謁見
治癒院を訪れた翌日、アレスは一人で王城へと向かっていた。
家を出る前にカレンが心配でついてこようとしたが、非常時でもないのに王城に連れていくわけにもいかず、丁寧に断った。その時カレンが若干しょんぼりしていたがアレスはそれに気づくことはなかった。
「おお、来たか」
王城にたどり着いたアレスを出迎えたのは屈強な大柄の騎士、王国騎士団団長ドランだった。
「すみません。お待たせしてしまいましたか」
「いや、大丈夫だ。それよりお前の方はどうだった?あの婆さんからどうせ何か言われてるんだろ」
「まぁ、いろいろ言われましたね」
言葉を濁し苦笑する少年の姿にドランはそうかとしか言えなかった。
「そんな事より早く行きましょう。陛下が待っていますよ」
「それもそうだな」
今日ここにやってきたのは、この国の国王であるユーレイン・レンシアに会うためだった。
本来なら王都に戻ってきた当日に会う予定だったのだが、ユーレインの公務が長引いたために予定がキャンセルになったのだ。そしてアレスの精神状況やユーレインの都合により会うのが今日となってしまったのだ。
二人は城内へと入る。
本来国王と会うには正装をするのが基本なのだが、今回は非公式の謁見ということでアレスは普段着だ。そのせいか城内を歩くと必然的に浮いてしまう。
アレスの隣を歩くドランですら帯剣し、簡単ではあるが軽装に身を包んでいる。
すれ違う者は皆、この城で働く者たちばかりですれ違うたびに二人に対して頭を下げていた。
「もしかして、僕が来ることって、城中に知れ渡っているんですか」
「ん、ああ、そのことか。陛下がどうせそのうち分かるからいいだろって、ここで働いてる奴らには伝えてあるみたいだぜ」
「そうだったんですね」
アレスは過去に何度もこの城に訪れている。そのためこの国では珍しい黒髪黒目の少年というだけで、必然的にアレスだと分かってしまう。英雄の帰還という名目で騒ぎになることは簡単に予想ができたためユーレインは先手を打ったわけだ。
それからしばらく場内を歩くと、すれ違う侍従の数が減っていき、代わりに鎧に身を包み帯剣している騎士とすれ違うことが多くなった。
とある部屋の前にたどり着くと、扉の両隣に騎士が待機していた。
騎士たちはドランに気づくと敬礼し、道を許した。
「陛下、連れてきましたよ」
「入れ」
中から男の声が聞こえて来た。
「失礼します」
ドランが扉を開け、アレスもその後に続いて中に入る。
部屋はそこまで広くなく、テーブルにソファが並び、壁にはどこかの風景が描かれた絵画が飾られている。
そのソファに座る一人の男性
深みのある金色の長髪を背中辺りまで伸ばしていた長身の男、その見た目はとても若く美男子と評するべきだろう。
「おお、来たか」
男はアレスを見ると笑みを浮かべ、立ち上がった。
「久しぶりだな。元気だったか」
「はい。ご無沙汰しています。陛下」
この男こそ、この国の国王であるユーレイン・レンシア本人だ。
「そういう堅苦しいのはいい。今は公の場ではないのだ」
ユーレインは入学式で見せた厳格な雰囲気はなく、今はとてもラフだ。本来の素の性格がこちらであり、公の場でないということで気が緩んでいるのだ。
「陛下、それはいささか無理があると思いますよ」
そう言ったのはユーレインの後ろで控えていた髪をしっかりと整えた好青年のような見た目の男、王国騎士団副団長カムだった。
「カムは相変わらず固いな。もう少し柔らかく考えなければ胃に穴が開いてあの女医の世話になるぞ」
容赦のない言葉にカムの額に軽く青筋が浮かび、表情を引き攣らせる。
「誰のせいで僕の胃が苦しくなっていると思っているのですか」
「はて?私には分からん。ドラン、お前ではないのか」
「は?俺のせいじゃないだろ。全部陛下が無茶な命令を回すからだろ」
カムは胃を苦しめる元凶二人の責任のなすりつけ合いに、色々と言ってやりたいのを何とか呑み込んだ。
「ふぅ、立話もなんですし、そろそろ座りませんか。お飲み物を用意します」
「それもそうだな。お前たちも座れ」
ユーレインはソファに再び座ると肘掛に腕をのせ寄りかかる。
彼の美しい見た目はそれだけで絵になり、ここに絵師がいたのならすぐさま彼を題材にして絵を描き始めるだろう。
アレスがソファに座るとドランも遠慮なく座った。本来ならカムのように王の横に控えるべきなのだが、非公式の場だ。そんなことやっていられない。
ドランは背もたれにしっかりと寄りかかり天井を見上げ呻いた。
「ああ、カム、俺にも飲み物」
「良くそこまでリラックスできますね」
「こいつが無遠慮なのは昔からだ。知っているだろ」
ユーレインはカムから出された紅茶を飲んで肩を竦める。
「そうですけど、騎士団長にもなって続くなんて思っていませんでしたよ」
カムは一つ嘆息する。
この三人は昔からの知り合いで全員が同い年だ。こうして、立場の違いがあるものの気軽に接せているのも長年の付き合いがあってこそだ。
「陛下」
「おお、すまんな。呼び出したのは私だというのにいつもの会話に入ってしまった」
「いえ、気にしていませんので。それで、僕を呼んだ理由は」
「顔を見ておきたかっただけだが」
その答えにアレスは思わずキョトンとしてしまう。
「どうした。そんなとぼけた顔をして」
「いえ、陛下がそんな理由で僕を呼び出したのが意外で」
「おお、自国の国王に言いおるな。アレスもアレスで遠慮がないな」
ユーレインが愉快そうに笑んでいると、アレスの前に紅茶が出される。
「それで、どうだ。学院の方は」
「はい。楽しく過ごさせてもらっています」
「そうか。それはなによりだ」
ユーレインは満足そうに、されどどこか影のある笑みを浮かべた。よく見ると目元にうっすらとクマをつくっている。
疲れた様子で、ユーレインの瞳がアレスへと向けられる。
「本来なら、学院の話でも聞かせてもらおうかと思っていたのだが、そうもいかなくなってしまった」
先ほどまでの穏やかな雰囲気が消え、厳格な王としての覇気が宿る。
威圧的でありながら、全てを包むような不思議な雰囲気
「すまなかった」
王として謝罪する。
「また君を戦場に立たせてしまった。本当に申し訳なかった」
それはダンジョンでの事、帝国の襲撃によりアレスはあの死戦場と同じように魔人と戦うことになってしまった。それはユーレインも想定していなかったことであり、絶対にさせてはならない事だった。
本来なら、アレスには平穏な学院生活を過ごしてもらおうとしていた。
だが、結果としてそれが再び彼を戦わせるはめになったことをユーレインたち大人は悔やんでいた。
「気にしないでください。あれは誰にも予測できなかった不可抗力なんですから」
「いや、そうはならない。王として、この件に関しては謝罪を受け入れてほしい」
「分かりました。謝罪を受け入れましょう」
ユーレインは頭を上げた。だが、その表情から憂いは消えない。
少年は変わってしまった。それが誰のせいか、ユーレインは自分に責任があると感じていた。まだ幼かった少年を、純粋で優しかった彼を戦場に行かせる決断をしてしまった自分を責めている。
一概にユーレインが悪いとは言えないが、少年が変わってしまった原因の一つであることは間違えない。だから贖罪として、彼の願いを叶え自然の中での孤独な生活を許した。
許されたとは思えない。またしても、彼を傷つけてしまったから
ユーレインは罪を償い続けなければならない。一生をかけて、彼が昔のように心から笑える日が来るまで
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