ラッド
授業はつつがなく終わり、次は実技の授業だった。
実技の授業では新しくこの学院にやってきた教師が剣術を指導してくれるのだが、その教師が元傭兵と知り、皆、あまり興味を示していなかった。
いつも通りの授業に特に何も思うことなく生徒たちが訓練場へと移動する中、たった一人浮足立った者がいた。
「さぁ、早く行くわよ」
ダンジョンでの試験前と同じように意気揚々と率先して歩いていくアリアに、リーゼロッテとアレスはついて行く。
ダバンはというと、他の生徒達と先に行ってしまった。
だから三人なのだが、温度差がすごい。
「いつになく元気ね」
「当然でしょ。だって、傭兵の人が教師になってくれるのよ。こんな機会めったにないわ」
傭兵はあまり一か所に長居はしない。そのため、傭兵から何かを教わる機会など滅多にない。
「傭兵から学ぶことなんてある?」
アレスはあまり新しい教師、というより傭兵に対してあまりいいイメージを持っていなかった。
「あるに決まってるでしょ。傭兵は戦いのプロよ。騎士や軍人とは違う思考で戦っている。その思考を理解することで自分の戦術に活かせたり、逆に相手の手の内を予測できるかもしれないでしょ」
アリアの説明にアレスはいまいち納得できなかったが、話しているうちに訓練場についてしまった。
「来たなら早く並べ」
いつものように気だるげに生徒たちを並ばせるカムの隣には見慣れない老人がいた。
体格は大柄、白髪交じりの髪を後ろで縛っており、荒々しいイメージのある傭兵とは思えぬ優しげな印象の好好爺だった。
皆、その姿を見て、拍子抜けと同時にいい印象を持った。
そんな中、アレスはその姿に一瞬違和感を覚えたものの、どうでもいいと思考からその違和感を排除した。
「揃ったな。じゃあ、紹介する」
「初めまして、儂の名前はラッド、姓はない。カム先生から聞いているように儂は今日からこの学院で剣術の指導をそれぞれのクラスで補助する。まぁ、剣を教えてくれる爺さんとでも覚えてくれ」
その見た目通り、柔らかな雰囲気のお爺さんだった。
「ラッドさんの言う通り、これからは二人でお前たちを指導する。とりあえず剣を使う奴はラッドさんに指導してもらえ、他の武器を使うやつは俺のところに来い」
実技の授業では主に剣術を教えているのだが、その概要は得意武器の技術を磨くこと、故に剣以外の武器を持つ者も当然いるので、普段はカム一人が人数の多い剣を使う者たちに課題を課し、少人数である武器を持つ者には個別に指示を出していた。そのため決して効率がいいとは言えなかった。
そこで人数を増やすことでその非効率を減らし、効率的で質のいい教育を行おうとラッドを学院は雇ったのだ。
生徒たちはそれぞれ教師の下へ別れた。
アレスたちは当然剣術を習うためにラッドの下へ集う。
「え~、じゃあ始めようか。こういう風に誰かに剣を教えるのは初めてだから分からないところがあったらすぐ言ってくれ。君たちの実力に合わせて進めていくから」
「ラッドさん」
「ん、君は」
「アリア・ランディスです」
「質問か」
「はい。先生は元傭兵なのですよね」
「そうだけど、それがどうかしたのか」
「この授業では、傭兵の剣術を教えてもらえるのでしょうか」
その言葉にラッドの眉がピクリと動く。
「それは無理だ。傭兵に決まった剣術はない。戦いの中で独自に導き出した剣術を使う者がほとんどだ。決まった剣術を使う者もそれぞれの流派の剣だから、国の騎士たちのような決まった剣術があるわけじゃない。それに君たちが学んでいる剣にわし等の剣は合わん。儂が教えるのは、王国の正当な剣術だ」
「そうなんですね……」
あからさまにがっかりするアリアにラッドは何かを思い出したように「ああ」とわざとらしく相槌を打った。
「ランディス家と言えば武家の名門、そこの御息女であらせられたか。ということは君は、儂に傭兵の戦い方を学びたいということだな」
「はい!」
その期待のこもった眼差しにラッドは苦笑する。
この家系はどの世代も先頭に貪欲なのだなと
「結論から言うと無理だ」
「何故ですか」
「傭兵の戦い方は商売道具そのもの、そう簡単に他人に教えられるものではない。当然、公爵家のものであろうとな」
傭兵として、侯爵家にも屈しないと告げるラッドを不敬と捉えたものはほんの数人
「分かりました」
アリアはその答えに納得し引き下がる。
戦に赴く者として、その心得は父から教えられている。
公爵家にも、他家には言えない秘伝があり、傭兵もまた同じくそれぞれがそれぞれの秘伝を持っている。知識や戦術、力は戦場において最も重要視されるモノであり、それを無理やり引き出そうとするのは武人として許されることではない。
「では、まず、君たちの実力だが、まぁ、大方予想はついたから、それぞれ個別に指導しよう」
そう言ってラッドは生徒たちの意見を聞かずに指導を始めた。
その指導は非常に的確で素早い。
一つ欠点を見つけるとその欠点を補おうと課題を課し、欠点らしい欠点が見つからない物には技の精度を上げるための指導をしていく。
生徒たちの中には傭兵から教わることなどないと意地を張る者もいたが、ラッドのあまりに的確な指示に従わざるを得なかった。
そうして、最後
アレスの前にラッドは立つ。
「ふむ」
ラッドはアレスをじっくりと観察する。
「実戦の経験があるのか」
その言葉にセイは驚きを見せない。
ただ、やはりと思うだけだった。
「いえ、ありません」
「そうだったのか。すまない、君からはただならぬ気配を感じたものでな」
「その評価だけでも嬉しいです」
何食わぬ顔をして嘘を吐くアレスにラッドは怪しむ様子を見せない。
「それで僕は何をすれば」
「君は、儂と本気でやり合えばいい」
ラッドの瞳の奥底でぎらついた戦意をアレスは視た。
そのギラツキはあの死戦場で稀に見た殺しを楽しむ快楽殺人犯とは別種の、唯々戦いを追い求める者が見せる煌めき
この瞳を持つ者と戦場で出会えば、問答無用で勝負を仕掛けられ、互いに死ぬまで戦闘を続けたことを思い出す。その類の者は皆、それなりの力を持っていたが最終的にはアレスが勝っていた。
だが、ここは学院、あの生きるか死ぬかの死戦場ではない。
「冗談は止めてください。僕が傭兵のあなたに勝てるとでも」
逃げ
生徒という立場を利用し、強者を偽る。
それは人の死があたりまえな死戦場では決して選ぶことの出来ない選択肢
「……ははは、ばれていたか。素質のある者を見て、傭兵としての血が騒いでしまったんだ。許してくれ」
ラッドはその返答を予想していなかったのか僅かに面食らった様子で、笑うと謝罪した。
「それで、僕は一体何を」
「儂から君に教えられることはない。自分の剣を磨きなさい」
その指示を言い残して、ラッドは他の生徒達の指導へと戻っていってしまった。
アレスはあまりに大きすぎるその背中を見送った。
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