女神の逆鱗
「ウンディーネ・・・・・・・」
「なんで、何でなの!」
感情の共有を拒絶されたウンディーネは失望感と怒りで冷静な思考を失っていた。
今すぐセイナを変えた二人へと裁きを下したかったが使徒であるセイナに拒否されてしまえば力の行使が出来ない。
「どこの女神もうるさいですね。まともなのは“あの方”くらい・・・・・・・まとも?」
宵闇は自分で行ったことに対して疑問を覚えてしまう。
「いや、あいつはまともではないでしょ」
「確かにまともではなかったですね」
よくよく思い出してみるとアレスの言うとおりまともではなかったなと納得する。
「許さない。絶対に許さない」
「うわぁ、この女神直情的すぎません。これでよく女神やっていられますね」
宵闇は神の激にひるむことなく、それどころかあり得ないといった侮蔑の視線で水の神を見ていた。
「ウンディーネ、私は」
「どうして、私のこの気持ちを理解できないの!」
セイナの言葉を遮り、唯々自分の感情を押しつけるように叫んだ。
「そいつはうちの子たちを皆殺しにしてのうのうと生きてる殺人鬼なんだよ。なのに、どうして情にほだされるの!」
「のうのうと・・・・・・」
よくもまぁ何も知らない分際でのうのうと生きているなんていえたものだなと宵闇が怒りのあまり闇があふれ出しそうになったところをアレスが静止させる。
「ウンディーネ、なら聞くけど、お前のその子たちは一体何人の王国兵を殺した」
「そんなのお前ほど殺しては」
「変わらないだろ」
アレスがぴしゃりとウンディーネの言葉を断ち切った。
「僕が聞いているのは“全体”で何人殺したかだ。個人で何人殺そうが集団で殺そうが殺したことには変わらないだろ」
一瞬、虚無を見せながら戦場を思い出しながら語る。
結局王国側も帝国側も互いに殺し合っていたことには変わりない。アレスが個人で殺した数は帝国の人間がそれぞれ個人で殺した人数には遠く及ばないだろう。しかし、全体で見れば大差ない。それどころか帝国側の方が戦争末期まで非人道的兵器を用いていたため総量で考えれば帝国の方が多いだろう。
「それがどうした、お前が何人もうちの子を殺したのには変わらない」
「やっぱり話が通じないか」
そもそも神と対話しようなどと無理のある話だ。神は間違いを起こさない。それは間違いを起こさないと自負しているせいで自分の考えが間違っているとは思えないのだ。
「もういい、こうなれば加護を与えた子たちを使って」
「あの神、相当やばいですよ」
頭がと、小馬鹿にする宵闇だがセイナはいつも側にいた女神の異常にどうすればいいのか分からずおろおろしてしまう。
「はぁ、人はお前の操り人形じゃないぞ」
「私の子たちは皆私と同じ気持ち、勘違いしないで」
「盛大に勘違いしてるのはそっちなんだけど」
やはり手がつけられない。人間が神に何を言おうと聞く耳を持たないのは、無意識のうちに人を庇護するべき過当な存在と思っているからなのだろう。これ以上は無理そうだとアレスは宵闇に目を向ける。
「本当に呼ぶのですか」
心底不服そうに文句をたれる。
「仕方ないさ。神を説得できるのは神だけなんだし」
だが、宵闇の文句に答えている時間はない。最悪の場合ウンディーネが加護を通じて神命としてお告げを下す可能性すらある。そうなれば晴れて水神信仰の神敵として恐れられ、命を狙われ続けるだろう。
やっと先の襲撃の黒幕を知ることが出来るかもしれないというのに、加えて神まで敵に回れば面倒極まりない。
「むぅ、仕方ありません」
納得はしないが、反対はしないと、だがまだ言い足りないのか宵闇は本当に嫌そうにしながらジト目で物申す。
「というか、呼ばずとも見られているのではないですか」
あの女神ならやりかねない。というより、アレスに感情共有を拒否してからというもののずっとアレスを視ているのだから、呼ばずともこの状況を見れば颯爽とやってくるだろと、その宵闇の予想は正しかった。
直後、周囲に残っていた闇の残滓が全てかき消え神々しい光が女神と人の間で輝いた。
光はやがて収まり、姿を見せるのは一柱の女神、この世の何よりも美しい美神にして光の神、長い金髪を体から微弱に発せられる光で神々しく輝かせるその神の名はルーミュ。王国の神である彼女が降臨した。
本来なら神々しく登場したことで初めてその姿を見るセイナが畏怖を覚えるなり綺麗と思うなりするのだろうが、今ばかりはそんな感情わき上がってこなかった。ただ
「あれ、本当に神」
セイナはルーミュを不敬にも指さし、アレ呼ばわり
確かに美しく神々しい、それだけ見れば女神だと信じて疑わなかっただろう。ただ
「すごくニヤニヤしてる・・・・・・」
セイナの指摘通りルーミュはとてつもなくにやついていた。そのニヤつく姿も美しいのだが、もう蕩けるほどにニヤついているせいで、ウンディーネで女神を見慣れているセイナには美しさが半減して見えた。威厳など微塵もない。
「やっと呼んでくれたんだね。アレス」
心地いい声音に喜びを隠しきれていない女神、だが彼女とは対照的にアレスと宵闇はやっぱ呼ばない方が良かったかもと思ってしまう。
今のルーミュはアレスとその背後で抱きつく宵闇しか映っていない。
「君の相手はあっちだ、ルーミュ」
「年増はさっさと役目を果たせ」
だが、アレスも宵闇も彼女の言葉には答えない。記憶の中にある呆れが強く呼び起こされる。
二人の、特にアレスの冷たい反応にルーミュはわかりやすく肩を落としへこんだ。
「・・・・・・だよね。知ってたよ。どうせ私は“押しかけた女神”だもんね。アレスにとって私は都合のいい女だもんね」
へこんだあげく、いじけだした。
予想外の性格をしている女神にセイナは瞳を瞬かせる。今度は別の意味であれは女神なのかと疑う。彼女はあまりにも“人間らしい”。
ウンディーネは他人の意志など聞かず自分の意志にのみに従い、常に威厳と絶対者としての自負を抱く所謂神という奴だ。しかし、現れたルーミュからはそれらの神らしい要素を感じない。それどころか人のように落ち込み、喜ぶ。そこには他者の意志が反映されており、誰かが彼女の意志に入り込む余地があった。
「どうしてここに来たの。ここは私の領域、あなたがここに来るのは明確なルール違反」
ウンディーネが神のルールを語る中、閃光が走った。
「もう、あなたじゃなくてお姉ちゃんって呼んでって言ってるでしょ」
「っ」
閃光が消えるといつの間にかルーミュがウンディーネの両肩に手を置き背後で囁いていた。
ルーミュは分体とはいえその体を構成するのは光、それ故に光の性質を使うことが出来るのだ。
ウンディーネはルーミュを振り払うと振り向き叫ぶ。
「一歳しか変わらないのに、どうしてあなたをお姉ちゃんなんて呼ばなきゃならないの」
「一歳も変わるじゃん。人間だって双子で生まれたら最初に生まれた方が兄か姉でしょ。それと一緒」
「絶対に嫌、あなたが姉とか死んでも無理」
本題とは関係ないことでもめだした。
こうなることを予期していたアレスは大きく手を叩いた。乾いた音が中庭に響き渡り二柱の女神を制止させる。
「本題に戻ってくれないかな」
「あ、そうだったね。ごめんなさい」
アレスの言葉に茶目っ気を見せながら手を合わせ素直に謝るルーミュはやはり人らしい。
「ウンディーネ、その怒りを収めてくれないかな」
「それ本気で言ってるの」
「うん、丸く収めるにはそれしかないし、それからもう少しセイナのことを見た方がいいよ。あなたが勝手に怒りを流し込んだせいで苦しんでたじゃない」
「はぁ、そんなわけないでしょ」
微塵もセイナが苦しんでいたと思っていない様子に神の恐ろしさを垣間見た。神は身勝手だ。その認識は一部を除き正しいといえるだろう。つまりウンディーネは神らしい神なのだ。
「セイナは私を知ってる。それなのに、あなたの使徒が惑わしたせいで」
ウンディーネは怒りを孕んだ鋭い瞳でアレスを睨み付ける。ルーミュはすぐさまウンディーネの目の前へと移動しアレスへの視線を遮った。
「う~ん、やっぱりその認識改めた方がいいよ。もっと人に寄り添わないと」
温厚に優しく説得しようとするも、ウンディーネは吐き捨てるように口を開いた。
「は、まだそんなこと言ってるわけ。人に寄り添いすぎたせいで『聖女』と『魔女』が内輪もめを始めたんでしょ。馬鹿よね、ほんと」
ウンディーネはあんな内輪もめだけは私の領域で起こしたくないわとやれやれと頭を押さえながらヘマをしたルーミュへと見えない角度で嘲笑を送る。
「ウンディーネ」
「な、に・・・・・・」
怒ったかとウンディーネは顔を上げ笑ってやろうとしたのだが、ルーミュの“神らしい”無機質な表情を見て言葉を詰まらせた。
「死にたい?」
その声音には多分な怒りが含まれていた。
ウンディーネはルーミュの逆鱗に触れてしまった。決して触れてはならない神の逆鱗に
「あの子たちを馬鹿にするつもりなら、私は容赦しないよ。今すぐあなたの下に行って殺してあげる」
その言葉に嘘はない。その証拠にルーミュから殺気が放たれる。
その殺気は惚れ惚れするほどに鋭く、強大、しかも周囲に飛ばすわけではなくウンディーネ一柱に向けての殺気、ウンディーネはその殺気に怯み自然と体が後ずさる。神として格が違う。生まれたのがたった一年違うからではない、これは経験の差、それが露骨に現れただけだ。
「て、撤回する」
「そう、よかった」
怯えながら答える妹に満足したのかにっこりと微笑むルーミュは酷く恐ろしい。
「じゃあ、もうアレスには手を出さないって誓ってくれる」
「ち、誓う」
上下関係は決まった。もはやウンディーネにルーミュへと逆らう選択肢はなかった。
妹から終戦の誓いを得られたことで満足したルーミュはにこやかに振り返る。
「丸く収めたよ。どう、見直した?」
「ありがとう。助かったよ」
「ねぇ、見直した?見直してくれたんだよね」
求めていた答えが返ってこないことにルーミュは不安そうに涙目まで浮かべアレスへとにじり寄った。
そんな姉の姿を圧から解放されたウンディーネは石畳の上に座り込んで見ていた。
何故姉がこうまでして、あの人間に入れ込むのか分からない。
「ルーミュ」
「何?」
ルーミュは顔だけウンディーネへと向ける。
「どうして、その人間に入れ込むの」
意味が分からない。神は人を等しく見守る。そこに不平等などありはしない。にもかかわらず明らかにルーミュはアレス個人へと肩入れしていた。
神としての常識から逸脱した行為に疑問を膨らましていると、美神は小さく首をかしげさも当たり前のように
「え、惚れたからに決まってるじゃん」
「へぇ、惚れて・・・・・・はぁ⁉」
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