騎士への手向け
アレスが抜き放った一撃がヴェイグの胸を切り裂いた。
内部へと食い込んでいた闇の棘は消え、空に光が戻る。
鮮やかな一刀になすすべなく切られたヴェイグはその場に倒れた。
「主様」
「ああ、分かってる」
二人は未だ息のあるヴェイグヘと視線を向けた。
ヴェイグの胸からは大量の血液が流れ出しており、放っておけばこのまま死ぬだろう。
「老人のくせにまだ耐えるか。さっさと逝け」
宵闇の冷徹な言葉にヴェイグは力なく苦笑する。
「ぁぁ、すぐ逝くさ」
その答えに宵闇は不服そうにそっぽを向いた。
「・・・・・・こんなにも、遠いとはな」
同じ英雄であるにもかかわらず、一撃で決められたことを少し悔やんでいた。
格が違う。その言葉がふさわしい。同じ土俵にたつことすらおこがましい、それほどまでに絶対的な実力差
「・・・・・・最後に、一つ、聞かせてくれ」
「何」
「お前は、何だ」
抽象的な質問
「表面上は無でありながら、その芯には騎士の心が刻まれている。私にはお前がなんなのか分からない」
「戦い続けた者のなれの果て、化け物」
「化け物、か」
ヴェイグはその答えに納得する。
あの死戦場で戦い抜いた者は皆、凄まじい力を持っている。その死戦場を終わらせた人物なら化け物であることに何ら不思議はない。
「俺からも一つだけいいか」
「敗者に、何を聞く」
どうせ首謀者は誰かだろうと、敗者に尋ねることを思い浮かべる。
「好きな景色はどこだ」
薄れゆく意識の中、ヴェイグは自身の耳を疑った。
この襲撃に一切関係のない、ヴェイグ個人の好きな景色、一体何を聞いているのか疑問に思っているとアレスの口が再び開かれる。
「お前が安らげる場所はどこだ」
「・・・・・・・・・はは」
その質問に一瞬呆気にとられ、乾いた笑みを浮かべた。
自身を襲撃してきた相手に安らげる場所を聞くなど馬鹿げている。あの死戦場では敗者、それも死者ならば戦場でろくに弔われもせず、うち捨てられるのが常
にもかかわらず、目の前の少年はそれを訪ねる。
この後の行動はなんとなく予想ができる。
「これが化け物か、ああ、確かに道理だ」
化け物だ。
彼は、純粋すぎる化け物だ。
異常な力を持ちながら、虚無に浸り、無意識の敬意と優しさを持っている。ちぐはぐな化け物
このような化け物が生まれた理由もなんとなく悟った。
「私は湖畔の見える丘が好きだ」
「そう」
「よかったですね。主様に弔っていただけそうで」
宵闇もアレスが一定の敬意を抱いた騎士に対し嫌そうな顔をしながらも敬意を払った。
「それにしても湖畔が見える丘だなんてずいぶんと抽象的な、しかもどうせ帝国の地でしょう。最後に嫌がらせですか」
「好きな景色を聞かれたから答えただけだ」
「生意気な、主様、こんな老害ここで燃やして灰にしてしまいしょう。そしたらふ~です」
「老人をいたわれ呪刀・・・・・・」
ヴェイグは軽口をたたきながら自身の走馬灯を見る。
そして最後に気がかりな的外れな憎悪を燃やす少女の姿が脳裏に浮かぶ。
「・・・・・・姫様、申し訳ありません。私では、アレスを討つことなど到底できません」
それは実力的にも、そして感情的にも
知ってしまったから、彼の優しさを
分かってしまったから、彼が虚無に身を浸らせる理由を
「アレス、姫様を、どうか、責めないで、く・・・れ・・・・・・」
最後に気がかりな少女のことを優しき化け物に託しヴィイグは息を引き取った。
「死にましたね」
「ああ、そうだな」
アレスは冷たくなったヴェイグの死体を見ても何も感じない。
そっと死体に近づき、転がっている英雄の銀剣を鞘へとしまった。そして力尽きたヴェイグの骸を剣と共に抱き上げた。
後方にいるリーゼロッテたちに視線を向けずに
「カムさん、後始末お願いします」
それだけ言い残すと、宵闇の放つ闇がアレスの体を覆い隠したのも束の間、光が闇を振り払い、空を駆け抜けていった。
アレスの姿はそこになく、カムたちは犯人のいなくなった現場に取り残されてしまった。
「また助けられてしまったか」
アレスの戦いに魅入っていたレオナルドが現状を認識し、ぽつりと呟いた。
あれだけ苦戦していた帝国の英雄に呆気なく勝利し、何も言うことのできぬまま去られてしまった。
あの死戦場と同じように・・・・・・
「丸投げ、いえ、逃げられましたか。そこだけは昔と、いや、変わりましたね」
カムは自嘲する。
アレスはあんな寂しい背中を見せながら逃げることはなかった。もっと子供らしく無邪気に、怒られることに怯えながらも怒られたいと願い、“認められたい”という一心で逃げていた。
「彼の我が儘、事後処理ですか。レオナルド、手伝ってください。アリア嬢とリーゼロッテ殿下は後に来る騎士団の者と共にお帰りください」
ここは刺激が強すぎると、二人には帰るよう促した。
「アレスはどうするのですか」
「そのうち戻ってくるでしょう」
曖昧な、漠然とした感覚で彼は戻ってくると分かっていた。
「安心したら痛みが増してきたな。しゃべるだけで痛む」
レオナルドは痛みを抑えるように控えめな笑みを浮かべ、頬を触り、痛みですぐに手を離す。
「お兄様」
「どうしたアリアよ」
「お兄様は、人を殺して平気ですか」
「ぬ、唐突だな。なんだ、ランディスの教えに疑問を抱いたのか」
その鋭い発言にアリアは目を見開く。
「その様子だとその通りなのだな」
「ご、ごめんなさい」
「謝る必要などない。その疑問は当然のものだからな」
「え?」
兄の言葉にアリアは強い衝撃を受ける。
その呆けた顔を見てレオナルドは少し意地悪く笑った。
「なんだ。まるで俺が、ランディスが人殺しを悦とする一族だと思っていたみたいな顔をしてるな」
「っ、そんなこと」
「ん?」
「・・・・・・悦とまではいきませんが、好んでするくらいには思ってました」
「そうか、そうか、はははは⁉いっぁ」
レオナルドは笑うも痛みですぐに口を閉ざした。
「とうとうアリアもその疑問に辿り着いたか。よかった。よかった」
本当にと、喜ぶ兄にアリアは訳も分からず
「よかった、ですか?」
「ああ、お前が人殺しを悦と感じず、苦しんでくれて、俺もお前と同じで初めて人を殺したとき、苦しんださ。頭から殺した相手の顔が離れなかった」
レオナルドは当時の自分を思い出し、自嘲する。
「お前は人として間違ってなどいない。ごく一部を除き、初めて人を殺した者は皆、良心でその殺しを後悔するものだ。俺はただ、人殺しを悦としているわけではない。割り切っているだけ、ランディスもまた然りだ」
殺しをよしとしているわけではない。割り切っているだけなのだ。殺さなければ殺される。そんな残酷な世界だから
「もし、お前がもう誰かを殺すのが嫌だというのなら剣を捨てろ」
「っ⁉」
ランディスにとって武器は武を極める上で必要不可欠な物、それを捨てろというのはランディスの教えを捨てろというのと同義
「何、過去にはお前のように人を殺すことのできない者も僅かながらいた。気にするな。俺はお前の選択を尊重する。お、来たようだな」
学院内へと少数の騎士が駆け込んでくる。
レオナルドはその騎士たちに現場を任せさせられ、治癒院へと強制的に連行された。
答えは見つからない。
だが、それでいいとレオナルドは思っていた。この決断が後のアリアという存在の生き方を決める重大な決断なのだから
アリアはそんな兄の思いも知らず、悩むのだった。
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