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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第一章 絶望の使徒
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絶望の使徒は心を求む

 ダンジョンの入り口の天井が崩落して約二時間が経過した。

 その間に騎士団による崩落した瓦礫の撤去作業が行われ、ようやく入り口が解放された。続々と中で待機させられていた生徒達と騎士団の騎士たちが出てくる。

 今回の試験で死者は幸いにもゼロだった。ザインと共にダンジョンに入った者たちはギリギリの状態で近くにいた騎士に発見され一命をとりとめた。


 時刻はすでに午後六時を過ぎていた。試験終了予定時刻よりも大幅に遅れ、点呼を取ると生徒たちはすぐに王都へと帰された。その生徒たちの中にはアレスの姿はない。

 そのことをアリアたちが心配に思うが、アレスは未知の魔物との戦闘で重傷を負い治療を受けていると担任であるカムから聞かされた。ならば見舞いにと進言するがアリアとダバンは貴族、リーゼロッテにいたっては王族だ。そんな彼らを各家々へ一報も知らせず、ここに残すことはできないという理由で却下された。


 それからさらに一時間後、場所は移り騎士団の仮拠点が置かれた一番大きなテント、その前には腕組みをして立つドランと副団長として隣に立つカムがいた。

 

「アレスはまだ出てこないのか」

「一応伝言は残していたみたいですけど、流石にこうまで出てこないと心配ですね」


 二人はアレスから伝言を頼まれた騎士によって僅かな情報を得ていた。



 『未知の魔物と交戦、討伐に成功』



 たったそれだけ、アレス本人はどこに行ったのかと伝言を頼まれた騎士に聞くとまだ何かあるらしくダンジョンの奥へと行ってしまったらしい。

 アレスと同じ班であるアリアたちにはカムが考えた筋書きを伝え渋々ながら納得してもらった。

 二人には一切アレスの考えが分からなかった。

 

「リーゼロッテ殿下の言う通りなら、その未知の魔物は魔人のはずですが、アレスはどうして魔物と伝えたのでしょう」


 騎士へと伝えられた言葉だけでは不明瞭な点が多い。第一に、わざわざ魔人を未知の魔物と呼称する理由がない。

 

「俺に聞かれても分かるわけないだろ」

「それもそうですね」


 これ以上の情報はアレスの到着を待つしかない。

 空気が冷え、辺りが暗くなるのと同時に星々が輝きだす。

 それでもまだアレスは出てこない。痺れを切らしたドランが動き出そうとした時、カムの目にそれは映った。

 

「ドラン」

「なん、だ……」


 二人は同時に言葉を失う。


 ダンジョンの入り口、そこから歩いてくるのはボロボロとなった血塗れの制服を着る無傷の少年、そんな歪な姿を畏怖してか、騎士たちが自然と道を譲り、誰も近寄ろうとしない。

 少年の視界にドランとカムが入る。

 二人は息を詰まらせた。


 少年の瞳には何も映っていない。どこまでも深い何もない虚無。それはかつて、少年があの死戦場の最終幕で見せた虚無の瞳だった。

 

「今戻りました」


 アレスは事も無げに無事を伝えた。

 

「お前……」


 ドランにはその先の言葉が見つからなかった。自分はこの少年に何と言ったのだ。今回の件は騎士団に任せて試験に集中しろ、手紙でそう伝えたはずなのにこの様はなんだと、自分の不甲斐なさを悔い、拳を握り締める。

 

「……とりあえず、テントの中に入りましょう」


 カムは悔しさに暮れるドランの代わりにアレスをテントの中へと誘った。

 

「そうですね」

「っ」


 その抑揚のない返しにカムの心が締め付けられる。だが、それでも副団長として状況確認の方が最優先であるため、心を無にしてアレスの後にテントの中へと入った。

 テントの中には簡易的に用意された机とイスが少数置かれていた。

 アレスたちはそのうちの一角へと座った。

 

「何があったのですか」

「騎士の人に伝えた通りです。さっきまでダンジョンにいたのは取りこぼしがいたのでそれを狩っていました」


 平然とありえなくない嘘を伝えた。

 それは敵である彼らの名誉を守るため、仲間のために死んでいった騎士たちの覚悟を踏みにじらないための判断だった。それが記憶による行動か、感情による行動かは分からない。それでもアレスは嘘を吐く。


 心を鬼にした副団長はセイの言っていることの穴をいくつか見つけだし虚無を浮かべる少年を鋭く睨んだ。


「本当にそうだったんですね」

「はい」


 カムの睨みに臆することなくアレスは即行で返した。

 ランドルフの持っていた騎士剣はアレスが戦いの後ダンジョンの奥深くへと僅かな遺灰と共に埋葬した。そのためダンジョン入り口にある安全地帯を調べても何も出てこない。確たる証拠がない以上セイの言葉が真実となる。


「分かりました。報告書にはそうまとめておきます」


 もうこれ以上は聞きだせない。そう判断したカムは情報収集を断念、そして歪なアレスの姿を見て不安を覚えた。

 そんな時だ。テントの入り口が大きく舞う。

 

「アレス君!」


 その声はアレスにとって聞きなじみのある声、まさかと大きく目を見開き後ろを振り向いた。

 そこにいたのは急いでいたせいか息を切らせ膝に手を置くアメジスト色の瞳を持つ女性、カレンがいた。

 

「カレンさん?」


 本来ならここに居るはずのない女性にアレスは再度驚く。

 カレンはその本物の宝石のようなアメジスト色の瞳を潤ませた。

 

「よかったよぉ」


 服はボロボロだが、無傷のアレスを見て今までの不安を晴らすように盛大に安堵しアレスの生命を確かめるように力強く抱きしめた。

 カレンは座るアレスの肩に顔を埋め、涙を流した。

 ドランたちは空気を読みこの場から静かに立ち去った。


 テントの中には二人だけ、静寂の中カレンのすすり泣く声の身がアレスの耳に届いていた。

 

「どうしてここに」

「カムさんにアレス君がダンジョンから戻ってこないって聞いて、心配で飛び出してきたんだよ」

「そうだったんですね」


 気の利いた言葉一つなくアレスは事実を確認しただけだった。

 そうしてしばらくの間、静寂が場を支配する。

 

「カレンさん」


 小さく呟かれた言葉にカレンは逆にアレスを心配させまいと顔を上げ、微笑み応えた。

 

「何?」

「俺は、あの時から何も変わらない、ただの化け物でした」


 事実を淡々と述べるアレスにカレンは息をのんだ。

 

「また、人を殺しました。この手を血で染めました。それでも、何も感じない。どれだけ殺しても、どれだけ想いを踏みにじっても、俺は罪の意識一つ感じることなく剣を振るい続けました。やっぱり俺はただの化け物、絶望の使徒なんでしょうか?」


 絶望の使徒、それは帝国で呼ばれる英雄の蔑称


 戦場へ無慈悲な絶望をもたらす最悪の使徒、恐怖の代名詞にもなるその名をアレスは自分を皮肉るように使った。

 その瞳はどこまでも虚無に落ち、感情を感じさせない。


 カレンはその問いに答えることなくアレスを力強く精一杯抱きしめた。

 

「カレンさん?」

「ごめんね…」

「……」


 アレスには何故カレンが謝るのか理解できなかった。カレンが、アレスがこんな風になってしまったのは自分のせいだと責任を感じていることに気づかない。

 一人の女性の謝罪のみがアレスの耳に入ってくる。

 だが、アレスは何をすればいいのか分からなかった。


 こんな時に感情があれば、もし自分が正常だったのなら、そんなもしもを考える。


 アレスは願った。心が欲しいと


 絶望の使徒は心を求む


 しかし、それは叶わない。


 アレスはすでに僅かながら感情を取り戻している。だが、それを歪んでしまった心は認めようとしない。故に彼の願いが叶うことはない。


 アレスは泣きながら謝罪を続けるカレンを見ることなく天を見上げた。空は見えない。だがきっとあの死戦場で見た、澄み渡った空と同じなのだろうと


 少年は虚無に向かって消え入る声で囁いた。



「やっぱり……俺には分からない……」


 これにて第一章は終了です。次回から第二小に入っていきたいと思います。

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