せばいいのか。片や、感情を押しつけた身で何を話せばいいのか、両者ともに口を開くことが出来なかった。

 それからしばらくしてようやく決意を示したのか口を開く。

 

「わた・・・・・・」

「その・・・・・・」


 両者同時に口を開いた結果、気まずくなり一時沈黙

 セイナが口を開く。

 

「・・・・・・私はあなたのその怒りを受け入れられない」

「そっか」


 ウンディーネは最初にセイナに拒絶されたときと違い、彼女の言葉を穏やかに聞いていた。

 

「理由を聞いても」

「悲しいと思ったから」


 即答されたことにウンディーネは目を見開く。

 セイナは自分の意志をこうして強く示すことはなかった。気まぐれでこうだろうと思うことはあっても、その蒼の双眸をまっすぐ向け自分の意志をしっかりと伝える真剣なセイナを見るのは初めてだった。

 

「悲しい、か・・・・・・・やっぱり私には理解できないな」


 ウンディーネはここに来て神と人間の思考の大きな違いに気づいてしまう。

 ウンディーネがアレスに悲しみを感じることはない。彼が自身の敵である以前に、彼に対して共感を覚えることが出来ないのだ。神はその自負故に協調性がほとんどない。そのため共感が出来ないのだ。

 

「だけど、それがあなたの変えることのない意志なの」

「うん」

「そっか」


 少し離しただけで自分の考えが塗り替えられていくような気がしたが、悪い気分ではなかった。少し、ほんの少しだけ人間の思考が理解できた気がした。

 

「はぁ、私も変わり者の仲間入りなのかな」

「・・・・・・ウンディーネは元から変」

「え⁉嘘でしょ」


 使徒からの容赦のない言葉に今日一番の楽しい驚きを見せる。

 

「よかった。よかった」


 “近く”から見守っていたルーミュが妹の成長に頬をほころばせる。

 

「のぞき見とは趣味が悪い。やっぱりこの神まともじゃないですよ」

「神だから仕方ないんじゃない」


 賛同を求めるも当然の返しを受け、そうなんですがと、宵闇は不服そうに口をとがらせる。

 現在、アレスたちは宵闇の力により姿を闇の中に隠していた。これもルーミュの発案だ。ルーミュは元からセイナたちを二人きりにする気はなくこうして盗み見ようとしていたのだ。

 少し離れてからそれを提案された二人は昔同様のジト目をルーミュへ向けるも二人の行く末は気になるため賛同してこうして隠れていた。

 

「これで解決ってしたいけど、まだなんだよね」


 さすが神、事情を把握しこれで終わりではないことに気づいている。

 

「ああ、まだ黒幕が残ってる。それに少し嫌な予感がするんだ」


 それは経験から基づく直感、セイナに敵意を植え付けたのはウンディーネではなく別な存在が関与している。

 それこそがここ最近のちょっかいの黒幕だろう。だが、セイナをぶつけてきた以外は全てお粗末で確実な殺意を感じられない。敵が周到ならば、これで終わるわけがない。セイナを切り札と考えず別な切り札を何か持ってくるはずだ。

 アレスが警戒しすぎという可能性はなくはないが低いだろう。

 セイナが失敗した今これから敵は必ず何かしらの行動に出るはずだ。それも割とすぐに


 嫌な風が吹く。

 

「嫌な予感とは」

「さぁ、漠然としたものだし、よく分からないけど警戒を」


 その先を言いかけた瞬間、薄い殺意を感じ取った。

 その殺意の向かう先はセイナ、だが当の本人は女神との会話に夢中で気づいていない。

 アレスは何も言うことなく呪刀宵闇を引き抜くと疾走

 

「セイナ!」


 アレスが叫んだのと同時、星々の淡い光に反射された銀の線が宙に瞬く。

 間に合わないと、アレスは咄嗟にセイナの手首を取り自分の方へと引き寄せた。銀の線はセイナの銀髪をすれすれに通り過ぎ地面に突き刺さる。

 

「ちょ、急にどうしたのよ」


 ウンディーネはアレスの行動に驚き、抱きかかえられるような体勢になっているセイナは突然のことで訳も分からず目を瞬く。

 

「敵襲だ。構えろ」

「は、敵襲って」


 神が困惑するのを無視してアレスはただ事実を噛みしめる。皇女の命を平気で狙ってきた。その事実がどれだけのことを意味するのか。敵はすでになりふり構っていられない状況にあると言うことだ。

 

「厄介な反応速度だな」


 城壁の上、渋い声が聞こえる。

 全員がそちらの方に視線を向けると、そこにいたのは黒の外套を羽織りフードを深くかぶった顔の見えない人物

 そして、その腕の中でまるで死んだように眠る金色髪の少女が

 

「あれは」


 宵闇は目を瞬く。そして強く歯がみした。

 

「人質か」


 アレスは状況を冷静に分析する。

 現れた謎の人物に抱えられる少女はリーゼロッテだった。

 皇女の暗殺を行おうとし、王女の誘拐、敵の余裕のなさが露骨に見えてくる。

 

「お初にお目にかかる。絶望の使途よ」

「僕に何かようかい」

「冷静だな。この王女のことは聞かないのか」

「攫って人質にしたんでしょ。それに助けようにも僕らが一歩でも動けば『ヒュドラ』塗りの針でも突き刺すんでしょ」

「・・・・・・そこまでお見通しか」


 謎の人物の手には小さな毒塗りの針が隠し持たれていた。もし動けば、これを突き刺してやろうと考えていたのだがバレバレだったことに静かに驚愕する。

 

「あ、そっちの無理な要求はのまないから」

「ほう、王女の命がどうなっても」

「お前がリーゼに何かすれば僕はお前たちを殲滅する」


 容赦のない宣言、そしてお前たちという複数に謎の人物はただ黙るほかなかった。

 人質は大切な交渉材料、それを失えばアレスへの枷を失い準備の出来ていないこの場で殲滅されるだけ

 

「で、何かよう。事と次第によっては、ね」


 その瞬間、アレスの背後で闇と光が同時に発生した。

 謎の人物へ対する最大の威嚇、絶望の使途として死戦場を蹂躙したようにお前たちも蹂躙して見せようという宣戦布告

 

「ち、この場で我らを見逃せ」

「ああ、それくらいなら構わないさ」

「・・・・・・アレス?」


 隣にいるセイナにはアレスの目的が分からない。このままではリーゼロッテがどこかへと連れて行かれるかもしれないというのに、そんな要求をのむだなんて正気を疑う。だが、それで良かった。

 

「で、僕らはどこに向かえばいいのかな」

「・・・・・・」


 何も言うことなく謎の人物はリーゼロッテを攫いどこかへと行ってしまった。

 

「教えてはくれないか、予想通りだったね」

「やはり彼らの目的は主様お一人のようですね」


 リーゼロッテを攫ったのは確実にアレスをおびき出すためだろう。セイナを狙ったのはここでセイナが死ねばその罪をアレスになすりつけることで表向きにアレスを殺せるようにするため

 後者は失敗に終わったが、前者に関しては成功といえるだろう。これでアレスたちは必然的にリーゼロッテ救出に向かわざるを得なくなった。何のヒントもないというのは時間稼ぎのつもりなのだろう。厄介だ。

 

「長くなるだろうな」

「そうですね」


 友人が攫われたのになんて暢気なことか、これが虚無

 ルーミュはその様子を悲しげに見ていた。

 

「セイナ」

「・・・・・・何」

「リーゼの捜索、手伝ってくれるかい」

「うん、私のせいで迷惑かけた。借りは返す」

「ありがとう」


 セイナの協力を得ることに成功したアレスは空を見上げた。

 

「少し曇ってきたか」


 先ほどまで澄み渡っていた空に雲が現れ、月明かりに影を落とした。


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