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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第二章 英雄と英雄
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初めての出来事

 アレスたちが教室から出ると、周囲には特に人の気配は感じられなかった。

 しかし、今のアレスは万全とは言えない。その感覚もどこまで信用できるか分からない。

 

「誰もいない。行こう」


 三人はそっと廊下を歩く。音を立てず、なるべく刺客に見つからぬよう

 しかし、三人の内二人は戦場も知らぬ素人、対して相手は手練れと思わしき帝国人、差は歴然、故に出会うこともまた必然

 

「あれは黒髪の、『絶望の使徒』!」


 その呼び名で英雄を呼ぶのは外国の者しかいない。

 正面から姿を見せた刺客に見つかってしまう。

 続々と刺客たちが集まってくる。だが、その中には幸いなことに暗殺者はいない。剣を握る戦士と思わしき者に、ローブを着る魔法使いがいた。

 

「やっぱり見つかったか、二人とも戦闘態勢、暗殺者はいない。リーゼは魔法使いの攻撃を風で吹き飛ばしてくれ。アリアは僕に続いて」

「分かりました」

「分かったわ」

「じゃあ、出る」


 アレスが飛び出したのに続き、アリアもそれに続く。

 アレスの速度は先ほど見せていた速度よりも数段遅い。やはり毒が抜けきっていないのだ。

 そして、左腕の袖をまくってあえてその毒に侵された腕を晒していた。

 

「使徒は『ヒュドラ』に侵されている。怯む必要はない。ただじ、女たちは殺すな。あやつらは『蛮族』の末と王女だ」


 その言葉に刺客たちが気を引き締める。

 使徒は最悪の敵だが、毒に侵されその能力は低下している。しかし、外国から『蛮族』と称される一族と王族が加わるとなれば油断はできない。

 

「アリアは戦士の方をお願い」


 刺客は計六人、その内剣を握った戦士が四人、後衛の魔法使いが二人

 一人抑えてくれればいい。

 残りの奴らはアレスがその手で仕留める。

 それにアリアがいた方が、相手が無駄にアリアに警戒して、アレスも動きやすくなる。やはり『蛮族』の名は伊達じゃない。


 アレスは手前の戦士へ向け剣を振り下ろす。

 戦士はアレスの剣を受け止めると、腹部目掛けて足を上げた。

 それを見たアレスは、毒に侵された左手で軽く受け止める。

 

「なぜそれだけの力を⁉」


 蹴り上げようとした足がびくともせず戦士に驚愕が奔る。

 その驚愕は他の者にも伝わる。

 ヒュドラを受けた者は即死する。例え絶望の使徒が即死しなくとも、それは彼が化け物であるため耐えられているだけだと、しかし、毒を受けてなお自分たちを凌駕する力を見せつけられれば仕方ない。

 それだけ『ヒュドラ』に対し絶対の自信を持っていたのだろう。

 

「君らは兵器に頼りすぎだ」

「っ、魔法使い!」


 アレスを抑えていると思い込んでいる兵士が後方の魔法使いへと攻撃を促す。

 すると僅かに気温が上昇し、炎の槍が浮かび上がる。


 炎槍


 本来なら躱すべきその魔法だが、今は何の脅威も感じない。

 

「リーゼ!」


 リーゼロッテは攻撃魔法を得意としない。しかし、攻撃とは言えないただ自然の現象を再現する魔法ならば、その威力はリーゼロッテの持つ膨大な魔力に見合う威力となる。

 

「吹いて」


 その願いに過剰に応えるように暴風が発生

 暴風は前方向へと吹き荒れ、生成されたばかりの炎槍を吹き飛ばした。

 

「な⁉」

「威力を重視しすぎて、コントロールをおろそかにしてるからそうなるんだ」


 攻撃魔法、それも戦争のために作られた魔法は単純にイメージすれば使えるというものではない。必要なのは魔力操作技術、魔力量、戦争用の魔法は自然現象をそのまま再現しているわけではなく、自然現象を“兵器”に仕上げたものだ。当然、そこには歪が生まれ、魔力操作をおろそかにすると、只の突風で簡単に消し飛んでしまう。


 戦場において常識ともいえる事だったが、アレスと言う規格外の化け物相手に焦りが生まれたのだろう。戦場を深く知らない者がよくやることだ。

 指揮官がいれば状況が違ったのだろうが、あいにく刺客たちに指揮官と成れるような人物はいない。

 

「こっちも忘れるんじゃないわよ」


 リーゼロッテが巻き起こした風に乗り、一つ結びにした紅髪を振り乱しながら剣を大振りに振るうアリアに、一人の戦士は剣を立て防ごうとするが、やはり相手が少女という事で『蛮族』の一族であることを忘れ油断したのかあまりに重い一撃に剣を弾かれ、のけぞった。

 アレスの予想を超えた一撃に、驚きこそはないがその力量に心配いらずと判断し、アレスは目の前の敵に集中する。

 

「邪魔だからどいてよ」


 そう優しく、しかし言葉とは裏腹に鋭く鈍色に輝く、純粋な殺意ののった剣が舞う。

戦士の剣を弾いたと同時に距離を取ると、一気に接近する。上段に構えた剣を振るい落した。

 その剣に速さはないが、とても綺麗で、基礎に沿ったもの、そんな剣、極限まで極めていなければ芸と笑われ殺されるだけ

 それはアレスの剣も例外ではない。

 戦士はお手本に沿う剣技にニヤリと笑みを浮かべる。

 

「素直すぎ」


 そう辛く評価し、振るい落とした剣を止めることなく、同時に戦士の腹部へと拳を叩きこんだ。

 

「がは⁉」


 剣に意識を持っていかれていた戦士はその拳をまともに受け、その威力に目を剥く。

 内臓が破裂してしまいそうなほどの衝撃、腹部にめり込んだ拳は勢いを落とすことなくそのまま押し込まれる。


 アレスは言葉を交わすことなく、上段から振るった剣の軌道を突如変えた。

 振り下ろされたかに見えたその剣は途中で止まり曲線を描き振るい上げられる。鈍色の刃は戦士の腕へと深く切り込むと、そのまま胸元も切り裂いた。


 一人の戦士を絶命させるとアリアに止められていなかった二人の戦士が迫る。

 後方の魔法使いたちも、今度は威力重視ではなくしっかりと魔力制御をしていた。これではリーゼロッテが再び暴風を起こしても意味がない。

 だが、リーゼロッテが起こせるのは何も風だけではない。

 炎には水をかければいい。

 

「湧き出て」


 炎槍の上空、何もない空間に水が生成され、落ちる。

 炎の槍は消え、戦士たちに援護は届かない。

 その隙にアレスは舞う。


 二人程度ならば今のアレスにも同時にさばききることができる。

 前方の両方向から挟み撃ちを仕掛けてくる戦士に、アレスは半歩下がり、同時に振り降ろされた剣を躱す。

 

「なってない」


 その焦りが露になった剣をアレスは冷静に評価する。

 そんな剣を振るうものが辿る末路は決まっている。


 アレスが剣を振るうと、戦士の胴が切れ、もう一人の戦士の胸が貫かれる。

 どちらも一撃を持って仕留めた。

 後方の魔法使いたちは炎槍の準備を開始する。しかし、それはあまりに遅かった。


 身を低くさせアレスは床を蹴る。

 そのまま魔法使いたちの懐へと一気に潜り込んだ。

 近接戦のなっていない魔法使いは懐へと潜り込まれた瞬間、それは終わりを意味する。


 鈍色の輝きが二振りの軌跡を描いた。

 魔法使いたちから血が噴き出し、倒れる。

 これで資格たちは倒れた。残りはアリアだけだが、剣戟の音は聞こえない。


 アリアの前には切られた戦士が倒れていた。

 

「アリア?」


 アリアは目の前の死体を見ながら呆然と立ち尽くしている。


 やっぱりこうなってしまったか。


 それは初めての人殺し、戦いにおいて自分の意志に関係なく強要される瞬間、それを初めて受けた者は、皆呆然と立ち尽くす。自分のしたことがいかなことか考え、快楽に通じるか、罪悪感に通じるか、はたまた別な感情に通じるかはその人次第

 ただ、今のアリアはその現実を受け入れようとするも、どこかその現実を拒もうとしているようにアレスには見えた。


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