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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第二章 英雄と英雄
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アレスの正体

 アレスが決闘のために用意された剣の点検を終えるのがあまりに早すぎてアリアに説明する時間がなかったリーゼロッテは、新たにアレスに訓練場の点検をお願いし、アリアと二人になれる時間を作り出した。

 

「これから話すことは貴方の兄、それから父上もご存知のことです」


 リーゼロッテは訓練場にあった横長の椅子に座り、アリアにも座るよう促した。

 

「先ほどのアレスを見て、アリアはどう思いましたか」

「……」

「正直に言ってください」

「無機質な人形のふりをした悲しい人、そんな感じがしたわ。あれが本来のアレスなの?」

「違います。アレスはもっと、感情豊かで、優しくて、温かい、よく笑う人でした」


 それは過去の事

 リーゼロッテは昔を思い出し、今の似ても似つかぬ壊れてしまったアレスの姿を見る。

 

「ですが、壊れてしまったのです。あの日から徐々にすり減らして、最後にはポッキリと折れて、もう失くしてしまったのかもしれません」


 あの日、王城で見たアレスの姿を思い出すと今も胸が苦しくなる。

 

「アリアは北方戦争を終結させた英雄を知っていますよね」

「当然でしょ」

「それがアレスです」

「え……」

「若干十二歳にて、光神ルーミュ様から使徒に選ばれ、その圧倒的な力で泥沼の戦争を終結に導いた英雄、それがアレスです」

「アレスが英雄……」


 まだ実感がわかないが、あの兄の興奮を考えるとアレスが英雄であることに何の違和感もない。

 

「ただし、人々が思い描くような輝かしい英雄譚があるわけではありません。もっと酷く醜い、人のエゴに汚された英雄……アレスは戦争が嫌いでした。だから、ランディスの考えに疑問を抱いたのでしょう」

「でも、力があるなら」

「アレスは望んで力を得たわけではありません」

「っ」

「そこの違いです。元々アレスは優しすぎたのです。初めて人を殺した時は気を失ったと聞きました。根底から、ランディスとは違うのです」

「私には分からない……」


 ランディスの教えの下生きてきたアリアにはその感情が理解できなかった。

 リーゼロッテの言う通りアレスの心情とランディスの教えは根底から違う。正反対と言っていいほどのものだ。決して相いれることのない考え方の違い。

 

「理解しろとは言いません。ただ、覚えておいてほしいのです」


 強要はしない。ただ、彼の考え方を覚えておいてほしい。それだけだった。

 

「終わったよ」


 訓練場の点検を終わったアレスが戻ってきた。

 いつものようにちぐはぐな様子で

 

「すみません。アリアに貴方が英雄であることを話してしまいました」

「そっか、まぁ、ばれるかもしれなかったから別に構わないよ」


 そこにはやはり感情はない。どうとも思っていない。そんな印象を受けてしまうほど淡白だった。

 

「それじゃあ、そろそろ帰る……」

「どうかしましたか」


 アレスが突如として目つきを変える。

 何かを探るように神経を鋭くさせ、周囲の様子を窺う。

 すると、入り口付近で赤い光が瞬いた。

 

「っ、危ない!」


 アレスは二人の肩を掴み、押し倒した。

 その直後、二人の視界に映るのは通り過ぎていく鋭い炎の槍

 炎の槍は壁にぶつかると大きく破裂し、衝撃波と共に土煙を舞わせる。

 

「大丈夫かい」

「ええ、私たちは平気です」

「今のは魔法?」


 あの炎槍は明らかに自然発生したものではない。何者かによる攻撃、しかも殺傷能力の高い炎槍で的確にこちらを狙ってきたことから明らかに殺意が垣間見えた。

 

「炎魔法炎槍、戦争で使われる攻撃魔法だ。やっぱり来たか」


 その魔法は実際に戦争でよく使われる魔法で、殺傷能力が高く、弓のように複数人による一斉掃射によって多大な力を発揮する戦争のための魔法だ。

 そして、その威力から練度を極めた、戦場を経験した者の魔法であることが簡単に予測できた。

 

「やっぱりってどういうことよ」


 アリアの疑問に答える間も無く、入り口付近には炎槍を発動したと思割れるローブ姿の人間が一人、他にも二人ほど見える。

 すると再び、炎槍が生成される。

 今度は三本

 しかも連携している。

 

「リーゼ、アリアに説明を、僕はあいつらをどうにかしてくる」


 アレスは帝国からの刺客がリーゼロッテ達を狙わないと予測を付け、飛び出した。

 鞘にしまった剣を抜く。

 炎槍がアレス目掛けて飛んでくる。

 計三本、戦争のために開発された魔法でありその速さは矢に並び、威力はそれを優に越す。

 本来ならば魔法によって相殺するのが基本なのだが、あいにく今のアレスには魔法を使うことができない。

 

「不便だな」


 使徒化すればこの場をすぐに制圧できる。だが、この刺客たちは斥候のようなもの、ここで力を見せるわけにはいかない。

 だから、集中する。

 瞳を閉じ、魔力の流れを感じ取る。

 自然を読みアレス本来の武を持ってその攻撃を見切る。

 ゆっくりと目を開き、大地を蹴った。


 一本目の炎槍がアレスの真横を通り過ぎ、地面に衝突

 衝撃波が発生するもアレスの軸がぶれることはなく、軽やかにステップを刻む。


 二本目の炎槍はアレスの側頭部をギリギリに通過し、三本目はアレスの右腕すれすれに服を掠め通り過ぎる。

 三本の炎槍が床に衝突したことで大きく土煙が発生、アレスの姿をかき消す。

 

「やったか」


 ローブ姿の魔法使いが呟いた。

 

「まだだ。あの化け物がこの程度で倒れると思うな!」


 もう一人の魔法使いが叱咤したのと同時、土煙から鈍色の輝きが見えた。

 

「っ、攻撃を再開しろ!」


 だが、その掛け声はあまりに遅かった。

 アレスは魔法使いの懐に入り込むと、その懐に鮮やかに二連撃を繰り出すと返り血を浴びることなく後退、すぐさま次の標的の魔法使いへと移り腕を切り飛ばす。

 

「ひぃ⁉」


 魔法使いの声にならない悲鳴をアレスは無視して、その胸に剣を突き刺し、引き抜く。

 その魔法使いの死を確認することなく最後の標的へと移る。

 

「く」


 最後のあがきとして魔法を発動しようとするのを感じ取ると、床を強く蹴り加速、一瞬にして魔法使いの背後へと回った。

 

「化け物が」


 そんな悪態を無視して、アレスはその魔法使いの背を深く切り付けた。

 返り血が僅かに服に飛び散る。

 だが、そんな事は些細な事、剣に着いた血を振り払うと鞘へと戻した。

 まだ、周囲に刺客が潜伏しているはず、アレスは警戒しながら二人の下へと戻った。

 

「こっちは終わったよ」

「あなた、狙われてるって本当なの」

「まぁ、狙われるだけの事はしたからね」


 そう言って自嘲するアレスにアリアは何も言えなくなる。

 

「とりあえず、まずはここから脱出しないとね」


 訓練場は校舎内にあるため、まずはこの校舎から出なければならない。

 

「敵の狙いは僕だ。僕が先行するから二人は後ろからついてきてくれ。それからやむを得ないとき以外は交戦を避けて、向こうはプロだ。殺しはしないだろうけど、それなりの傷は負うことになると思うから、指示に従って」

「分かりました」

「それから死体を見るのが辛くなったら目を逸らしてくれて構わないから」


 自分の経験から、まだ死体に見慣れていない二人に対する配慮だ。

 入口に転がっている死体にリーゼは僅かに吐き気を覚え、アリアもまた初めて見る人のむごい死体に表情を歪めた。

 

「それじゃあ、行こうか」


 アレスを先頭にアリアたちは校舎からの脱出を試みた。


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