決闘
あっという間に日が過ぎ、決闘の日がやってきた。
アレスが学院の訓練場に着くと、すでにそこにはアリアがいた。
「来たわね」
アリアの手には鞘に納められた模擬剣ではなく本物の剣が握られていた。
「やっぱり本物の剣を使うのですね。私が来て正解でした」
アレスと一緒にやってきたリーゼロッテがアリアの握っている剣を見て呆れた。ランディスの決闘ならば、本物の剣を使うと予想を付けてあんな風にカムに命令したのだ。
回復魔法を使えるリーゼロッテがいれば、もし怪我を負ってもすぐに対処できる。
そんな心配アレスが相手の時点でする必要が無いのだが、念のためだ。
「来るとは思ってたけど、まぁいいわ。ちょうどいいし、リーゼには立会人になってもらいましょ」
「その前に、一ついいかな」
「何かしら?」
「これは何のための決闘なんだい?僕はこの決闘をやる意味が分からないんだけど」
あくまで何も知らないふりをする。
「ただ、確かめたいだけよ」
「何を?」
「あなたが何者かを、お兄様があなたに興奮してた。騎士団長のドランさんにも興奮しなかったお兄様がよ」
アレスはレオナルドの性格をよく把握していない。しかし、その興奮とやらがアリアにとって自身の実力を疑うに値するだけの疑念となったのだろうと簡単に予測できた。
「それに、貶されっぱなしは嫌だから。私が勝ったらランディスを貶したこと、謝ってもらうわ」
「貶したつもりはないんだけどな」
あれはアレス個人の意見だ。
ランディスの考え方を否定するつもりもない。ただ、アレスはそれを認めることができなかっただけ
しかし、アリアはそうは思っていないようで、きつく睨んでくる。
どう足掻いたところでこの決闘は避けられそうにない。
狙われていることが分かっている今、こうして人気の少ない休日の学院に来る危険性は重々承知している。カムがいることは聞いているが、この時を狙って敵が仕掛けてくるのなら、カムはこちらの助けに来ることはできないだろう。
なるべく早く終わらせなければならない。
「分かったよ。その剣貸して」
アリアは無言で鞘に入った剣を投げる。
アレスはそれを片手で受け取ると、鞘から抜き、その鈍色の刃を見た。
傷もなく、切れ味もしっかりしている。よく手入れされた剣だ。本気の殺し合いで使えば敵を簡単に殺せる剣だ。
「細工でもしてると思った」
「いや、そうじゃないさ。よく手入れされた剣だなって」
アリアの持つ剣もまたアレスのと同様によく手入れされたもの、普通の模擬戦では握ることのない本物の剣、ただし普通の模擬戦と同様に敵からの殺意はない。
なるほど、これが決闘か
そう、決闘というものを理解する。
あくまでこれは試合、ただし、互いに本気で行う。
「……不思議」
小さく呟かれたその言葉は誰にも聞こえない。
互いに本気で行うのは、何か大切なモノを賭けているから。しかし、アレスは何も賭けていない。そもそも賭けるモノがない。故に熱が無い。
自身のルーツともいえるランディスの教えを貶されたと熱意を見せるアリアに対してアレスはこれをただの作業としか思わない。あの死戦場での殺戮と同じで
「では、私が立会人となりましょう」
リーゼロッテが二人から少し離れて宣言する。
「用意はいいですか」
アリアは頷き、アレスもまた頷く。
「では、始め!」
その掛け声とともに飛び出したのはアリアだった。
鉄剣を地面と水平に構え身を低くさせ疾走する。
アレスはそれを自然体で迎え入れる。
一切の焦りを感じない冷静な瞳で見下ろしてくるアレスにアリアはきつく歯噛みする。
簡単に懐へと入るとアレスの脇腹へと鉄剣を振り上げる。
これは決闘であり殺傷はなし、だから寸止めをしようと意識を剣へと向ける。だが、それはあまりにも浅はかな考えだった。
アレスがまるでそれが当たり前であるかのように自然と一歩下がる。
「っ」
あまりに自然な動きで、アリアは反応が数舜遅れてしまう。
初めてアレスと手合わせした時と同じだ。アレスの動きはあまりに自然すぎる。その動きは幽霊染みていると言ってもいいほどに気づきづらい。
寸止めしようと速度を緩めた剣が空を切る。
やってしまった。
そう思った時にはアレスの剣がこちらの喉元へと容赦なく刃を向けていた。
またしても数舜でやられてしまうのかとアリアはその鈍色に輝く剣を見る。
(……変?)
それはアレスの剣の動き
確かにそれは速く見える。しかし、よく見るとその剣の動きは相手を押しつぶそうとする力技ではなく、速さと引きによって相手を切り裂こうとする剣に見えた。
剣は刃がそれなりの厚さがあるためちょっとやそっとの衝撃では壊れない。しかし、これが薄い刃ならば話が違う。薄い刃は一方向には鋭い切れ味を持つが、それ以外の方向からの衝撃には弱く、破壊される。だから、押し付けるのではなく引くのだ。
そしてその刃に該当する武器は……
「っ、まず」
そこまで思考した時にはすでにアレスの鉄剣が眼前へと迫ろうとしていた。
急いで切り返し、アレスの剣を弾く。
しかし、アレスに動揺はない。それがまるで分っていたかのように自然な動きでアリアの横へ移動する。
「これってすぐに終わらせてもいいんだよね」
「っ、なめないで!」
激昂したアリアの剣がぶれる。
それを狙いすましたかのようにアレスは最小の動きで彼女の剣を弾き、そのまま彼女の首元へと突き出した。
アレスの剣はアリアの喉元で動きを止める。
「僕の勝ちだ」
「勝者はアレスです」
勝敗が決した。
やはり勝ったのはアレスだった。
それも瞬殺
「なんで、なんでそんなに強いのよ」
謝らせることも、兄が興奮するほどの実力を引き出すこともできず、アリアは拳を強く握りしめた。
このやり場のない怒りをどこにむければいい。
「さぁ、どうしてだろうね」
その言い方がまるでこちらを馬鹿にしているようで頭に血が上る。
「ただ、強いて言うなら経験の差さ。君は誰かを殺したことがあるかい」
「アレス、それは」
リーゼロッテがアレスの語ろうとすることを止めさせようとするがアレスは言葉を続ける。
「誰かと本当の殺し合い、生きるか死ぬかの戦いをしたことがあるかい」
そのどこか達観したアレスにアリアの怒りは薄れていく。
「その差さ。人は死線をくぐりぬけるほど強くなる。どれだけ才能を持った人間も本物の戦場を知らないと強くはなれない」
「それじゃあまるであなたが……」
その先の言葉は出てこなかった。
今のアレスはアリアの知るアレスとは全く違う。
いつもはちぐはぐな繋ぎ合わせのような存在であったのに、今は確かな存在感を持っている。とても悲しい存在として
一体この少年はどれだけの視線を潜り抜けてきたのだろう。一体どれだけの者をその手で殺めてきたのだろう。
そんな疑問が押し寄せてくる。
「僕の意見が君の家を貶したと思っていたのなら謝るよ。ごめん」
突然の謝罪
そこに謝罪の意はない。
それが最適解だとでも言うように合理的に、無機質な繋ぎ合わせの人形としての答え
だからそれを受け入れることも、拒むこともできずアリアはただ茫然とした。
「とりあえず一旦、片付けましょうか。お二人とも、怪我はありませんか」
混乱しだしたアリアに救いの手を差し伸べるリーゼロッテ
リーゼロッテはそっとアリアの耳元に口を寄せる。
「一旦落ち着いてください。ここまで聞いた以上、それなりの説明は私からしますので」
「どうしたんだい」
「何でもありません。それより早く片付けましょう」
リーゼロッテは何食わぬ顔でアレスに向き直ると、ささと片づけを促した。
その姿をアリアは唯々眺める事しかできなかった。
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