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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第一章 絶望の使徒
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魔人

 場所は戻りダンジョンの安全地帯、アレスは今回の出来事を起こした犯人へと剣を向けた。

 安全地帯の奥にある真ん中の暗い通路からカツ、カツ、カツと規則的な足音が反響する。

 

「流石、使徒とだけ言っておこう」


 通路から姿を現したのは皴の入った色白の肌に薄い色素の金色の髪を短く切り揃えた男、顎に無精ひげを生やし、その翡翠色の瞳からは何らかの覚悟を感じさせるほどに鋭い。その容貌から年齢は四十過ぎ、しかし屈強な肉体は若々しく、服が張り裂けんばかりに膨れ上がっていた。


 男は五体の化け物を後ろに従えている。

 アレスは男から視線を外すことなく、周囲で動きを止めている七体の化け物にも気を配った。

 

「本来ならここで目的とかを聞くんだろうけど」

「我らの目的はただ一つ、この場で命を賭しても化け物を排除することだ」

「だよね」


 アレスはやはりと苦笑した。

 これで王都に戻ってから受けた襲撃は二度、そして口には出さないがどちらも同じ相手からだった。

 

「それにしても、魔粉を使って人の身を辞めてまで僕を狙う意味はあるの」


 嫌な記憶の一部を引き出し問う。


 魔粉とは魔物が落とす魔石を粉末状にしたものだ。魔粉には微細な粒子の一粒、一粒に魔物の魔力が込められている。本来の用途は魔道具の材料として使われることなのだが、あろうことか、あの死戦場において信じられない使い方をするものが現れた。


 それが魔粉の体内接種だ。

 魔物の魔力を秘める魔粉を人の身で取り込めばどうなるか。簡単だ。魔物の力に引っ張られ変貌する。そうして出来上がったのが人でありながら魔物へと堕ちた人間、通称『魔人』と呼ばれる者たちだった。


 魔人は摂取した魔粉が持っていた性質に引っ張られ姿は様々、しかしながら人の身で摂取できる魔粉の種類は限られており、ほとんどの者が獣や昆虫といった特徴を持った魔人へと変貌する。

 だが、それでも人の身では魔物の力に耐えきることができず魔人と化した者は例外なく摂取後最長一週間で命を落とす。そのあまりの非人道性に帝国と王国との間で停戦条約が結ばれた際に使用が禁じられた代物だ。

 

「これは我々にとって最善の選択だ。お前を葬り去ることができるのなら喜んで人の身を捨てよう」


 アレスは小さく歯噛みする。

 目の前にいる化け物たちは予想通り魔人、つまり全員が元人間だった。

 

「それが帝国の総意と受け取っても?」


 男が大きく目を剥く。

 

「っ⁉……これは我々が下した決断だ。祖国は関係ない」


 あっさりと自分たちが帝国人だと認める。そしてあくまで、今回の件は自分たちの独断だと言い張った。

 

「独断で魔粉が使用できるとでも」

「ああ」


 アレスの詰問に一切揺らぐことなく真直ぐ応える。

 

「魔粉など、そこら辺に売っている。入手は簡単だ」


 そう、そこが魔粉の一番たちの悪いところ。魔物を倒せば手に入る魔石を粉砕するだけで手に入れることができる。そのため入手は極めて簡単、そのあげく大量生産も可能というわけだ。

 人を犠牲にするだけで大きな力を秘めた軍勢を手に入れられる。命の価値が限りなく低いあの死戦場にぴったりの代物と言うわけだ。

 アレスは無言で剣を構える。

 

「この戦力差を見ても戦意を失わぬか、流石は北方戦争を終結させた絶望の使徒」


 その言葉に秘められていたのは称賛ではなく、三万にも及ぶ軍勢をたった一人で倒した化け物に対する皮肉だった。

 だが、アレスは顔色一つ変えない。ただじっと分析するように男たちを眺めていた。

 

「やれ」


 これ以上の会話はないと判断した男は魔人へと変わり果てた部下へと指示を出す。

 すると今まで石像のように動かなかった魔人たちが命を与えられたように躍動した。手前にいた二体の魔人がアレスをぎょろりと睨む。


 魔人がアレス目掛け襲い掛かった。

 一体はその凶暴な鈎爪を、もう一体は器用に鈎爪をさけ拳を作りそれを放った。二体からの同時攻撃

 後方は瓦礫が積み上げられ下がることはできない。必然的に前に出なくてはならなかった。アレスは少し身をかがめ、疾走、二体の間を縫うように通り抜けると同時に鈎爪を振るった魔人の腹を切りつけた。鮮血が散る。

 手に残る気持ち悪い感触を振り払おうと手を振り、前を見ると足を止めた。

 周囲には残りの魔人、アレスが飛び込んだのは魔人の包囲の中、まさに袋のネズミ


 まずい


 あらゆる可能性がアレスの脳裏に高速で浮かび、最善手を打つ。


 魔人が攻撃しようと体をゆらりと揺らした直後、アレスは真直ぐ飛び出した。一点突破、それがアレスの導き出した最善手だった。

 目の前には傷一つない魔人が一人、アレスは軽やかに剣を振るう。しかし、鈎爪で防がれ火花が散る。

 

「く」


 表情を歪め、突破口を見つけようと模索する。だが、そんな刹那の思考すら許さない魔人の爪が弧を描き振り下ろされた。

 咄嗟に剣を前に出そうとするが、もう遅い。魔人の爪がアレスの左肩を抉った。

 

「っぁ」


 苦悶の声を漏らしながらも魔人を追い払うべく剣を振るう。

 アレスに一撃いれたことで余裕ができたのか魔人は後退し躱す。

 抉れた箇所が熱を帯び、どくどくと血が流れていることを感じる。かろうじて肉が断たれただけで骨は繋がったまま腕が取れたわけではなかった。だが、肉が断たれた状態では力が入らず血を垂らしながら左腕をだらりと下げていた。


 そんな時だ。不意に自分の姿に影が重なった。

 振り向かずとも分かる。魔人が跳びかかってきたのだ。このままでは攻撃されて終わる。

 

「アァァァ!!!」


 アレスは吠えた。

 血が噴き出すのも気にせず、全身の筋肉という筋肉に熱を帯びさせる。視界が霞むも、心臓が強く脈打ち、この危機を脱しようと本能が叫んだ。

 結果、アレスは振り向きざまに高速で剣を一閃した。

 肉、そして奥にある硬い骨をも断ち切る感触が、命を切る感触がアレスの全神経に伝わった。やがて視界が晴れる。そして全身が粟立つのを感じた。


 目の前にあったのは広がる血だまり、それは自分の血ではない。確かに血は流れているが目の前の血だまりとは別にポツリポツリと純白の床に染みを作っている。


 血の匂いが鼻から舌に絡みつき離れようとしない。


 トラウマがフラッシュバックする。


 決して忘れることのない記憶、アレスが初めて人殺しとなった時の記憶。

 あの時も今と同じような正当防衛によるもの。だからだろう。当時と状況が似たこともあり記憶が鮮明に呼び起こされる。


「ぁぁ……」


 脳が事実を拒絶する。

 自分ではないと良心が叫びをあげる。

 それでも事実は変わらない。アレスはゆっくりと視線を上げた。目の前に転がっていたのは上半身と下半身で分かれた魔人の姿、切断面から血が流れるが先ほど倒した魔人とは異なり徐々に灰となっていたのが救いだろう。

 それでもなお殺したという事実はアレスに付きまとう。


 不意に吐き気がこみ上げてきた。


「う」


 カラン、という音をたて剣を落とすと怪我をしていることも忘れ口を覆い隠した。

 胃の中の物が逆流しかけるも何とか堪える。


「何をしている?」


 男が隠し切れない嫌悪を露にアレスへと問う。しかし、返答はない。それに苛立ちを覚え額に青筋を浮かべ叫ぶ。


「何をしていると聞いている!」


 それは正しく怒り

 味方を殺されたことに対する怒りでもあったが、それ以上に人を殺したことに罪悪感を抱くその偽善に怒っていた。


「お前はあの戦場で我らの同胞を大量に殺した。にもかかわらず、何故泣く!何故事実を拒む!お前はまた我らの同胞を殺した!その事実は変わらない!」


 一言一句に怒りが孕み、アレスを現実へと引き戻していく。


「お前はその剣で!その手で!我らの同胞を殺したのだ!」


 再度、叫ばれた事実にアレスは自分の心が耐えきれなくなったのを感じた。

 吐き気、眩暈、果てには聴覚にすらノイズが走り、現実と空想を交互に行き来する。


 そしてポロポロと何かが剥されていく音のみ鮮明に脳に直接響くのを感じた。


 がっくりと膝をつき、焦点の合わない瞳が大きく揺れる。流れ落ちる血がべったりと真新しかった制服に染みを作りアレスの体を、心を、徐々に蝕んでいった。


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