教会
シュークリーム片手に歩くアレスは紙包みを上部だけ開き、一口食した。隣にいたセイナもまた一口食べる。
「美味しい」
「確かに美味しいね」
アレスはセイナの感想に合わせ、一切味の分からないシュークリームを美味しいのだろうともう一口食べる。
「よかったの。金貨なんて置いてきて」
金貨一枚あれば三ヶ月ほどは何もしなくても暮らせる。そんな大金シュークリーム二個に払っても大丈夫なのかと問うとセイナが金貨の入っていた袋を振って見せた。すると中から金属がこすれる音が聞こえてくる。
「お小遣いが余ってる。使わないから経済回すのが一番」
まだ小袋には複数枚の金貨が入っており、貯金も大量にある。そのためシュークリーム二個に金貨を払っても全く問題なかった。
「次はどこに行くの」
食べ終えたシュークリームの包み紙をくしゃくしゃに丸めポケットに入れたアレスはどこへ向かっているのか尋ねる。現在二人は先ほど歩いていたシュークリーム店と同じ方角ではなく帝城のある方向へと向かっていた。
「教会」
「・・・・・・・」
即答したセイナにアレスは何も答えない。
帝国で言う教会とは王国にある教会とは違い祀っている神が違う。王国が光神ルーミュを信仰しているのなら帝国は水神ウンディーネを信仰している。
つまりは帝国使徒の総本山、アレスにとって敵であった者たちが幾人もいる場所
そんな場所に連れて行こうとするセイナからは敵意を感じない。しかし、彼女が使徒であることに確信を抱いているアレスはほんの僅かに警戒する。
「主様、引き返した方がいいのでは」
宵闇の進言にアレスは首を横に振る。
「なんで教会」
「・・・・・・有名だから」
ただそれだけ
その言葉に偽りはなく、実際帝都にある教会は有名だ。観光客がよく立ち寄る。
「そっか」
その理由に納得してアレスはセイナの後に続く。
そうして着いたのは帝城よりも小さいものの明らかに他の建物とは一線を画した王国ではまず見ない不思議な形をした純白の建物、この白さを保つために所々には建物の掃除をしている人が見受けられる。建物の四隅には尖塔が立ち中央の建物は尖塔よりも低く屋根がほんの僅かに勾配がついている。
やってきたのは教会、水神信仰の総本山である『ルー大聖堂』
「面白い形だね」
「そう?・・・・・・・行こう」
セイナと共にアレスが中に入ると直後、鈍色の軌跡が目の前で描かれる。
「止まれ」
アレスの眼前、そこで寸止めされた鈍色の剣を向けながらこちらを警戒する騎士らしき人物
ほんの僅かな殺気を見せられるが一切殺すつもりのない殺気にアレスが警戒を示すわけもなく邪魔なだけだった。
襲撃にしてはあまりに弱いこの状況に黒髪が大聖堂に入ったことに対する警戒なのだろうとすぐに悟った。
騎士が集まってくる気配はない。
「・・・・・・邪魔」
セイナが不機嫌そうに騎士へと睨みをきかせると、騎士は一度肩をふるわせながら彼女が何者であるか気づくとすぐさま剣を退けた。ただ、アレスを警戒し続ける。
「失礼しました」
「・・・・・・消えて」
その意味のない警戒心が鬱陶しくてセイナはほんの僅かに圧を放ち、騎士を再び震わせた。
殺意がない分弱めの圧だが、ただの騎士を怯えさせるには十分だった。
大聖堂の扉が開く。
「姫様、そう騎士をいじめないでくだされ」
そう困りながら進言するのは大聖堂から出てきた聖職者らしき老人
「大司教様」
「鬱陶しかったから」
騎士はすぐさま膝を突き、セイナは唇を小さくとがらせて文句を言った。
「騎士として当然の振る舞いをしただけかと」
「レインがちゃんと教育しないのが悪い」
レインと呼ばれた老人は苦笑する。
現れた老人は水神信仰のトップである大司教だった。故に皇女であるセイナに対しても敬いこそするが臆しはしない。
レインはその薄く開かれた目をアレスへと向けた。
「なるほど・・・・・・姫様、どうしてこの方をここへ」
「有名だから」
「それだけでは分からないのですが・・・・・・」
二人の目的を知らないレインではその説明で理解はできない。
「僕が帝都の案内を頼んだんです」
「・・・・・・そうでしたか」
代わりにアレスが説明すると薄く開かれていた目を大きく開き驚くがレインは無理矢理納得した。まさか、セイナが気まぐれだろうとはいえ、“王国の英雄”を連れてくるとは思いもよらなかった。
レインはアレスを観察するように見る。
アレスがやってくるというよりも、王国の英雄『絶望の使途』が帝都にやってくることは大司教という立場もあり国王から聞いていた。
漆黒よりもなお黒い闇色の髪を持つ少年からは思考を読むことができない。探るような視線もなければ、敵意を見せない。それどころかどこか無気力で無機質な人形のように思えてしまった。
そして納得する。
確かにこの少年が王国の英雄であることを
アレスが北方戦争の後、心を閉ざしたことは聞いている。この少年の奥に隠れた無機質な様子からまだ心を閉ざしているのだろうと察した。だからこそ確信できた。
恨みがないかと言われれば何ともいえない。あの戦争で多くの命が散った。聖職者としてその死を悼むのは当然だがそれをこの少年一人に背負わせていい訳ではない。
だから手を差し伸べた。
「レインです」
握手を求められたアレスは記憶通りの行動を取る。
「アレスです。よろしくお願いします」
レインの手を取りしっかりと握手を交わす。
「それで、姫様、帝都の案内と言うことは大聖堂を案内したいと言うことでいいのですか」
「うん」
「それでしたら、その役目私にお任せください」
「・・・・・・いいよ」
レインの方が大聖堂については詳しい。ならば任せるのが一番だろうとセイナは了承した。
そんなやりとりの中、アレスはレインを警戒対象から外した。
彼からは何も感じられない。
殺意、敵意、それこそ恐怖さえも、おおらかなお爺ちゃん、そんな印象を受ける。
だが、一つ気になることがあるとするならば
「主様、やはり増えています」
宵闇からの申告で確信した。
監視の人数が増えている。
帝国が警戒するのは分かる。だが、気配を消して視線を向けてくる人数が徐々に増えているのは気になってしまう。
しかも中には気配の消し方が雑な人間も混じっている。
仕掛けてくるかもしれない。
小さく呟く。
「姿を偽るための幻を」
「かしこまりました」
漆黒の刀を見せるわけにはいかないが、襲撃されたときのために宵闇へと交流戦の時と同様に幻の準備だけさせる。
「では、行きましょうか。まずこの―――」
レインが案内を始めたことでアレスは意識を切り替え素直にその案内に従うのだった。
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