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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第二章 英雄と英雄
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ヒュドラ

 暗殺者の毒を受け倒れたアレスはアリアたちの手により暗殺者のいなくなった教室へと運び込まれた。

 アレスは壁に寄りかかり座ると呼吸を整える。

 意識はある。だが、体に力が入らない。

 

「大丈夫ですか。回復魔法をかけましょうか」

「いや、大丈夫、リーゼの、回復、魔法で、どうにかなる…毒じゃない」

「なら、誰かに助けを」


 アリアの言っていることは最もだ。リーゼロッテの回復魔法でも治せないレベルの毒ならば命に係わる毒だ。実際に、アレスが予想した毒は即死級の最悪の毒だ。

 

「必要、ない」

「必要ないって、真っ青じゃない。強がってないで早く助けを」

「本当に、必要が、ないんだ。僕が、受けた、この毒、は、んぐ……即効性の、強い、猛毒で、『ヒュドラ』の毒さ」


 『ヒュドラ』はかつて帝国軍が使用した猛毒で、『魔人』と同様に非人道的な代物として現在は使用を禁止されている毒だ。

 少量、敵の体内へと注入することで即死させる危険な毒

 

「それならなおさら」

「僕は、この毒を、一度、受けて、耐性があるはず……だから、必要ない……それに、適切な、処理ができる、のは、はぁ、リスティ、先生、だけだから…助けは、無謀だ」


 治癒院にいるであろうリスティナをここに呼び出すのは、彼女の年齢を考えても、あまりにも無謀な事だった。

 それに、アレスはこの毒に耐えられるだろうと予想していた。

 あの死戦場でアレスはこの毒を一度受けている。あの時も、このような倦怠感に襲われつつも“彼女ら”のおかげで何とか耐えることができた。それに『ヒュドラ』に欠点があるとすれば、それは一度受ければ耐性が確立されるという点にあるだろう。

 ドランもこの毒を受け苦しんだが、タフさ、根性で耐えてみせた。その影響か、二度目のヒュドラによる攻撃は一切効かなかった。他の耐えた者たちも同様だ。


 だが、アレスの場合賭けにも等しかった。アレスは自分自身の力でヒュドラに打ち勝ったわけではない。そのため耐性があるかは半々だ。

 だから、リスティナに教わった応急処置を行う。

 

「リーゼ、左袖、をまくって、くれない」

「分かりました。っ⁉」

「これって……⁉」


 リーゼがアレスの服の袖をまくると、その異様な肌が見える。

 アレスの肌に針が刺さっていたのであろう場所を中心に黒い靄のようなものが肌に張り付いていた。それは明らかに毒の広がりによって肌が変色したとかではない。もっと別な何か、禍々しいものが感じられた。

 セイは自身の肌を見る。

 

「ぁぁ、これなら、いけるはず」

「これは本当に毒ですか」

「毒と、呪詛の、いいとこどり、と覚えておけば、いいさ」


 ヒュドラは純粋な毒というより、呪詛という面が強かった。

 呪詛は言葉のままの意味だ。どうやって呪詛を毒にしたのかはアレスの知る限り不明だった。

 

「それより、剣で、腕を、軽く、切ってくれない、か」

「そんなことしたら出血多量で死んでしまいますよ」

「ヒュドラは、血に、宿る。だから、血を、抜くのが、一番、有効、なんだ……それなりに、血が、流れたら、回復、魔法を、かけてくれ」

「分かりました。アリア、お願いします」

「え、ええ」


 ほんの僅かに動揺を見せたアリアだったが、剣を引き抜くと、軽くセイの腕を切りつけた。すると切り口から血が少しずつ流れる。

 アリアは手に残る肉を切り裂いた気持ち悪い感触に気分が少し悪くなる。

 リーゼロッテは血が流れるのを見るとすぐに回復魔法をかけた。

 血の流れが止まり、傷ついた肌が元に戻っていく。

 アレスの顔は血が抜けたこともあり真っ青なままだったが、心なしか呼吸が落ち着いていた。

 

「これからの、ことだけど、もう、あの暗殺者は、僕を狙おうとしないはずだ。帝国は、この毒に、自信を持って、いた。名将でも、連れて、きていなければ、彼らは、僕が、死んだと、思うはずだ」


 帝国の名のある名将と言えば、直近でいうと『血濡れ』ウェイグ・アーケイン、彼しかいない。しかし、彼はアレスが北方戦争に参戦した頃には老いを感じて隠居生活をしていたと聞く。そのため、今ここにいる可能性は低い。

 ただ

 

「名将が、この場に、いるなら、僕の首を、取ってこさせる、はずだ……あれは、生易しい奴じゃなかったと、聞く。自分の目で確かめるまで、殺戮を繰り返す、怪物だって」


 『血濡れ』の戦場での任務は敵の殲滅も確かに行っていたが、それよりも彼は騎士として敵将の首を狙う男だった。敵の殲滅は将の首を取る過程にすぎない。それほどの怪物がここにいるのなら、確実に死体を確認するか、首を取ってこさせるだろう。

 そうなると厄介極まりない。

 ただ、それは可能性の一つであり、アレスの中での仮定の話だ。

 

「もう、動けそうだ」


 アレスは壁に寄りかかりながらも立ち上がろうとするも、まだ携帯感が残りわずかにふらついてしまう。

 

「まだ休んでいた方がいいのでは、ふらついているみたいですし」

「いや、もう大丈夫さ」


 そう言って壁から手を放し、ふらつきながらも立って見せる。

 

「それに、今すぐここから出ないと、今の不完全な状態じゃ、あの暗殺者たちを相手できない」

「でもそれは、敵に名将がいた場合でしょ。帝国も将となるような人物を送ってくるはずないじゃない」


 国際問題に発展するため、そんな馬鹿なことをするはずがないとアリアは考えていたが、すでに議論はその段階にはない。

 

「いや、来てる。胸騒ぎがするんだ。それに、僕らが襲われたのにカムさんが動かないのはおかしい」

「カムさん?それってカム先生の事」

「カム先生は、王国騎士団副団長のカムです」

「え⁉どういうことよ」


 そんな大物が教師をやっているだなんて知らない。

 

「まぁ、何と言いますか。うちの父が過保護で……」


 ばつが悪そうにリーゼロッテが視線を逸らしたことでアリアは何となく悟った。

 あの国王ならやりかねないと

 それはさておき、今考えるべきはカムについてだ。

 

「カムさんが動かないってことはカムさんが対処しなければならない何かがあるってことだ。カムさんなら暗殺者程度に後れを取ることはない」

「つまり、帝国の将が紛れている可能性が高いと言うわけですね」

「そう、だから、僕らはすぐにここから出なきゃならない。ただ、今の状況で敵と出会うと、さっきみたいに二人を守ることができない」


 アレスは万全の状態ではない。毒が抜けきるまでまだしばらく時間がかかる。

 

「だから、無理を承知で、力を貸してほしいんだ」


 これしか策がない。今一人で戦うのが不可能ならば、危険を冒してでも三人で戦った方が安全だ。

 だが、そこには危険である以外にも一つ問題があった。

 

「君たちに人殺しをさせてしまうことになる。それでも、力を貸してほしい。お願いだ」


 まだ綺麗な二人にこんな汚れ仕事させるわけにはいかないなどと言う綺麗言ではない。

 それはアレスの記憶に眠る最悪の記憶、あの日初めて人を殺した時に味わったとてつもない不快感、あれをこの二人に味合わせてもいいのかという記憶の中の良心から来るものだった。

 

「いいですよ。一緒に戦いましょう。ねぇアリア」

「ええ、そんな状態のあなたを一人で戦わせるほど、私も、ランディスも落ちぶれてないわ。任せなさい」


 リーゼロッテはその言葉を待っていたとばかりに笑顔で応え、アリアもまた、表面上は自信満々に応えた。

 

「ありがとう。それじゃあ、行こう」


 三人は団結して、教室の外へと出た。


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