神童
その日の夜、時刻は十二時過ぎアレスはまだ明かりのついているカムの部屋を訪れた。アレスはカムの部屋の扉をノックする。
「誰だ」
「アレスです」
「アレス?ちょっと待ってろ」
突然の来訪にカムは急いで支度をした。
「いいぞ」
「失礼します」
中に入るとそこにはきっちりとした格好のカムがいた。
「何かご用ですか」
「はい、少し聞きたいことがあって」
「あの皇女についてですよね」
すでに予想がついていたカムにアレスは苦笑して、カムに促され近くにあったソファに腰掛ける。
「よく分かりましたね」
「こんな時間に、隠れるように僕の下に来る時点で生徒として何かを尋ねたい訳ではないと予想できます。ならば、騎士として対応する準備をするのは当たり前でしょう」
「さすがですね」
「まぁ、教師としては叱らねばなりませんが、今は置いておきましょう」
「あなた、ちゃんと教師として仕事をしているようには見えないんだけど」
宵闇が出てきてそう指摘するとカムに苦笑で返される。
「自分だとばれないよう最初になりきろうとした教師像を間違えてしまい、もうここまで来たら変えるわけにも行かず、続けてしまった結果です」
もはやカムは放任教師を辞めるわけにはいかなくなっていた。その答えに宵闇は呆れながらため息を吐く。
「もうあなたのことはどうでもいい。それより、あの女について早く説明しなさい」
「・・・・・・分かりました」
宵闇に君が聞いてきたんだろうと言ったところで逆ギレされて話が進まない。カムはぐっと我慢して皇女について知る内容を話す。
「セイナ・ガイアス、この国の第二皇女であり『神童』とまで言われた天才みたいです。なんでも、一歳で言葉を完全に記憶し、三歳ではたまたま見たという経理書類の間違いに気づき全て修正したとか、それから五歳までに帝城内にある約一万冊を超える書物を読破、そして暗記、七歳でその体格に不釣り合いな剣術を覚え現役の若騎士と渡り合ったと言われています」
その話を聞いている間、アレスはセイナが授業時間中に分厚い本を三十冊読み切っていたことを思い出した。カムの話は信頼に足る情報だと分かる。
「つまり、あの女は天才だと」
その情報だけ聞いていると確かに『神童』と呼ぶに値するだけの実力を有している。
だが、それだけでは腑に落ちない点がいくつもあった。
「どうして戦場を知らぬ、ただの天才があれほどの武威を持てると」
それは相対したからこそ分かる。セイナは明らかに天才と言うだけで持てる実力を超していた。セイナの放つ武威は明らかに戦場で相対する実力者のそれ、つまり天才と言うだけでは片付けられない力を持つと言うこと
「思考力に関しては天才だと納得できる。だが、あの武威は違う。あの女はなんだ」
「・・・・・・これはあくまで噂ですが」
カムも確証はない。しかし、あの試合でセイナが見せた武威に納得できる理由があるとするのならそれしか思い当たる節がない。
「彼女が使途であるという噂があるのです。アレスから見て、彼女は君と同じですか」
それはセイナがアレスと同じ、神に選ばれた本物の使途であるかという問い
「さぁ、どうでしょう。ルーミュ本人に聞けば何か分かる気もしますが」
ルーミュの名を聞き、宵闇がむすっとした。
アレスはそれに気づかず話を続ける。
「ここは帝国、彼女を呼び出すことはできない。ただ、加護は受けているのは間違いないでしょう」
「やはりそうでしたか」
「ただ、その場合帝国が彼女が使途であることを秘匿している理由が分かりません」
使途が誕生すれば、ましてや皇族から使途が出ればそれを大々的に広めるはずだ。
使途とは国にとって必要不可欠な戦力であり、使途の誕生を知らせることには他国への牽制の意味を込める。
にもかかわらず帝国はそれをしなかった。『神童』とも呼ばれた人間が使途になればそれだけで大きな牽制になるにもかかわらずだ。
「意図的に情報を秘匿しているのなら探る必要が出てきますね・・・・・・・後で調べてみましょう」
「お願いします」
得体の知れない彼女を野放しにすることはできない。
この帝国に来て時折殺意を感じていたが、アレスにとってそれはさしてどうでもいい事なのだが、セイナだけは何をしてくるか分からない危うさを感じていた。もし、大衆の面前で彼女が何か仕掛けてくればアレスは本気を出さねばならない状況に陥る。この国でそれを起こせば何をしようとも確実に敵に仕立て上げられる。それだけ黒髪は帝国で存在を危険視されている。
あと五日、何も起きないことを願うしかない。
「聞きたいことはそれだけですか。まだあるのなら僕が個人的に調べますが」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか、では早く寝てください。明日も早いですよ」
「分かりました」
アレスは立ち上がると失礼しますとカムの部屋を後にした。
「主様、まさかあの女を頼るのですか」
あの女、その凄まじい妬みの込められた言葉で誰をさしているのか理解できた。
「いや、頼るのは最終手段だ。それに無理矢理呼び出せば、水神がどんな行動をするか分からない」
「なら、もう縁を切ってしまいましょう」
「そこまでは言ってないんだけどな」
「ですが、帝国にいる間役立たずであるのは変わりません。さぁ、切りましょう」
他の女と縁を切って、私だけをと訴えかける宵闇にアレスは苦笑しつつなだめる。
「だめだよ。彼女の力は必要だ」
「むぅ、分かりました」
やはり駄目だったかとすねるように納得する宵闇
「これからどうなさるのですか」
「ん?寝るけど」
「そうではなくて、帝国への対策です。あいつらしつこいですよ」
日中、ずっと羽虫どもの鬱陶しい視線を向けられ宵闇は心中僅かに苛立っていた。
監視役が数名、今もなおアレスの動きを外で見張っている。さすがに宿内にはいないがそれでも監視役が一向に外れないことには変わりない。
「ほうっておこう。彼らは実行役じゃない、ただの監視さ。隠密に全てかけて戦闘能力なんてほとんどない。相手するだけ無駄さ」
「でも、彼らを捕らえて帝国を脅せば・・・・・・・ぁぁ、なるほど、そういうことですか。確かに無駄ですね」
宵闇はアレスの意図に気づく。
「捨て駒を捕らえたところで、無意味ですね」
「そういうこと」
今見張っている人間が暗部の者なら捕らえたところで切り捨てられるのが落ち、なら放っておいて無駄な労力を使わない方がいい。
アレスと宵闇はそうして自身の部屋へと戻っていくのだった。
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