彼らの願い
光が空を駆け抜け、辿り着いた先は帝国の南部に位置する湖畔の見える丘、ヴェイグが好きだと言った景色が広がる場所だった。
「どうしてここであの女神の力を使うのですか」
アレスから光が消えると宵闇が姿を現し、文句を言う。
「仕方ないだろ。移動にはルーミュの力の方が便利なんだから」
「あの女神が、私より後に主様と出会ったくせにいい顔して、次会ったら絶対殺す」
脳裏にアレスのパートナーを狙う女神を思い浮かべるだけでいらだちが止まらない。
その対抗心は何も珍しいことではなく、いつものことだったこともありアレスは無視して丘の湖畔が一番よく見える位置へと上る。
心地いい風が吹く。
穏やかな自然の中、ここならば、ヴェイグも安らかに眠れるだろうと丘上に穴を掘る。
「主様、手伝います」
「いや、いいよ。俺がやるから」
アレスは手で硬い土を掘っていく。
その姿に宵闇は強い意志を感じ、邪魔をせず静かにアレスの背中に抱きついた。
それから一時間ほど、ようやく人一人埋まるだけの穴ができあがるとアレスは軽く手についた土を払い近くに寝かせていた骸を抱き上げると穴の中へと優しく下ろした。
土をかぶせ、ヴェイグが使っていた銀剣ブラッドザウグを地面に突き刺した。
手頃な木を見つけ宵闇で切り倒すと荒く板を切り出した。
そこに
『帝国の英雄『血塗れ』ここに眠る』
と乱雑に刻み、銀剣の近くに立てた。
アレスは簡潔な墓の前で手を一度合わせると立ち上がった。
「もう、よろしいのですか」
「ああ、死者は何も語らない。語れない。ゆっくり休ませてあげよう」
「そうですか。これからどちらに」
「帰るよ。もう帝国にいる理由はない」
「なら、帰りは走りましょう」
「いや、使徒剣の力を使ってくけど」
「何故ですか⁉」
「当然だろ。走って帰ると時間がかかりすぎる。カレンさんが心配するだろ」
アレスに現場に戻るという考えはない。それ以上にカレンの元へ早く帰らねば心配をかけてしまうとそちらの方が気になっていた。
「ぬぬぬ、そこでカレンが出てきますか・・・・・・なら、あと少しだけこの湖畔を散歩しませんか。カレンに心配をかけない程度に」
そこだけは譲れないと二人きりになれるチャンスを作り上げる。
「分かったよ。少しだけだからな」
「はい、かまいません」
にっこりと微笑み、二人で湖畔の淵の草原を歩く。
「こうして二人で歩くのは久しぶりですね」
「そうだね」
宵闇は何気なく話しかける。
「主様」
「何だい」
「主様は幸せですか」
その質問にアレスの足が自然と止まる。
「もし、主様がお望みならば今度はお一人ではなく私と一緒に誰もいない土地で過ごしましょう」
「冗談はよしてくれ」
「冗談ではありませんよ」
宵闇がアレスの首から腕をほどき、ゆっくりとアレスの目の前へと浮かぶ。
「私には今の主様が辛く見えます。あの戦場を離れたというのに、人間のエゴに振り回され、憎悪をぶつけられ、主様自身がお気づきになっていないだけで、主様は傷ついております。だから」
「宵闇」
アレスは必死に訴えかける無二の存在の口に優しく指を当て、口を閉ざさせた。
「俺は別に辛くなんてないさ」
「嘘です。主様は哭いて」
「宵闇」
その先の言葉は決して言わせない。
「それは過去だ。今は別に何も感じやしないさ」
晴れ晴れとした雲一つない空を見上げる。奇しくもその空はあの死戦場で最後に嘲笑われた天に似ていた。
「でも・・・・・・・いえ、もういいです」
アレスが傷つき心をすり減らしていく姿をずっと見続けていた宵闇は、この頑固者が自分に嘘をつくのはいつものことだと呆れ、悲しむ。
「なら、主様は何を望みますか」
未来に何を望むか。
その答えを今のアレスが当然答えられるわけがない。
「さぁ、何だろうね。宵闇はどうなんだ」
「私の望みは昔から変わっていません。私の望みは」
宵闇は浮きながらアレスの腕に抱きついた。そして、彼の凍り付いた心を溶かすように温かく微笑む。
「主様とずっと一緒にいることです」
「そっか」
その何度も聞いた言葉にアレスは唯々頷いた。
そんな様子のアレスに宵闇は満足げに笑う。
この人は変わってしまった。心を傷つけ、ボロボロになり閉ざしてしまった。
しかし、その根幹は変わっていないのだと今日の戦いではっきりした。アレスは出会ったときからずっと優しいまま、優しすぎて時折心配になるほどだ。騎士を弔ったのも優しさから、だがその変わらない優しさが宵闇にはたまらなく嬉しかった。
「主様、お腹すきました」
「さっき食っただろ」
「久々にカレンの料理が食べたくなりました。やっぱり早く帰りましょう」
「君は気まぐれだな」
「主様ほどではありませんよ」
二人はそうして帰路につくのだった
これにて第二章は終了です。次回から第三章に入っていきたいと思います。
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