デート(おつかい)
学院での襲撃から一週間が経過した。
襲撃時、宵闇が力を見せたことで一時的に王都の空が闇に包まれる事象が起きたが、すぐに光が払ったため目撃者は少ない。しかし、学院付近で暮らす貴族たちには、その騒ぎを聞いていたために箝口令が敷かれ、事を済ませた。
学院ではその日から二日ほど臨時休校となり、理由は校舎の老朽化による危険とされているが実際は襲撃者たちの死体処理や、魔法によって破壊された校舎の修復のためだった。
今日は休日、アレスはベッドの上で静かに眠っていた。
「主様、起きてください」
「・・・・・・」
「主様~、朝ですよ」
アレスと一緒の毛布に入り、仰向けで寝ているアレスの体の上に乗る宵闇が楽しそうにアレスの頬を軽く突く。
しかし、一向にアレスが起きる気配はない。
だから宵闇は口の端を緩め、ふふと艶やかな笑みを浮かべ、アレスの耳に口を近づけた。
「起きないと、いたずらしますよ」
「おはよう」
「・・・・・・どうしてそれで起きるのですか」
すぐに目を開けたアレスに宵闇は不満を口にする。
上半身を起こしたアレスはのびをして、一息つくと
「経験上の勘」
記憶の中にある宵闇のいたずらを思い出し、やはり目を覚ましてよかったとアレスは欠伸を漏らした。
「もう、別に良いではありませんか。主様も私にいたずらされて喜んでたでしょうに」
「記憶のねつ造は良くないよ」
ニヤニヤと平然とだまそうとしてくる宵闇の額を軽く指ではじいた。
「さて、そろそろ降りようか」
アレスは時計を見てすでに時刻が午前七時になっていることに気づくと寝間着姿のまま、『呪刀宵闇』を片手に部屋を出て階段を下った。
「二人ともおはよう」
「おはようございます」
「いい匂いです」
階下に降りるとカレンがすでにできあがった朝食を三人分、テーブルに並べていた。
宵闇は定位置であるアレスの背中から離れると、アレスがいつも座る隣の席へと座った。
「宵闇ちゃん、ありがとうアレス君を起こしてきてくれて」
「当然、主様を起こすのは私の役目だから」
「どうして、僕が起きない前提なんですか」
「だって、休みの日はいつも遅いでしょ」
ここでの暮らしに慣れ始めたアレスは日の出と共に起きていた森での暮らしを忘れ、ゆっくりと睡眠をとるように戻っていた。
それを言われると何も言えなくなるアレスを見てカレンはフフと笑った。
「それじゃあ、冷めないうちに食べよっか。この恵みに感謝を」
「感謝を」
「いただきます」
二人は女神へと祈りを捧げ、宵闇はあの女に感謝なんて死んでもするかと決して二人に合わせようとはしない。
宵闇は早速、パンをとると一口サイズに小さくちぎり口に含んだ。
宵闇は本来食事をとる必要はないのだが、二人が食事をしているのに自分だけ食事しないのは嫌だと、ここで暮らすようになってから食事をするようになった。
「あ、そうそう。宵闇ちゃんのお米の事だけど、八百屋に少数だけどあるみたいだよ」
「本当!やった!」
姿相応の幼子のように無邪気に喜ぶ彼女の姿にカレンは自然と頬が緩むのを感じる。
「うん、それでね。時間を見て、二人にとってきてほしいの。頼んでもいいかな」
「はい、それ―――」
「任せろ!」
アレスの返事を遮り、宵闇が力一杯返事をした。
小さくデート、デートと呟きながらはしゃいでいる宵闇を無視してアレスは話を進める。
「それで、どこの八百屋ですか」
「後でメモ渡すからそれ見て」
「分かりました」
時刻は十時を過ぎる。
アレスと宵闇は人の多い大通りへと向かった。
「主様、どこから行きます」
にこにこと、これからデートだと喜ぶ宵闇にアレスは案の定
「どこって、八百屋に行くんでしょ」
「・・・・・・ですよね」
宵闇は明らかに気を落としながら、なんとなく察していた結果にため息を漏らした。
「早く戻って、カレンさんに届けないと」
「少しくらい寄り道しても」
「あんな大荷物抱えたまま、寄り道なんてできないでしょ」
八百屋に行く前に寄り道するという考えはアレスにはなかった。
この当たり前のようにカレンのお使いを優先しようとする主に宵闇はもう慣れたと、意趣返しとばかりにアレスの首に思い切り抱きつくが、何も思われない。
ちなみにだが、現在アレスは『呪刀宵闇』を腰に帯刀しているが周囲に発する薄い闇が幻を見せ、宵闇の姿を隠している。
「むぅ、もう少し反応してくれたっていいじゃないですか」
「はいはい」
「あしらわないでください。ん?主様、あそこにいるのって」
「ん?」
ふと、宵闇が人だかりの中に何かを見つけそれを指さした。
アレスは宵闇が指す先へと視線を向けると、そこにいたのはカムだった。目の下に熊を作りげっそりとしている。
「よく気づいたね」
「なんともいえない気苦労、苦労人オーラを感じたので」
「すごいね」
あの人、職場変えた方が幸せなんじゃないですかと、普段どうでもいい他者に優しさなんて見せはしない宵闇から心配されるカムは相当だった。
「カムさん」
「・・・・・・ぁぁ、アレスですか」
カムのその表情は近くで見るともはや哀愁漂うものとなっていた。
「大丈夫ですか?」
「これが大丈夫に見えますか」
自身の顔を指し、大丈夫じゃないでしょと無言の圧を発する王国騎士団副団長の姿に宵闇はドン引きした。
「見えませんね」
「五徹明けの非番です」
何も聞いていないのに現状を報告してくるカムに二人とも何も言えなかった。
「昼は学院で教師として仕事をし、夜は騎士団でドランが片付けられなかった書類仕事の処理、家に帰ることもできず、唯一の楽しみだった愛妻弁当を仕事中に食べることはできず、この五日間、家族の写真を眺めるだけの日々、正直、疲れました・・・・・・」
王都の大通りのど真ん中、負のオーラをまき散らすカムへと通りかかる人々は何事かと必ず視線を向けた。
「主様、呼び止めたのは間違いだったかもしれません。速く八百屋に行きましょう」
「うん、そうだね」
「最後の仕事、アレス、これを」
カムは服のポケットから一枚の手紙を取り出した。
「それは、来週学院で配る予定の手紙です。参加するかはアレスの判断に任せますので、それでは」
カムはそれだけ言い残して、疲れた体を揺らしながら去って行った。
「何ですかね」
「さぁ?」
アレスは折りたたまれた手紙を開く。宵闇は肩から乗り出し、その手紙をのぞき込む。そして目をむいた。
「そう来ましたか」
一転して真剣な表情を見せた。
「どうされるのですか。明らかに学院の行事で済まされるような事ではありませんよ」
「まぁ、タイミングを考えるとそうだけど・・・・・・その時になってみないとどうなるかは分からないしね」
「参加されるのですか」
「しないわけにはいかないでしょ。どうでもいいとはいえ、これ以上は向こうも何をしてくるか分からないし、ま、この話は後にしよう。今はお米だ」
「そうでしたね」
二人ともすぐに切り替える。
アレスはその『帝国のディア学院との交流』のお知らせをポケットにしまうと八百屋に向け歩き出した。
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