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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第二章 英雄と英雄
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何も感じないということ

 アリアは帝国の戦士を相手に剣を振るっていた。

 リーゼロッテの風に乗って繰り出した一撃で、確かに剣を弾けたが、その後はすぐに体勢を立て直され互角の勝負を繰り広げ、いや、演じていた。

 アリアの剣が戦士を貫こうとすると何故か剣がぶれ、戦士に防御する隙を与えてしまう。

 アリアは技術、単純な力、その両方で戦士をほんの僅かに上回っていた。

 にもかかわらず、決め手に届かない。


 それは偏に実戦経験の差にあった。

 実戦と模擬戦、決闘は明確に違う。模擬戦や決闘は明確なルールの下行われるが実戦は違う。殺意と殺意がぶつかり合う明確な殺し合い、そこにルールなど無く勝った方が正義という無秩序な勝負だ。


 戦士から向けられる殺意は本物

 兄から聞いていた実戦の空気と類似したが、聞くのと実際に味わうとでは全くの別物

 手に汗握る、そんな表現では足りない。常に死と隣り合わせの危機感、恐怖を覚えながら相手を無力化しなければ切り抜けることができない命の駆け引き

 殺されるかもしれない、そう思うだけで剣がぶれる。

 落ち着かなければと思うも、感情はそうもいかない。

 死の恐怖というのはそれだけ大きい。誰とも知れぬ者と本物の刃を交えることがこんなにも怖い事と初めて知る。


 魔物とは違う。人との殺し合い

 だが、ここで臆すのはランディスとして違う。

 武を極める一族が殺し合いで恐怖を覚えてどうする。

 そう自身を奮い立たせアリアは叫ぶ。

 

「はああああ!!」


 その叫びと同時に振るわれた剣は、重い一撃と化し戦士の剣を弾いた。

 アリアの剣はそのまま止まることを知らず、戦士の胸元を大きく切り裂いた。

 返り血が顔に張り付く。

 

「っぁ……」


 戦士は死の間際一言も発することなく、強烈な怒りを込めた瞳でアリアを睨むとそのまま力なく倒れた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」


 肩で荒く息をする。


 気持ち悪い。


 濃密な血の匂いが、思考を侵食する。

 目の前の死体から血が広がっていき、生命を感じられない敵の体を見て不快感しか感じられない。そこに達成感はなく、人を殺すという初めての経験に体が震える。

 人を殺すことがこんなにも辛く、罪悪感を覚えることだなんて知らなかった。


「アリア、大丈夫ですか」

「………あ、ええ」


 近づいてきたリーゼロッテに話しかけられ意識を現実に引き戻した。

 しかし、まだ体の震えが止まらない。顔に着いた返り血を拭うことなく、ただ何となく立っていることしかできない。


「そのままではいけません。こちらを向いてください」


 リーゼロッテはアリアの顔を両手で無理やりこちらにむかせると持っていたハンカチで顔に着いた返り血を優しく拭き取っていく。


「ねぇ、リーゼ」

「喋らないでください。拭きずらくなります」


 その先の言葉を聞きたくないとでも言うかのようにリーゼロッテは拒否する。

 しかし、アリアはその言葉を発さずにはいられなかった。


「ランディスっておかしいの」


 その疑問にリーゼロッテの手が止まる。


「……何故そう思ったのですか」

「人を殺すことがこんなにも辛いことだなんて、教えられなかった。自分たちの武の糧に必要なことだって、でも、こんなにも辛いことを進んで糧にするなんて変じゃない」


 アリアは人を殺すことを辛いと感じた。一切の快楽と愉悦を感じず、唯々罪悪感に駆られる。

自身の家の教えを疑うほどに


「ランディスは、おかしくなどありません。それもまた一つの考え、争いの絶えないこの世界で生き抜くために必要な武なのでしょう」


 リーゼロッテはランディスの教えを全て知るわけではない。しかし、その根幹にある物は何となく理解しているつもりだ。


「どうかしたのかい」


 アレスは、何ともないように二人に近づいた。

 返り血で制服が汚れているがアリアのように震えるわけでもなく、いつも通り立っていた。

 その姿が今のアリアにはとても不気味に見えた。

 まるで、人を殺すのは当たり前とでも言うような様子に震える。


「ねぇ、アレスは人を殺しても、平気なの」

「アリア⁉」


 その質問は戦争で心をすり減らしたアレスにはあまりに酷なもので、決して聞いてはならない質問だった。

 だが、それを分かったうえでアリアは口にする。


「今は何とも思わない。襲って来たから殺す。それだけさ」


 飄々と答えるアレスにアリアは言葉が出なかった。


「人を殺すのが辛かったのかい」

「っ、当然でしょ!こんな、こんな事好き好んでできるやつなんていないでしょ」


 その意思が無かろうが意趣返しのような質問にアリアは叫ぶ。


「よかった。君がその答えにたどり着いて」


 返ってきたのは今まで見たことのない穏やかな笑み、歪さを感じられない優しい笑み

 リーゼロッテはアレスのその表情に唖然としてしまう。アレスが昔見せていた温かな、心の宿った笑みに似ていて


「その感情を忘れたらダメだ。でないと、僕みたいに人殺しに何も感じない化け物になり果てるから」


 そこには自嘲の念がこもっていた。

 アレスは最初こそ人殺しに強烈な忌避感を覚えたが、何度も戦場に出る度その忌避感は薄れ、最終的には完全に無くなってしまった。

 人を殺しても何も感じない。罪悪感も、快楽すらも

 だからこそ、無意識のうちにアレスはアリアに殺しの経験を知ってほしかった。

 ランディスの教えは聞く限り、心優しい者にはとてつもなく辛い道のりだ。武の頂にたどり着く前に心を壊し、そのまま廃人となることだってあり得る。

 そのアレスの言葉を、アレスが何故何も感じなくなってしまったのか今のアリアならばわかる。理解できる。

 人を殺し続けるというのは辛く、苦しく、そしてとても疲れることだ。殺さなければならないと割り切れなければ、いっそのこと心なんてもの壊れてしまえばいいと願ってしまう。願わずにはいられない。


「それじゃあ、行こうか」


 アレスはすぐに切り替え、先へ進もうとする。

 その後ろ姿はとても寂しく、悲しい背中だった。

 何か声をかけねばと、アリアは口を開けた瞬間、凄まじい剣戟音が響き渡った。

 力強い剣と剣のぶつかり合い、それも何度も連続で巻き起こる。

 聞こえるのはグラウンドから


「ははは!!これが『血濡れ』の実力か!」

「これって」


 剣戟と同時に聞こえてくる声にアリアは聞き覚えがあった。


「アレス!」


 突如走り出したアレスにリーゼロッテは叫ぶがそれを聞かず廊下を駆け抜ける。

 アレスにはその声が誰の物であったとしてもどうでもいい。ただ『血濡れ』という聞き捨てならない単語に反応したに過ぎない。


「追いかけましょう」

「ええ」


 リーゼロッテとアリアはアレスの後を追いかけるのだった。


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