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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第三章 学院交流
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身勝手な神意

 セイナの周囲に水が生成され水弾を形成する。その数は魔人戦で見せたときよりも増え百を超える。

 対して宵闇が闇の花びらを舞わせる。

 

「普通の水弾じゃないから気をつけろ」

「はい、ご安心ください。あの程度、今の私には造作もありません」


 機嫌のいい宵闇は無数に展開した闇の花弁を舞わせた。花弁は勢いよく水弾へ向け飛びだした。

 闇の花弁が迫る中、数発の水弾が発射された。

 闇の花弁と水弾が衝突、拮抗することなく水弾が破裂した。闇の花弁がそのまま突き抜けるかに思えたが、圧縮されていた水が大きく広がり闇の花弁を取り囲むように広がった。取り囲んだ花弁を広がった水と圧縮して消し去った。

 宵闇に驚いた様子はないが若干不満を浮かべている。

 

「主様・・・・・・」

「これはそういう戦いじゃない。“殺そう”としたら駄目だ」

「むぅ」

「拗ねないでくれ。これは俺のエゴだ。来るぞ」


 会話していると残った水弾が一斉に襲いかかってきた。

 それに少し遅れてセイナまでもが動く。

 水弾がまっすぐ飛んで来る。正面から見たそれは弾幕の壁、その奥にはセイナもその刃を振るおうと構えている。

 一直線に切る極致一刀でこの面を着るのは不可能

 それ故に何もせず次に来るセイナの斬撃に備える。

 水の弾幕に宵闇がその漆黒の瞳を光らせる。

 

「身の程を知れ」


 宵闇からあふれ出た闇が水弾の群れを両側から押しつぶした。闇の物量による圧縮、先ほどの意趣返しだ。

 水弾の群れが押しつぶされ視界の先の闇が消えるとセイナの姿が消えていた。


 上空を見上げる。


 銀色の髪をなびかせ、揺らぐ蒼の瞳でこちらを睨み付け、使徒剣を上段に構えるセイナ

 

「そう来たか」

「ふ」


 息を吐き、振り下ろされた使徒剣を呪刀で受け止める。効果と共に振り下ろされたそれの衝撃は大きく、肩がきしむもすぐに修復される。

 拮抗した事でセイナはすぐに使徒剣を引き、大地に着地する前に体をひねり勢いのまま横薙ぎに剣を振るった。

 だが、これもまたアレスによって受け止められびくともしない。

 再びセイナは剣を離し攻撃しようとするがアレスがぐいっと近づいて鍔迫り合いがおきる。

 

「く・・・・・・」


 セイナの表情に苦悶が浮かび上がる。

 その苦悶にアレスは目も向けず、その迷いを宿した蒼の瞳をまっすぐ見つめた。

 

「それはお前の意志か」

「っちが」


 その図星をつかれたような言葉にセイナが動揺を僅かに見せる。

 

「違うなら、どうして迷いを浮かべる」

「惑わされたら駄目」


 アレスの鋭い問いを遮るようにウンディーネが叫ぶ。だが、そんなこと気にせずアレスは言葉を続ける。

 

「その感情はお前のモノか、お前は何を望んでいる。お前は意志なき人形か」


 意志なき人形、皮肉のこもった言葉にセイナの迷いが徐々に大きくなる。

 

「私は・・・・・・」


 セイナの力が徐々に抜けていく。覚悟にひずみが生まれれば、その力を十全に発揮しようなどと思えない。自分のしていることは正しいのか、それとも間違っているのか。そもそもこれは本当に自分で望んだことなのか、そんな疑問がセイナの思考を埋め尽くす。

 

「っ、セイナをそれ以上惑わすな」


 ここに来て女神が激高した。

 

「っぁ」


 女神の怒りが一気に流れ込んだ事によりセイナが片手で頭を押さえ、痛みを堪えようと駿河農へと伝わる女神の怒りはそう簡単に鳴り止まない。

 周囲に水が生成され女神の怒りと呼応し荒れる。

 さすがに巻き込まれるわけにはいかないアレスは飛び退いた。

 直後、螺旋を描きながら水が渦巻き巨大な塔を作りあげた。螺旋の中心にいるセイナは流れ込んでくる女神の怒りに耐えきれなくなり、使徒剣を大地に突き刺し座り込んでいた。

 神と使徒は密接につながっている。どこへいようとも互いの感情が分かる程度には深い繋がり。

 

「やっぱりこうなるのか」


 我を忘れ感情のままに怒る女神、神の感情を無理矢理流し込まれ魔力を使われ続け苦しむ使徒

 

「神は身勝手だ」


 神が真に人々を理解することなど出来やしない。自分が正しいと信じて疑わず、絶対者としての自負を掲げる。寄り添おうとしても結局それは神にとっての自己満足に過ぎない。

 

「なんとなく“あの人”の言葉の意味が分かった気がするよ」

「主様・・・・・・」


 今のアレスにはほんの僅かだが虚無の中に確かな感情を宿していた。悲しみでも怒りでも喜びでもない、彼が見せているのは虚無、記憶の中からたぐり寄せたものではない。“あの人”に対する本心から感じる虚無だった。

 それがどうしようもなくもどかしくて、悲しくて、宵闇は胸を締め付けられるような思いだった。

 そんな宵闇の思いに気づくわけもなくアレスは怒る女神への対抗手段を考える。

 今の女神にはどのような言葉をかけても無駄、極致一刀で切り裂こうにも実体ではない彼女を切ったところで意味はない。

 ならば残された対抗手段は一つしかない。


 合理的に考えればその手段はあまりにいただけない。合理的に考えるならば女神と繋がりのあるセイナを殺すのが一番楽で早いだろう。しかし、アレスの目的はセイナを殺すことではない。

 ならば、その目的から逸脱した行動はすべきではない。

 今ここで問題なのは女神の怒りによるセイナが苦しみ魔力制御権を女神に奪われているという点だ。

 解決する方法は簡単、女神との感情共有を断ち切ればいいだけだ。

 アレスは光神の使徒となった時、無意識のうちに女神の感情を拒んだ。理論は分からずとも実証は出来ている。

 ただここで問題になってくるのは、神の感情を拒むには確固たる強い意志、それがなければ神の感情を拒むことは出来ない。

 果たしてセイナにそれが出来るかどうか


 セイナは良くも悪くも純粋すぎる。周囲のモノにより何色にでも染まってしまうさながら真っ白なキャンパスだ。自己主張が強いわけではなくただ気の向くままに行動する。そこに確固たる意志は存在しない。


 これは一か八かの賭けだ。

 賭けと言う非合理な事に頼っているアレスの瞳に映るのはやはり虚無でしかなかった。

 ただ一つの目的のために行動を起こす人形


「宵闇、合わせろ」

「はい」


 セイナに接触するには荒れ狂う水をくぐり抜けなければならない。

 渦巻く水の中から弧を描く刃が生成されまっすぐ飛んでくる。


 だが


「もうここは私の世界」


 宵闇から闇があふれ出し、空に輝く星々の光が消える。

 星の光をなくした世界で、唯一の光はセイナが放つ魔力の光のみ


「どこに行って」


 女神は視界を闇で覆われたことによりアレスたちを補足することは出来ない。だが、アレスたちにはセイナの姿に加え傍らの女神をも見えていた。


「闇繭」


 どこからともなく聞こえた宵闇の小さな呟きと共に女神の足下で糸状のより濃い闇が無数に発生、闇の糸は互いに互いを絡め女神を囲う繭を形成する。繭は外側からの光を一切遮断する技、それ故に女神の視界が完全に遮断される。

 宵闇が闇繭を発動させた瞬間、アレスは闇の中を音もなく駆け渦巻く水へと急接近、呪刀宵闇を腰に構える。



―――極致一刀・閃



 放たれた一閃が渦巻く水を切り裂き、大きな亀裂を見せる。だが、女神は視界が闇で遮られる中でも水の操作を決して手放さず、すぐに亀裂が小さくなっていく。

 アレスはすぐさま亀裂から中へと飛び込んだ。


「うぅ・・・・・・・」


 中にいるのは頭を抱えうめくセイナ

 女神の限度を知らぬ怒りが押し寄せているのだろう。このままではセイナ自身がその怒りにとらわれ狂って暴れてしまう可能性すらある。

 

「主様、お早くお願いします」


 闇繭の中に閉じ込められた女神が抵抗を始めた。速くしなければ抜け出されてしまう。

 アレスは苦しむセイナの手首を無造作に取り、その蒼の瞳をこちらへ向けさせた。

 

「ア、レス・・・・・・うっ」


 アレスを見てセイナはその瞳に女神の怒りを強く出すとうめきながらも、使徒剣を力なく振るう。

 アレスはセイナの手首を握り受け止める。

 そしてその虚無の瞳で蒼の瞳を射貫いた。

 

「それはお前の意志か」

「分からない・・・・・・」

「なら、お前の意志は何だ」

「私の・・・・・・意志・・・・・・・」


 セイナはこれまで脆弱な意志でのみ行動していた。故に確固たる意志を持ったことがない。だから、アレスの言葉にすぐに応えることが出来なかった。


 自分が本当は何がしたいのか。分からなかった。


 アレスを殺す。殺さなければならない。その感情は自分のものでなく女神から流れてくる殺意によるモノ


 自分の願いは兄をあのトラウマから解放すること、それは果たしてアレスを殺すことで達成できるのか。答えは否だ。トラウマはその原因を取り除いたところでその者の心に深い傷を残す。ならばここでアレスを殺すのは無意味、シェイの言うようにアレスを殺したところで何も変わらない。それどころかもっとひどいことになるかもしれない。


 アレスを殺したことで王国が怒り、再び泥沼の戦争が始まるかもしれない。そうなれば再び幾人もの死者が発生し、兄のように心に傷を負うモノが無数にあふれかえってしまう。それは嫌だ。トラウマを負ったモノも辛いが、苦しむ姿を見て何も出来ない家族もまた辛いのだ。


 このような思い誰かにしてほしくない。


 それにあの一日、アレスと接して彼が女神が怒りを浮かべるような、シェイの言うような冷酷非道な人間には見えない。彼が浮かべるのは虚無、普通の生活をしていればそんな状態にはならないだろう。ならばどうして、

 セイナはアレスのことをまだほとんど知らない。だが、彼もまた兄と同様に心に深い傷を負ってしまったのだろうと分かってしまった。気づいてしまった。

 彼の見せる虚無は悲しげで、苦しそうで、見ていて辛くなる虚無だった。


 それに今、彼は自分を殺さず言葉で意志を示させようとしている。


 アレスがこの戦いを終わらせるには自分を殺すのが速いとセイナは分かっていた。にもかかわらず、アレスは刀ではなく言葉を選んだ。それがどれだけ不合理なことか、本当に虚無に浸り続けているならば殺すことをしないだろう。


 ならば何故、こんなことをするのか。


 彼の優しさ故なのだと

 そう気づいたとき、全てがつながった。


「神に身を委ねるな。神意にあらがえ、疑問を持て、自分の意志を見せろ」


 その言葉にセイナは口を開く。


「私は・・・・・・殺したく、ない。あなたと、戦いたくない」


 その意志に、思考を埋め尽くしていた殺意が徐々に収まっていく。

 神と使徒は結局対等ではない。意志が強い方が主導権を握る。

 セイナが示した確固たる意志が女神の怒りを拒絶し、感情の共有を断ち切ろうとする。

 暴走していた水が徐々になりを潜め、消えていく。


「私はあなたとは戦わない」


 その意志が女神の怒りを完全に断ち切った。

 思考が一気にクリアになり過剰な処理を続けていた脳が疲弊し、一瞬くらりと倒れかけたところをアレスが片手で受け止める。


「大丈夫かい」


 すでにアレスの瞳から虚無が消え、記憶の中の感情が宿っていた。


「・・・・・・うん」

「そっか、それは良かったよ」

「主様、そろそろ離しても良いのでは」


 耳元で不満のこもった声が響く。


「そうだね。立てるかい」

「大丈夫・・・・・・・」


 アレスの手を借り、セイナはまだ頭痛が残る中立ち上がった。

 だが、これで終わったわけではない。まだやり残したことがある。


「なんで、なんでなんでなんで!」


 闇繭が消え、怒りで綺麗な顔を歪める女神が姿を見せ激昂していた。


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