少女の迷い
セイナは自室に戻ると早速ベッドの上に倒れ込んだ。
「・・・・・・分からない」
ちょうどアレスが一人になるタイミングを狙って後をつけたのだが、尾行なんて初めてのことだったため隠れることすらできずすぐに気づかれてしまった。
すぐに逃げるべきかと考えたのだが、何を言うかと思えば帝都の案内をしてくれだなんて、予想できるわけがない。ばれないために思わず了承してしまい気づくことができなかったが、今になってはあのタイミングであのような提案をしてきたのはこちらの動きを察知してのことなのだろうと、自分のうかつさを悔いる。
あの時点で自分が何者であるかを感づかれていたと思うと、アレスの洞察力の鋭さに『絶望の使途』はやはり侮れないなと思った。
だが、そんな『絶望の使途』に対して自分はあの襲撃まで嫌な警戒を覚えなかった。
彼はずっとどこか虚無的で、何も感じさせなかった。シェイから聞いていた冷酷さすら感じなかった。あの時渡したシュークリームも美味しいと入っていたが本当に美味しいと思っているのか分からなかった。
襲撃者が現れたときも慌てた様子はなく、作業のように気絶させていた。戦場慣れした彼ならこの程度当然なのだろうが、セイナから見たらやはりその手際の良さは驚愕に値した。
そして何よりもあの魔人戦、どこからともなく現れた細身の剣を用いて、帝都とは無関係だというのに周囲に被害が出ないよう苦戦しながら戦うその姿は冷酷な使途などでは決してなかった。
悲しく、暖かい何か、そう思わずにはいられなかった。
彼の本質がどこにあるのか分からない。
そんな風に悩んでいると扉が小さくたたかれた。
「姫様、シェイでございます」
きた。
待ち人とまでは行かないが彼には聞いておかなければならないことがあった。
「いいよ」
「失礼します」
顔の見えない外套を纏った男が入ってきた。
「・・・・・・どうしたの」
「それはこちらの台詞です。どうして我々が仕向けた魔人を仕留めてしまったのですか」
やはりシェイが関わっていたかと“帝国暗部の長”を鋭く睨んだ。
「・・・・・・アレは私の得物・・・・・・邪魔するなら、潰すよ」
純粋なその敵意にシェイはほんの僅かに引きつりながらも静かに頭を下げた。
「それは申し訳ありません。ですが、あのまま行けば殺せたかもしれ―――」
「ねぇ」
シェイの言葉を遮りセイナは言葉を紡ぐ。
「言ったよね。邪魔するなら潰すって」
セイナは本気だった。その証拠に彼女の魔力がほんの僅かに漏れ出し凄まじい圧がシェイへと襲いかかる。
「申し訳ありません」
有無を言わせぬセイナにシェイはただ頭を下げることしかできなかった。
それを見たセイナの魔力は落ち着きを取り戻し圧が消える。
「発言、よろしいでしょうか」
「いいよ」
「これからどうなさるつもりで」
シェイはあくまでこの件の主導はセイナであるとばかりに指示を仰ぐ。勝手に行動をしたくせにと、セイナは思わない。純粋な彼女はシェイが何を考えているのか分かっていなかった。
「・・・・・・・様子見」
「様子見、ですか?」
シェイはふと気づく。彼女の中の憎悪が揺らいでしまっていることに
「まさか、あの冷酷な怪物に絆されたのですか」
「そうじゃない・・・・・・分からない」
シェイの視線が厳しくなる。
「私が接したアレスは、シェイから聞いたみたいな冷酷じゃなかった。もっと何もなくて空っぽ、中身のない見せかけだけのハリボテ」
「・・・・・・」
シェイはいつも以上に饒舌になるセイナの言葉を唯々聞いていた。そして確信する。このままでは彼女の憎悪がなくなってしまうと
「姫様、それはまやかしでございます」
「まやかし?」
「ええ、冷酷な人間ほどその本性を隠したがる傾向にあると聞いたことがあります」
「・・・・・・そんな情報読んだことないけど」
異常な量の本を読破したセイナはシェイの言葉に疑問を浮かべる。
「本など、所詮欺瞞しか書いておりません。私の意見は人生経験に基づくものです。ほんと私の意見そちらが信用できますでしょうか」
「・・・・・・シェイ?」
「そうでしょう。ならば、あの化け物は紛れもない化け物なのです。忘れたのですかお兄様のこと」
「それは・・・・・・忘れてない」
「ならば、その迷いは不必要な物だと思いますが」
「・・・・・・」
セイナは黙り込んでしまう。
シェイは内心舌打ちをした。これでしっかり絶望の使途を殺すことを覚悟してもらえれば楽だったのだが、致し方ない。
シェイは二度足で床を軽く叩いた。
それから部屋には沈黙が流れる。そうしてしばらく待っていると勢いよく扉が開かれた。
ノックもなしに入ってきた人物にセイナは厳しい視線を向ける。
「何」
「ご無礼失礼します。ですが急を要する件でして」
「急?」
こんなこと初めてだった。
そもそもこの城にいる間はただの皇女であるセイナに対して急を要する要件が飛び込んでくることなどあり得ない。
「は、メルト殿下の体調が急変、現在部屋で、姫様⁉」
報告し終える前にセイナは部屋から飛びだしてしまった。
急いで駆けつけた先は兄であるメルトが療養している部屋、そこにはすでに幾人かの使用人だけでなくアッシュや宰相であるルーファスまでもがいた。
部屋の扉は開かれている。
「殿下落ち着きくだされ!」
「あああ!!」
「メルト、落ち着け!」
帝国の皇帝と宰相が二人してどうすればいいのか分からず困りながら呼びかける。
そして部屋の中から聞こえてくる発狂にも似た叫び声
いつもの発作とも違う。
「お父様」
「おお、セイナか。すまない、今は」
「ああ!!来る!来る、あの黒い光が、あああ!!」
セイナは部屋の中をのぞき見る。
その中にはセイナやアッシュと同様の銀色の髪を持ち、変わり果ててしまった暗い蒼の瞳を回し騎士たちによって押さえつけながら発狂する兄の姿があった。
「一体どうして、医者はまともに会話できるレベルには復調するはずだと言っておったではないか」
「これでは悪化しております」
アッシュは医者の虚言に苛立ち、拳を握りしめる。
その久しく見ていなかった苦しい光景にセイナは唯々無力に眺めることしかできなかった。
「来る、来る絶望が!あの光が!!」
兄が何にうなされているのかセイナは知っている。
そして、兄を救う方法も知っている。だが、それはいくら何でも自分勝手すぎる。
「よいではありませんか」
部屋に帰ってきたセイナにシェイはそう語る。
「どうせ、絶望の使途は他国の人間、それに奴が一体どれだけの帝国の人々の命を奪ってきたか分かっているのですか」
「それは・・・・・・」
「覚悟を決めるのです。兄君を救うにはもうこれしかありません」
「・・・・・・」
セイナの中の良心と憎悪が揺らぐ。
これで種は巻き終えたと、シェイはにやりとその陰の奥で笑う。
「後は姫様がご自身でお決めくだされ」
そう言われ一人部屋に取り残されたセイナは迷いを浮かべる。
「・・・・・・命を奪った」
そうだ、あの少年は何人もの命を奪って英雄となったのだ。ならば、自分がその罪に罰を与えて何が悪いと、だがそれと同時に彼のその空虚な悲しみが思い起こされる。
「・・・・・・私は・・・・・・」
少女はただ迷うことしかできない。
何が正しいのか、何をすべきなのか、少女は分からなかった。
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