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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第二章 英雄と英雄
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『血塗れ』

 第二章の始まりです。

 ガイアス帝国帝都ディーネにて

 とある屋敷の一室、そこには一人の少女がソファに座り綺麗な所作で読書をしていた。

 少女はソファの背に美しい銀色の長髪を垂れかけており、本来ならぱっちりとしたサファイアの如き深い蒼の瞳が今は読書に集中しているせいか僅かに鋭くなっている。しかし、どこか冷めた印象を持つその少女は可愛らしい人形のような少女だった。

 静かな屋敷、少女以外誰もいない不思議な屋敷

 それもそのはず、この屋敷は、手入れはしているものの長年買い手がつかない、いわくつきの屋敷

 つまりここは売り物件と言うわけだ。

 少女はこの屋敷の住人ではない。


「遅い」


 少女は少しいら立ちながら呟いた。

 そんな少女の傍らに半透明の人型の何かが現れる。幽霊のようにも見えるそれだが、幽霊ではない。


「■■■」

「……分かった」


 何かに諭された少女は落ち着きを取り戻し、再び読書を始めた。

 そんな少女しかいない屋敷に足音が響いた。忙しない足音、相当慌てているらしいそれは少女が待っていた者だった。


「姫様!」


 勢いよくドアが開かれ姿を見せたのは外套を纏った暗殺者のような風貌の男だった。

 男は少女の前まで来るとすぐさま跪いた。


「どうだった」

「は、ランドルフ様は魔粉を使用し魔人へと堕ちました。他の仲間も打倒絶望の使徒のために魔人に身を墜としました。私は報告のために魔粉の使用が許されず、こうしておめおめと生きて戻ってきてしまいました」


 暗殺者の男は仲間とともに命を張ることができず、歯噛みしていた。


「そう」


 少女はたった一言、労うわけでもなく予想していたように頷いた。

 絶望の使徒は数万にも及ぶ軍勢をたった一人で無慈悲に殲滅した正真正銘の化け物、あれを倒すには加護を与えられただけの人間では足りない。魔人に身を堕とさなければ勝ち筋すら見ることが許されない。

 実際に絶望の使徒をその目で見たことのない少女はそう認識していた。


「光神の使徒は死んだ?」


 少女は傍らにいる半透明の何かに話しかけた。

 何かはしばらく何かを探ると首を横に振った。


「そう」


 少女は一切驚くことなく、その事実を受け止めた。

 男には少女が一人で話しているようにしか見えていない。


「ランドルフたちは死んだ」

「っ⁉そうですか……」

「使徒は生きている」

「なっ⁉」


 少女から告げられた事実に男は驚愕し。すぐさま悔しそうに拳を握りしめた。決死の覚悟で使徒を殺そうとしたのにもかかわらず、まだ使徒は生きていた。これではランドルフたちが無駄死になってしまう。

 そんな男の気持ちとは裏腹に現実は残酷、魔人が通用しないとなると絶望の使徒に対抗できる策はもうなかった。

 いわばこの件は、個人的な仇討ちであり国家として動くわけではない。そのため騎士団を動かすことも、交渉により使徒の処刑を要求することもできない。


「く、私はこれからどうすれば」


 男が悲嘆に暮れていると扉が叩かれた。

 男はすぐさま持っていたナイフを構え、扉の方向を睨みつけた。


「しまって、来たのは私が呼んだ客」

「失礼しました」


 男はナイフをしまい、跪きなおした。


「姫様、入ってもよろしいですか」

「いいよ」

「失礼します」


 扉が開かれ、現れたのは初老の男、白髪交じりの髪を後ろで縛り腰には一振りの剣を携えている。右頬には古傷と思われる跡がついていた。その佇まいは堂々としており、老人とは思えない風格を持っていた。

 現れた初老の男を暗殺者の男は見覚えがあった。

 

「姫様、『血濡れ』ヴェイグ・アーケインただいま参上いたしました」


 現れた男は元帝国騎士団団長であり、北方戦争の際、王国軍の兵たちを最も多く殺し、戦場を王国軍兵の血で飾ったことで『血濡れ』と呼ばれた帝国の英雄だ。

 ヴェイグは北方戦争が終る前に老いによって騎士を引退した身であり、帝国ではその武勇伝が伝説として語られるほどに有名な騎士だ。

 

「どうして英雄がここに」

「私が呼んだ」


 暗殺者の男の疑問に少女は端的に答えた。

 

「このヴェイグ、姫様の頼みとなれば再び王国軍を血で染め上げてやりましょう」

「そういうのはどうでもいい」


 老騎士が意気揚々と宣言するも少女にバッサリと切られた。

 

「目的、忘れてないよね」

「忘れるわけがございません。帝国軍を壊滅に追いやった王国の英雄『絶望の使徒』の討伐、いやはや、姫様も無茶な命令をしてくださる」


 現代の英雄『絶望の使徒』、その暴挙はあの死戦場を離れていたヴェイグの耳にも届いている。

 あの死戦場を離れて数年、本気の殺し合いの感覚を取り戻すまでに現代の英雄に対してどれだけ対抗できるか、定かではなかった。そんな相手に対し、無慈悲で残虐な絶望の使徒が待ってくれるわけがないと、過去の英雄であるヴェイグは予想していた。

 それゆえの言葉だったのだが、少女は口を開く。

 

「やらないの」


 その優しげな口調と違って冷ややかな言葉には有無を言わせぬ不思議な圧が宿っていた。

 暗殺者の男は思わず身を竦め、英雄の老騎士も武者震いを起こした。

 

「いえ、やらせていただきます。この幾人もの血を浴びて来た剣に誓って、絶望の使徒討伐の任果たして見せましょう」


 ヴェイグは長年の愛剣を胸の前に掲げ、誓いをたてる。

 

「そう」


 その誓いを聞いて満足したのか、少女から圧は消えていた。

 

「一つだけよろしいでしょうか」

「何?」

「王国に行くにあたって、このままでは隠密行動どころではなく、王国で大騒動になってしまいます。いかにして姿を隠せばよろしいでしょうか」


 ヴェイグは長年王国軍と戦ったことでその顔は見る人が見れば一瞬でヴェイグと分かってしまう。それほどまでに王国ではヴェイグの悪名は轟いていた。

 

「……あなたに任せる」


 少女は暗殺者の男に視線を向けて丸投げした。

 丸投げされた本人は一瞬ポカンとした間抜けな表情を浮かべるも、すぐさまその表情は驚愕に変わる。

 

「私ですか⁉」

「うん、暗殺者だから変装は得意だよ、ね?」


 自分から言ったのはいいものの、暗殺者の男をあまり知らない少女は何となくの常識で答えた。

 

「それなりにはできるかと」

「なら、お願い」

「は」


 予想通り変装ができると知り内心ほっとしているのをヴェイグは見逃さない。しかし、今は見て見ぬふりをした。

 

「もう下がっていいよ」

「では、失礼します」


 暗殺者の男が去り、部屋には少女とヴェイグだけとなった。

 

「姫様、ポーカーフェイスというものを覚えた方がいいですよ。先ほどの男に変装させるよう命じた時、暗殺者に対する偏見で判断しましたね」

「む、小言なら聞きたくない」


 少女は耳を手で覆い、声を連続して出し、これ以上の小言が聞こえないようにしはじめた。

 その少女の態度は年相応、いや少し幼い。異様な圧を放ったとは思えないほどに純粋無垢だった。

 

「もう少し、自分の御立場を理解した方がよろしいかと」

「さっきはちゃんとしてた」

「私も臣下ですが?」

「ヴェイグはヴェイグだから」

「答えになっていません」


 ヴェイグは浅く溜息を吐くと、昔から知る穏やかな少女と違った冷ややかな少女へと目を向ける。

 

「どうして今になって、絶望の使徒にこだわるのですか」


 あの地獄のような戦争が終わり、約三年、すでに和解も進み、相手側の国の英雄の処刑を求める声もない。それはお互い様であり、国としても戦力を失うのは手痛いため、英雄に手を出すことはなかった。

 だが、この少女は絶望の使徒を本気で殺そうとしている。同じ英雄をぶつけてまで

 

「なんでそんなこと聞くの」


 一瞬部屋中の温度が下がったのかと思うほどに冷ややかな声、少女の触れてはならない部分に触れてしまったと、理解したヴェイグは大きく目を見開き、すぐさま跪いた。

 

「申し訳ありません」

「いいよ……答えてあげる」


 その口調とは正反対に未だ不思議な圧を放ち冷ややかな声を響かせていた。

 

「嫌いなの……お兄様に傷を負わせた使途が……あの癒えない傷のせいでお兄様は部屋に閉じこもった……だから……お兄様を安心させるために殺すの」


 それは憎悪に最も近い感情だった。

 ヴェイグが畏怖に震えるほどの覚悟、絶対に殺してやるという決意が宿っていた。

 

「分かった?」

「はい……」


 今の少女はやはりかつての少女とは違った。ヴェイグはただその事実を噛み締めるだけで精一杯だった。


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