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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第二章 英雄と英雄
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治癒院

 レンシア王国王都アーク

 活気に満ち溢れる王都の中でも人々の喧騒が遠く聞こえる貴族街にある軍専用の治癒院、そこでは戦争が終わった今、日々、軍に属する者たちが健康診断や訓練で負った傷を治すためにこの治癒院を訪れる。

 そんな治癒院の一室


 患者のカルテを机の上に置き、患者を診る一人の女性

 鋭い目つきに額に皴を寄せた背の小さな老人、傍らには足が悪いために使っている杖が部屋の中にあるベッドの横にかけられている。

 

「久々に顔見せに来たのかと思えば、またこれかい」


 彼女の名はリスティナ、この国随一の医師である彼女はというと目の前に座る黒髪黒目少年をきつく睨んでいた。

 

「あはは、すみません」

「笑い事じゃないよ」


 少年、アレスの何も気取らせないような態度に苛立ちを覚えていた。

 アレスの後ろにはアメジスト色の瞳を不安げにさせているカレンもいた。

 

「リスティ先生、アレス君の容体は」


 カレンの不安げな質問にリスティナはため息一つ、この二人の関係性は変わらんのかと過去を思い出し憂いた。

 だが、質問には答える。カルテを手に取り、鮮明に記憶しているのに見る必要のない診断内容を見た。

 

「三年前に比べたらひどくはないね。安心しな」

「そうですか。よかったぁ」


 アレス以上に安心しホッと胸をなでおろすカレンを見てリスティナはさらにアレスへの眼光を鋭くさせる。

 

「これから精密検査だ。カレンには悪いけど席を外しておくれ、部屋はいつもの部屋だ」

「分かりました。アレス君、ちゃんとリスティ先生の言う事を聞くんだよ」


 まるで幼い子供に言い聞かせるようにする関係性も変わっていない。

 

「分かってますよ」

「うん、それじゃあアレス君の事よろしくお願いします」

「ああ」


 カレンはニッコリと微笑み、アレスに手を振ると待合室ではなく“特別に用意された部屋”へと向かった。

 カレンがいなくなったことを確認するとリスティナは机に肘をつきその鋭い眼光を漆黒の瞳へと向けた。

 

「また使ったね」


 アレスはどこか虚ろに何も言わず微笑んでいる。

 

「私は忠告したはずなんだけどね。使徒の力を使うと戻ってこられなくなるって、あんたこのまま使徒の力を使い続ければ“人間”でいられなくなるよ」

「それくらい自分がよく分かっていますよ」

「なら、どうして使った」


 リスティナの瞳には怒りが宿っていた。

 静かな凪のような瞳をした少年は何を思うことなく空虚に答える。

 

「必要だったから」

「それならわざわざ使徒の力じゃなくても、慣れ親しんだ“彼女”に頼めばよかったんじゃないか」


 その言葉に虚無だった少年の表情に僅かな曇りが見えようになる。

 

「彼女とはあれ以来一言も話してないです。向こうも話しかけてきませんし、いきなり呼び掛けても戸惑うだけでしょ」


 そのどこか達観した言葉につくづくリスティナは呆れてしまう。本当に面倒くさい性格をしている、“親子そろって”と、思っていても決して口には出さない。出してはならない。

 だから、単純に答える。

 

「案外そうでもないと思うけどねぇ、あれはあんたのこと好いてるだろ。呼びかければすぐにでも出てくると私は思うけどね」

「そうかもしれませんね」


 そう言って儚く苦笑して見せる姿は年相応の少年の姿には思えない。

 これ以上の深堀は彼の傷を抉る行為だと、話を切る。

 

「はぁ、この話は止めだ。変わったところを教えな」

「変わったところですか……食事をしなくてもお腹が空かなくなりました」

「もうその段階にいっているのかい。となると、魔力を感じられなくなってる。違うかい?」

「はい。だけど、どうしてそれを」

「昔、似たような症状の使徒を診たことがあるんだよ。ま、この話はどうでもいいさ」


 昔を思い出し少し懐かしむが、今はアレスが優先だと切り替える。

 

「状態を詳しく言ってみな」

「魔力を感じられなくなってからは魔法が使えなくなりました。ただ、何か別な力、こう、内側から湧き上がる別な、明らかに異常な力を感じるんです」

「その力の扱い方は分かったのかい」

「いえ、魔力と似ていることくらいしか」


 魔力と似た力、その正体はアレスでも理解できなかった。神からの言葉がない以上、何を調べていいのかも分からない。

 

「なるほどね。他に変わったところは」

「変わったところはこれくらいですね」


 リスティナはアレスの話からカルテに書き加えていく。そして最後に『現状は問題なし』と記述するとカルテをファイルの中へと戻した。

 

「診察はこれで終わりだ」

「ありがとうございました」

「ちょいと待ちな」


 アレスが一礼して帰ろうとすると呼び止められる。

 

「一つだけ、あんまりカレンを心配させるんじゃないよ。ただでさえ、あんたが情報を故意に遮断させているせいでカレンはあんたの現状を知らないんだから。あの子の心が強くないことくらいよく分かっているだろ」

「知っていますよ。だから僕は教えないようにしているんです。教えてしまえば、負担になりますから」


 余計な心労を与えたくはないとアレスは言うが、その態度こそカレンを心配させる要因となっていることをアレスは分かっていない。

 やはり面倒な性格をしているなと、ため息を吐くもアドバイスはしない。これはアレス自身が気付かなければならない事だから

 

「辛気臭い顔する奴は早く帰りな」

「そうですね。では失礼します」


 何も言い返すことなく立ち去るアレスを見送った後、次の患者を入れずにリスティナは再びファイルからアレスのカルテを取り出した。

 

「難儀なものだね」


 そう言ってカルテに新たに記述する。

 

『神に近づきつつあるも、未だ人間のまま、あと数回使徒化すれば二度と人間に戻ることができなくなるだろう』


 そう書き記したが、すぐに何かを思い黒で塗りつぶした。

 その下に別に書き記す。

 

『宵闇との話し合いが必須、今後は使徒化せずに彼女に頼るべき』


 リスティナはアレスの傍らにいつもいた、やかましい少女を思い出す。

 彼女とアレスが再び良好な関係が築ければ、アレスが人間を本格的にやめることも無くなる。

 

「私も随分と丸くなったね」


 ふっと自嘲して、リスティナはそのカルテをファイルへと戻すと部屋にある鍵付きの棚の中へと戻した。


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