ランディスという一族
アレスがアリアに疑問を呈してから一週間が経過した。
二人の関係は未だ冷ややかなものだったが、数日前からアリアがアレスに向ける視線が何かを疑うようなものに変わっていた。
それをアレスはカムにそれとなく伝えたところ、アリアの兄であるレオナルドが帰ってきたことが原因だと教えてもらった。その時に正体がばれる可能性があると伝えられたがアレスは放っておいてもいいと答えた。
知られたところで、アリアならば問題ないと判断しての事だ。
視線もどうでもいい。
「アレス、アリアとはどうですか」
移動教室での授業終わり、リーゼロッテがそんなことを尋ねて来た。
アリアは先に帰ってしまい、ここにはいない。
「どうって、何が?」
「何がって、アリアと仲直りはしたのですか」
「ああ、そういえばしてないね」
さして興味が無いように答えるアレスにリーゼロッテは表情には出さないが悲しくなる。
「ちゃんと仲直りしてくださいよ」
「分かったよ。それより、アリアが僕の正体を探ってるみたいなんだ」
「っ⁉……それは本当の事ですか」
初耳だったらしく、声を小さくしてそっと訊いてくるリーゼロッテに、アレスは小さく頷いた。
それを見たリーゼロッテは軽く頭を抱える。
「アレスはどう対処するつもりですか。正体を知られたくないのでしょう」
「まぁ、放っておいても正体にたどり着くことはないだろうけど、対策をしておくに越したことはない」
「対策って、どうするのですか」
「リーゼに任せようかなって」
「はぁ、仕方ありませんね。それとなく見ておきますよ」
「ありがとう」
「それより、どこから漏れたのですか。まさか、ドラン辺りが口を滑らせたのでは」
「ドランさんはそこまで考え無しじゃないさ。実は偶然で、レオナルドさんがアリアに口を滑らせそうになったみたいなんだ」
「レオナルドでしたか」
それなら納得できるとリーゼロッテは小さく頷く。
彼ならば、事情を知らず簡単に口を滑らせそうだ。
「僕はあまり会ったことはないんだけど、レオナルドさんってどんな人なの」
あの死戦場で何度か顔を合わせたことはあるが、その人となりは知らない。
「簡単に言えば、ランディスです」
その返答にアレスは理解ができない。
その様子にリーゼロッテは呆れる。
「もう少し貴族の事を知っておいた方がいいのでは」
「貴族とはあんまり縁は無いし、そもそも自分から関わりたいとは思わないから」
「ランディス家に関しては、庶民でも知っているほど有名なのですが、仕方ありませんね。説明しましょう」
「お願い」
「ランディス家は王国最強の武人で、他国から『蛮族』と称され、戦闘好きと思われがちですが、少し違います。戦闘は確かに好みますが、それは趣味の範疇で、本来は武を極めることに生涯を捧げる一族です。戦場とは鍛えた武を披露する場、そしてそこで得たものを己の糧として更なる武の高みへと至ろうとする。そんな一族です」
ランディス家の説明を受けたアレスは首を傾げる。
やはり、ランディスの考え方を理解できていないアレスにリーゼロッテはさらに簡潔に説明する。
「一言で言えば、どこまでも強くなりたい一族と言うわけです」
「なるほど」
理解できなくても、その目的は理解できた。
しかし、この説明をアリアが聞けば怒るだろう。
ランディスは確かに武を極める。つまり、強くなることを目標としているのだが、そこに対し一定の礼節を持ち、決して強くなろうと考えるだけの獣ではない。
「レオナルドは、最もランディスの教えに忠実な人と言えば分かりますよね」
「……会いたくないな」
アレスは戦いを好まない。
それが記憶の中の自分であり、そんな自分を今の自分に映し出す。
「その辺りは大丈夫でしょう。カムたちが何とかしてくれます」
「それなら大丈夫そうだね」
「ええ、この話はここまでにして、そろそろ戻りましょう」
「そうだね」
二人は教室へと戻る。
それから、何事もなく、授業が終わり放課後になった。
カムが教室から出て行き、アレスも帰ろうとしていると教室にラッドが入ってきた。
「アレスはいるか」
「はい、ここにいます」
名指しされ、アレスは疑問を抱きながらも返事を返した。
「おお、いたか。少し手伝ってほしいことがあってな。これから訓練場へと来てくれ」
「……分かりました」
アレスは持ち上げたカバンをそのまま手に持ち、ラッドと共に訓練場へと向かった。
「実は、ここに来てまだ日が浅くて、武具の整理が一人ではできんのだ。他の先生方は忙しそうでな、君に頼んでしまったのだ」
「そうだったんですね」
それが嘘でも真であってもどちらでもいい。アレスは愛想よく相槌を打った。
「君なら、どんな武具の不備もすぐに見つけてくれると思ってな」
「僕は鍛冶師ではありませんよ」
「鍛冶師でなくとも一流の戦士なら、武具の不備くらい簡単に気付けるものだろう」
その言葉にアレスは違和感を覚える。
アレスは鍛冶師でなく、一流の戦士でもない一生徒としてこの場にいる。にもかかわらず、ラッドはアレスを一流の戦士と称した。
それが何を意味するのか
アレスが疑いの眼差しを向けていると訓練場へと辿り着いた。
訓練場には乱雑に複数の箱の中へとしまわれた木製の武具が大量にあった。
その数、剣だけでざっと百は超えるだろう。
「儂と君で半分ずつだ。不安ならば、見慣れた剣だけでもいいぞ」
「……いえ、大丈夫です」
どこまで見られているか分からない。アレスはこの場をすぐに離れるため、手早く武具の点検を進めていく。
刃こぼれのある物は外に出し、問題ない物は箱の中へと戻す。
「やはり手早いな。初めてやる者なら、傭兵でも普通、武具の傷を見極めるために迷いそれなりの時間がかかるはずなのだが、もしかして、どこかでやったことがあったのか」
「まぁ、はい」
ここで誤魔化すのは明らかに悪手、ならば正直に話すしかない。
「ほう、そうだったのか」
それからしばらく会話はなく、作業を続けていると、ふとラッドがわざとらしく何かを思い出したように呟く。
「そういえば、この国には北方戦争を終結させた英雄がいるらしいが、一度もその姿を見たことがないのだが、英雄はどうして表舞台に出てこないのだろうか」
それは真実を知らない者が当然に思う疑問
「さぁ、どうしてでしょうね」
貴族でもないただの一般人がそんなこと知るわけがないとアレスは白を切る。
だが
「そういえば、英雄はこの国では珍しい黒髪だったと聞く」
そう来たかと、内心で歯噛みする。
この国に住む黒髪はアレスくらいだ。それくらい黒髪は珍しい。
故にその特徴を知るものは簡単にアレスが英雄だと予測できる。
「君も黒髪だったな」
来た。
アレスは点検していた木剣を握る。
アレスがラッドの方へと視線を向けるとそこには、凄まじい気迫を放つラッドの姿があった。
「何か英雄と関係があるのか?アレス」
「何してんだ」
訓練場の入り口にカムが現れた。
ラッドに鋭い睨みを利かせ、二人の間に割って入る。
「ラッドさん、勝手にうちのクラスの生徒を連れ出さないでくださいよ」
「それはすまなかった。少々武器の整理に手間取ってな。して、カム先生は何故ここに」
ラッドからの気迫は消えるどころか、更なる凄みを得る。
「リーゼロッテから、アレスを探してほしいと言われてな。呼ばれてたぞ。後は俺に任せてお前はさっさと帰れ」
「分かりました」
アレスは、二人の教師に一礼するとカムの言う通りに訓練場を後にした。
訓練場にはカムとラッドのみ
「そんなに戦いたいのなら俺が相手になりますよ」
カムはラッドの手に握られている木剣へと視線を向ける。
その木剣は明らかにアレスを狙おうと握られたものであり、カムにとって感化できるものではなかった。
「これはただ点検していただけだ。気にしないでくれ」
「そうですか。では、俺はこれで」
「勝負はまた次の機会で」
何食わぬ顔をして、そんな事を告げる。
カムはそれを無視して訓練場を後にした。
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