騎士と英雄
時は少しばかり遡る。
アリアとアレスが決闘を行っている頃、学院のグラウンドには一人の元傭兵がいた。
この学院に教師としてやってきたばかりのラッドだ。
ラッドは腰に剣を携え、傭兵とは思えないほどに静かに佇んでいた。
「ふむ。何ようか。カム先生」
後方から音もなく忍び寄ってきていたカムにラッドは振り向くことなく言った。
「それはこっちのセリフだ。ラッド」
カムの腰にも剣が携えられている。
荒々しい口調と共にカムはラッドを睨みつけた。
「今日は非番のはずだ。にもかかわらず何で学院にいる。それにその剣、本物だろ。ここは学院だ。戦場じゃないぞ、“騎士”」
「そこまで気づいていたか。すごいではないか。流石は副団長」
ラッドは驚きを見せることなく自然と振り返り、意趣返しのようにその正体を見抜いてみせた。
「では、私の正体を完全に把握できているはずだろうな」
試すように、自身が格上だと疑わぬ眼でカムを睨んだ。
ただの睨みだけなのに、カムは久しく感じていなかった戦場での危機感を覚え、自然の剣の柄を握っていた。
「なるほど、この程度か」
ラッドは落胆する。
「王国騎士団の副団長と言えば、あの『蛮族』の長とも渡り合った『神殺し』だと聞いていたのだが、その後釜がこれとはな。拍子抜けだ」
ラッドにとって睨みとは威圧にもならない。ちょっとした威嚇のようなものだ。それに対し、こうまで警戒されると落胆せざるを得ない。
「帝国の英雄である『血濡れ』の妥当な評価が心に来ますね」
カムは騎士としての素に戻り、半歩下がり踏ん張る。
「そこまで知られているなら正体を隠している理由はないな。変装のための化粧は面倒なのだ」
そう言って、荒々しく顔に張り付けた特殊な皮をはいだ。
皮がめくれ、まず最初に見えてくるのは右頬の古傷、その古傷は帝国の英雄の代名詞、彼を語るならその古傷は欠かせない。その昔、あの死戦場で『蛮族』の長であった先代ランディス公を退けた際に受けたとされる傷
あの『蛮族』の長を退けたことで『血濡れ』は一躍その名を世界に轟かせた。
「では、名乗るとしよう」
ラッド、いや『血濡れ』の雰囲気が変わる。
先ほどまでのにらみとは比べ物にならないほどの圧迫感が押し寄せる。
それはまさしく、英雄の風格
「我の名は『血濡れ』ヴェイグ・アーケイン、彼の方からの命を受け、王国の英雄『絶望の使徒』を殺しに来た」
堂々と名乗りを上げるヴェイグ
「『絶望の使徒』を差し出せば、私はお前と争う気はない。どうする」
「それに応じるとでも」
カムの答えにヴェイグは笑う。
「ならば、ここで死ね。王国の騎士よ!」
ヴェイグは戦場で幾人もの血を浴びてきた愛剣である銀剣ブラッドザウグを抜き放ち、勢いよく大地を蹴った。
銀剣ブラッドザウンはその名の通り銀色の刃を持った長剣、幾人もの血を浴びてきたせいか陽光に照らされ反射する銀の輝きが不気味に光る。
対して、カムもまた騎士剣を抜き構えた。
受けに回るつもりなのだろうが、ヴェイグにとってそれは格好の的だった。
銀剣が横薙ぎに大きく振るわれる。
それをカムは剣を立て受け止めた。
「っ」
受け止めることはできたが剣から伝わってくる衝撃が凄まじい。
受け止めるより受け流した方が正解だったかと後悔しながらも歯を食いしばり、その剣を弾こうとするも帝国の英雄の一撃は揺るがない。
ヴェイグは老人とは思えない膂力を見せつけ、力では絶対に勝てないことを悟ったカムは一歩退き、拮抗を崩し体勢を立て直そうとするも、帝国の英雄がそれを許すはずがない。
「逃げるのか。騎士よ」
「くっ」
ヴェイグは表情一つ変えず、突きを放った。
まっすぐ伸びる銀の輝きにカムは的確に剣の傾きにあて受け流す。
銀と鈍色の剣がぶつかり合い火花が散る。
「ほう、貴様に落胆したことは謝罪しよう。だが」
受け流された銀の剣を力強く振るい、カムの剣を薙ぎ払った。パワー勝負ではヴェイグに軍配が上がる。
しかし、カムは咄嗟に剣をずらしたことで、僅かにだが銀剣を受け流した。
「これも防ぐか」
ヴェイグの表情に僅かに驚きが垣間見える。
ヴェイグは決してカムを舐めていたわけではない。戦場から離れている間も『神殺し』の後釜である副団長が王国の実力者の中で五指に入る強さだとは聞いていた。だからこそ、圧を放ち、警戒させ、落胆した。
カムからは強者から放たれる独特の気配というものがない。
しかし、ここに来てカムが純粋な力による強者でないことに気づく。カムからは圧倒的なセンスを感じられない。凡夫の剣とまではいかないが、それでも才能あふれる剣とは違う。努力による堅実な剣
なるほどと、カムの力を知る。
だからこそ、ヴェイグはカムを鼻で笑った。
「ふ、私相手に殺さぬよう立ち回るなど愚の骨頂と思い知れ」
「ばれていましたか」
カムは苦笑しながら、ヴェイグの手加減された剣を受け流していく。
敵は帝国の英雄『血濡れ』、彼相手に殺さぬよう加減するなど愚かだとカム自身も分かっている。しかし、それ以上に彼を捕虜として捕らえることの方が有益だと考えた。
戦いながら彼が口を割るとは思えない。それは捕らえてからも同じだ。彼に対してどのような拷問をしようと国に忠誠を誓った騎士が口を割るはずがない。だから、英雄という帝国の切り札を交渉材料に使い、事態の究明を帝国側に要求しようとしていた。
王都に『血濡れ』が潜入したという情報を国王であるユーレインが聞きつけると、すぐさま交渉材料に使うことを考え出した。
そして、カムに下された命令は
『可能ならば、血濡れを生け捕りにせよ』
その命に従い、カムは『血濡れ』を相手に隙を窺いながら防御に徹していた。
(陛下も、無茶なことをおっしゃる)
カムとヴェイグでは天地がひっくり返らない限りカムが勝利することはない。それだけ英雄との実力差は明らか、今も準備運動に使われている。
「どうした。攻めてこないのか」
「攻められるのなら、攻めてますよ」
カムはヴェイグから受ける全ての攻撃を紙一重で受け流し、躱していた。一瞬でも迷えば幾人もの王国兵の血を浴びた剣の餌食になるだろう。
それだけは避けねばならない。
ただ、どれだけ防御してもヴェイグに隙らしい隙は見つからない。
そうしていると、黒ずくめの男がグラウンドにやってきた。
「ヴェイグ様、加勢します」
「いい、それよりそちらはどうだ」
「は、『絶望の使徒』にヒュドラの注入に成功しました」
「お前たちはあの毒を持ち込んだのですか!」
カムも『ヒュドラ』を知っている。そしてその身で受け、死にかけた猛毒、今は耐性を得て受けたところで何ともないが、アレスはどうなるか分からない。
カムが叫ぶもヴェイグは聞いていない。どこか考える素振りを見せながらも、攻撃の手を緩めることはない。
「お前たちは馬鹿か。使徒にヒュドラごときが効くわけがないだろ。今すぐ使徒の首を持ってこい!」
帝国の英雄が暗殺者の無知に怒鳴ると、黒ずくめの男は一目散にアレスの状態を確認しに逃げるように去ってしまった。
「まったく、すまないな。あれは戦場を知らぬ暗殺者だ。お前たちの英雄を侮っているのだ」
「何故、謝るのですか」
「たとえ、どれだけ冷酷な化け物であろうと強者に敬意を払い、最大限の警戒を持つのは当たり前の事だろう」
そう言って剣を振るう英雄の姿にカムは彼が騎士であることを再確認する。
「ならば、何故戦場ではなく、このような場所で彼を殺そうとするのですか」
騎士ならば正々堂々と戦場で戦えとヴェイグの剣を受け流す。
「それが主の願いだからだ」
たった一言、ヴェイグは憎悪を宿した外を知らない姫を思い出し、自嘲するように笑った。
「無駄話は終わりだ。もう十分、温まってきた。貴様の血を私の剣に吸わせてやろう」
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