前座
「いかがでしたか。このルー大聖堂は」
にっこりするレインの目の前でぐったりと疲れるセイナといつも通りのアレス。
「きれいでした」
「そうでしょう。そうでしょう。外国の方にこの大聖堂の良さを理解していただけて私は大満足です」
「・・・・・・・長い」
セイナはもう嫌だと言わんばかりにうなだれる。
レインによる大聖堂の案内は全て見切るまで約三時間もかかった。一つ一つに丁寧な説明をしており、三十分ほど経ってもまだ入り口近くにある絵画の説明をしており、早く終わらせようとしたのだが隣のアレスが真剣に説明を聞いているだけでなくレインがいつも以上に饒舌で楽しそうに案内をしている折、手短にと言い出せなかったのだ。そのおかげで周囲は暗く、街灯と星の明かりが世闇を照らしている。
「帰る」
セイナは踵を返し帰ろうとして、足を止めた。
「・・・・・・レイン、隠れて」
「おや?どうかされたのですか」
「狙われてる」
「⁉」
少女の呟きにレインは目を見開き、周囲を確認した。しかし何も感じない。
セイナは強く歯がみし、近くにいた騎士の剣を奪うと鞘から抜き小さく構えた。その真剣な様子に冗談ではないと確信したレインはすぐさま大聖堂内へと姿を隠した。
「確かに狙われてるね」
アレスはセイナの隣に立ち、無防備に佇む。
「・・・・・・構えないの」
「僕ならこのくらい平気だって事、君なら分かるでしょ」
「私はあなたのこと」
「知ってるでしょ」
「っ⁉」
そもそもだ。帝国の皇女であるセイナがアレスのことを知らないわけがない。
事前に王国の英雄が帝国を訪れることは帝国上層部には伝わっている。なら、一番関わるであろうセイナが何一つ知らされていないわけがないのだ。それにセイナほどの実力があるのなら交流戦の時に感じたアレスの力と容姿からアレスがその英雄であることに気づかないわけがなかった。
「別に、僕に接触した理由を聞こうだなんて考えてないさ」
「・・・・・・これが私の仕掛けだとは思わないの」
王国の英雄に対し恨みを抱く者は帝国では多い。自分があなたに対して恨みを抱いていてこれを仕掛けたとは思わないのかと、そんな疑問にアレスは
「ないかな」
即答
セイナはその答えに唖然としてしまう。
「だって、君の様子から予想外の状況だって事くらい分かるよ。それに最初からこの状況で仕掛けるつもりなら、君は何かしらの武器を持ってないと僕を殺すならその護身用のナイフじゃ無理だし、まぁ、“顕現”させれば何も問題ないかもしれないけど」
セイナは再び驚愕する。
全て見透かされている。護身用のナイフも確かに持っている。しかしそれは不自然にならないよう隠しているため常人ならば決して見抜くことはできない。
それに顕現という言葉、すでに自分が何者であるか見透かすその闇色の瞳にセイナは僅かにぞっとした。
「主様、全部言ってしまって良かったのですか」
「ああ、今の彼女には敵意を感じないから」
セイナから敵意を感じていたら言っていなかっただろう。しかし、セイナから感じるのはほんの僅かの迷い。その迷いが何によるものかは分からない。依然として警戒すべき相手ではあるセイナに対して牽制としてこうして手の内を見抜いていることを打ち明けたのだ。
これでセイナがどう思うか。警戒してくれればいいかな程度にしかアレスはこの牽制に意味を見ていなかった。
「それで、彼らの正体は」
「・・・・・・・分からない」
そっぽを向いて答えるセイナの言葉が嘘だと見抜いていながら、アレスは何も言わない。
「そっか。捕縛、それとも殺していいの?」
ここは帝国、ならば判断をセイナに仰ぐのは当然だ。
「・・・・・・捕縛」
「了解」
「捕縛とは、面倒ですね」
「加減しないとね」
アレスは腰に提げていた呪刀宵闇を引き抜くと細身の鈍色の刃が姿を見せる。セイナと戦う以上剣の幅が違くては幻であることがすぐにばれてしまう。こちらの手札はなるべく隠しておいた方がいい。
その時、気配が動いた。
「この状況で動き出すとは、相手は焦っているのでしょうか」
宵闇は馬鹿な襲撃者たちを嘲笑した。
大聖堂の屋根上、背後から飛び降りその毒塗りの刃を振り下ろす襲撃者に対し
「そんなところに立ったら白いのが汚くなるじゃないか」
一歩前に出て落ちてきた襲撃者の攻撃を躱すと振り向きざまにその顔面へと回し蹴りを叩き込んだ。
蹴りを叩き込まれた襲撃者は脳しんとうを起こし、気絶し飛ばされる。
「毒なんて無意味な物を、敵はやはり馬鹿ですね」
宵闇は地面に転がる毒塗りのナイフを見て呆れる。
ヒュドラすら効かないアレスにただの毒が効くわけがないのに、こんなちゃちな物で殺そうだなんて馬鹿馬鹿しい。
「前座みたいだし、仕方ないよ」
奥には雑に気配を消す気配を感じる。彼らが今回の本命というわけだろう。
目の前から襲撃者二人、手に握るのはやはりナイフ、末端のせいか装備が乏しい。そんな状態で勝てるわけがないのに
アレスは一歩踏み出し軽くかける。
一人目の腹部へと膝蹴りをたたき込むと崩れ落ちる。
二人目が横からナイフを振るってくるが振るわれたナイフを買わしたのと同時に相手の手首をつかみ強く力を込め、骨を折る。
「ぐぁ」
痛みに悶えるが、アレスはそんなこと気にせず手を引き後ろに投げると背後に蹴りを叩き込み、倒れさせる。
その時、音もなく背後から三人目が襲いかかる。
しかし、アレスは動かない。
「邪魔」
少女の静かな呟きと同時、鈍色の軌跡が夜闇に描かれる。
剣の腹が襲撃者の腹部へと衝突すると、その華奢な腕から振るわれたとは思えない衝撃が襲撃者へと襲いかかり弾き飛ばされ沈む。
「助かったよ」
その一言に、セイナが胡散臭そうにアレスを見た。
「・・・・・・自分でなんとかできた」
「君が動いてくれるのが分かってるのにわざわざ動く必要はないでしょ」
その答えにセイナは本日何度目かの驚愕を覚えた。
アレスのその言葉は本心からの言葉だ。欺瞞はない。
何故?そんな疑問が最初に浮かんでくる。
信頼とは違う。さも当然のように仲間かも定かではない相手の動きを読むこの少年が分からない。
「あ、次も来るから好きに動いていいよ。僕が合わせるから」
「・・・・・・分からない」
合わせたのはこっちのはずが、合わせられているのがこちらだと言葉がなくても理解させられてしまう。
実力差があるのは承知の上、しかし今の状態ではほとんど差はない。差があるというのならば実戦による経験の差、それも途方もなく離れた差、緊張感のない事前隊で佇むこの少年はこの襲撃を戦いとは思っていない。ただの単純作業なのだ。
ますます分からない。
シェイから聞いていた印象と全く違う。冷酷というよりも虚無的な少年が何を考えているのか分からない。
自分の考えが正しいのか分からない・・・・・・
「来るよ。構えて」
そのアレスの声で現実に引き戻らせたセイナは向かい来る襲撃者を迎え討つ。
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