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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第二章 英雄と英雄
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使徒をも蝕む猛毒

 校舎内には未だ刺客が存在している。

 魔法使いまで出てきたということは、今回はダンジョンの時と違って敵もこちらを最大限警戒すべき敵だと認識して本気で殺しにかかってきている。

 ならば迂闊に攻撃はしてこない。そう判断して、アレスは先頭を歩いていた。

 校舎にはたいした数の教室はないが、どの教室も大きいため、必然的に校舎自体も大きくなってしまう。


 不意に風の音が不自然に変わる。


 足音こそ聞こえないが、隠密に長けた暗殺者辺りが動き出したのだろう。

 突如、教室の扉が開く。しかもアレスたちを挟むように背後の扉と前方の扉が開かれ、飛び出してきたのは黒ずくめの暗殺者たち

 今回の暗殺者は本物の暗殺者、その証拠に教室の中にもう一人潜伏しており、彼らの隠し持つ暗器が布と擦れる音が僅かに聞こえる。


「っ、囲まれた」


 アリアは剣を引き抜き、交戦しようとする。

 暗殺者たちの殺意がアレスだけに牙をむく。

 背後から現れた暗殺者は毒の塗られた投げナイフを二本取り出し、アレスへ向け真直ぐ投擲する。

 アレスはそれを見ることなく、軽く躱すと、目の前の暗殺者へと目を向ける。

 彼らはプロだ。一体どんな手を持っているか把握しきれない。

 暗殺者の手に球体状の何かが、それをアレスは何度も見たことがあった。


「っ、煙幕か」


 暗殺者はそれを床に投げつける。

 しかし、煙幕が飛び出すかと思いきや、何も起こらない。

 罠だ。

 背後からのナイフを躱したことで、煙幕で視界を奪ったところで意味がないことに気づいたのだろう。

 そう気づいた時には、暗殺者がその手に一振りのナイフを握り締め横薙ぎに振るうと見せかけ、至近距離で飛ばしてきた。

 突発的な判断なのだろうが、ナイフの軌道に一切のブレはなく、真直ぐとアレスの心臓を狙っていた。

 すでに暗殺者の手には袖に仕込んでいた新たなナイフが握られていた。


 流石に速い。

 やはり暗殺者とやり合うのは未だに慣れない。

 しかし、だからと言ってアレスが焦ることはない。


 飛んできたナイフを最小の動きで剣を持って弾くと、予想通り捨て身でナイフを突き刺そうとする暗殺者をあえて近づき、間合いを潰す。

 何を持っているか分からない暗殺者に近づくなど本来は自殺行為に等しい。だが、間合いを潰したことによって飛び込まれ刺されるまでの時間が僅かに開ける。

 それと同時に暗殺者の首へと剣を振るった。

 暗殺者は確実に殺さなければ、面倒なことになるとあの死戦場で学んだ。だからこそ首を切り落とすに限る。


 即死した暗殺者がアレスの体に寄りかかるように倒れ首の断面から血が噴き出す。

 そんな仲間の返り血を浴びながらも一切気にした様子の見せない暗殺者が背後から迫った。


 周囲に見えるのは細かな糸


 なるほどと、アレスは現状を知る。

 

「囲まれたか」


 アレスの周囲にはすでに糸が展開され、背後の暗殺者がその糸を引き寄せれば、仲間の死体ごとアレスを切り裂けるという算段なのだろう。

 だが、この手をアレスはあの死戦場で何度も見た。

 練度は違くとも糸を使う暗殺者は多数いる。

 かつて共にあの死戦場を駆け抜けた彼の言葉を思い出す。

 

「いいか、アレス。糸に囲まれたら取れる手は一つだ。剣で切り裂け、張力を失った糸は鋭さを失う。だから全部切れ」


 そう言うと他の仲間にそんなことができるのはお前らくらいだと、まともな対処法ではないと笑われたが、アレスはその教えに従う。


 全ての糸が一方向に固まっていることはない。

 何重にも張り巡らされた糸が、鳥かごのように獲物を取り囲む。

 だから一振りして断ち切れるのはそのうちの半分にも満たない。

 しかし、一か所のみ糸が集中する場所がある。


 アレスは迫りくる糸に暗殺者の死体を押し出し、僅かに引っ掛ける。それによりほんの少しだけ時間を稼げる。

 その時間を持って、振り向き背後にいた暗殺者へとV字に切り付けた。狙うのは暗殺者が握る糸のみ

 一振りで片手に握られた糸を断ち切り、その洗練された切り返しに暗殺者は躱す間もなく二撃目を受け入れもう片手に握っていた糸が切れる。


 張力を失った糸ははらりと床へと落ちていく。

 アレスはそのまま躊躇いなく暗殺者の首に剣を突き刺し、横に薙いだ。


 残るは潜伏している暗殺者のみ、そしてその位置はすでに把握している。

 教室と廊下を行き来できるのは何も扉だけではない。天井付近に取り付けられた換気用の窓、どう開けるかは不明だがそのうちの一つが開いており、窓の淵を握り、こちらへと吹き矢を向けている暗殺者が一人

 吹き矢とは古典的な手段だと思われるが、受ける側からすると分かっても躱しづらい、相手を殺すことを考えるなら有用な手段の一つだ。

 この距離ならば届きうるが、アレスならば躱せる。


 だが、それはアレスを狙った場合だけだ。


 暗殺者の持つ吹き矢の矛先がリーゼロッテ達へと向く。

 

「まさか」


 暗殺者は吹き矢の筒を口につけた。

 決してあり得ないと思っていた可能性にアレスは自然と体が動いた。

 もし、吹き矢に着いた毒が即死級の物だった場合、国際問題どころの騒ぎではない。再びあの泥沼の戦争が勃発してしまう。


 筒から矢が飛び出しキラリと光が反射する。


 間に合わない。


 そう悟るとアレスは床を強く蹴り飛び出した。

 剣はリーチが長いがその毒塗りの針がどこに弾かれるか分からない。もし当たり所が悪く二人に当たれば元も子もない。

 だから、腕を明一杯伸ばした。


 二人の前に飛び出すと、伸ばした腕に飛ばされた針が突き刺さる。

 

「っ」


 チクリと痛みが奔るのと同時に、何かが体に染みるような感覚を覚える。

 アレスは表情を歪めながら、窓の上にいる暗殺者へ向けて鉄剣を放り投げた。

 しかし、暗殺者はそれを見ると窓から教室の中へと飛び降りそのままいなくなった。


 吹き矢に塗られるような少量の毒では一般人が手に出来るような素材からでは即死級の物は作れない。しかし、帝国ならば『魔人』のように勝利にこだわった結果生み出された少量でも死に至る毒が存在した。

 アレスの視界が揺らぐ。

 

「やっぱりか」


 帝国ならば、この毒を使ってくると思っていた。

 倒れる前にアレスは膝をつき四つん這いになりながらもなんとか意識を保つ。

 

「大丈夫ですか⁉」


 突如、四つん這いに倒れたアレスに二人は駆け寄った。

 

「すごく真っ青です」

「あなた汗も」


 アレスの顔面は真っ青になり、大量の汗が滲み出ていた。それは単に戦闘による疲労でないことくらい二人には理解できた。

 

「僕を、安全な、所に、運んでくれ、はぁ、っ」


 アレスは片手を放し怠惰感に襲われる中、腕に刺さった針を引き抜いた。

 だが、それによりバランスを崩し横向きに倒れてしまう。

 

「アレス⁉」

「僕は、大丈夫だから、早く、隠れないと、そこの、教室に」


 アレスはもうほとんど力の入らなくなった手で近くの教室を指す。

 

「アリア、アレスを運びましょう」

「わ、分かったわ」


 幸い、あの暗殺者はどこかへと退散してしまった。

 そこの教室は身を隠すのにぴったりだった。

 アリアはリーゼロッテに言われた通りアレスの両脇を持ち上げ、引きずりながら教室の中へと入った。


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