神は時として残酷
リーゼロッテ達は地上へとつながる階段を駆け上がっていた。
後ろ髪を引かれる思いがあったが、それでもリーゼロッテは力強く駆け上っていく。今も一人でアレスは戦っている。そう思い、早く助けねばという一心で足を動かしていた。
「見えてきたわ」
視線の先には曇っているせいか地上の薄明かり、気が緩まりそうになったがキッと表情を引き締め心も引き締める。
最後の一段を駆け上がると地上へと出た。
ダンジョンの入り口となっていた建物の周りにはすでに試験を終えた生徒が幾人かおり休息を取っていた。
「一体何があった⁉」
リーゼロッテ達がダンジョンから出てくると近くにいた一組の担当教師が騎士に背負われているザインを見て驚きの声を上げた。事情説明が必要だ。
しかし、リーゼロッテはそんなこと気にも留めず必死でドランの姿を探した。数秒あたりを見渡すと奥のテントの前で騎士団の騎士と何やら話しているドランの姿を見つけた。王女としての威厳はどこへ行ったのやら、慌てた様子で少女は一人駆けだした。
そんな王女を注意できるものはこの場にはおらず教師は騎士から事情を聞く。
「リーゼ!」
親友の少女が止めようと叫ぶが今のリーゼロッテには届かない。
リーゼロッテの気配を感じ取ったドランは話を一時中断し、王女へと視線を向けた。
「リーゼロッテ殿下、そんなに慌ててどうされたのですか」
リーゼロッテはドランの質問に答えず、がっしりとしがみつくように騎士の屈強な両腕を掴んだ。その手は微かに震え、それだけで歴戦の猛者たる騎士団長は何かあったのだと悟る。
「アレスを、アレスを助けてください」
黄金の瞳を濡らし、今にも泣きだしそうな少女から懇願された願いにドランは大きく目を見張った。
アレスを助けて、その言葉を聞いてドランの中で何かが沸き上がった。王国最強の騎士は感情の赴くままに大地を強く踏み込もうとする。
しかし、ドランの肩にひどく冷えた手が置かれた。
「ドラン、熱くならないでください」
落ち着かせるような優しい声音で呟いたのは、放任教師を演じていたカムだった。
そんな副団長の声にドランは溢れ出る怒りを呑み込んだ。
カムはそれを見るとドランへとしがみつく王女の手を優しく離した。そして少し屈むと落ち着いた瞳で王女と目線を合わせた。
「リーゼロッテ様、何があったか詳しくお話しください。我々も情報が無くては動くことはできません」
流石ドランの参謀と呼ばれるだけのことはある。何が起きたか悟りながらも冷静だ。
カムに諭され、落ち着きを取り戻したリーゼロッテはゆっくりと口を開いた。
「アレスが、私たちを逃がすために囮となってダンジョンに閉じ込められました」
ドランは小さく歯噛みするも冷静な副団長に一瞥され気持ちを落ち着かせる。
「逃がすためということは逃げなければならないほどの存在がいたはずです。それは魔物でしたか」
「分かりません。あれは安全地帯にも侵入してきました。だけど、アレスはあの化け物を魔物であって魔物ではないとだけ」
今度はカムが大きく目を見開く番だった。
「まさか、奴らは魔粉を使ったのですか⁉」
カムはアレスがそう呼称する存在を知っている。
そして沸々と沸き上がる自分自身に対する怒りに拳を握り締めた。
またしてもあの幼き少年に重い十字架を背負わせねばならないのか、と
「これで決まりだな。カム、部隊長の奴らに告げ。これから侵略者どもの排除を行う。武器を取って一分で集合しろ。ダンジョンに突撃する」
それは王国騎士団団長が下す最大限の命令だった。本来なら部隊長のみの招集による任務実行は、王国の危機でなければありえない。それをこうもあっさり告げたのだ。カムは怒りを抑え反論する。
「気持ちは分かりますが、その命令は無視できません。これは国家存亡の危機ではないのですよ」
しかし、ドランに引き下がる様子はない。
「同じことだろう。奴らは、よりにもよってこの国で魔粉を使った。それを侵略行為と考えて何が悪い」
「悪いですよ。頭を冷やしてください。まだ魔粉を使った確証はないのです。それなのにここで大々的に騎士団を動かしたら国際問題に発展します。アレスが多大な犠牲を払ってもたらした平和を無駄にするのですか」
騎士団の団長、副団長の口論が始まり、僅かに周囲からの注目が集まりだした。しかし、二人はそれに気づかない。
「なら聞くが、アレスが魔物であって魔物ではないと呼称する奴が他にいるのかよ」
そこを突かれるとカムは押し黙るしかなかった。自分も考えていた可能性であり否定材料の方が少ない。副団長としてそのことは認めざるをえなかった。だが、カムは引き下がらない。
「それはそうですが、その命令は違います。僕だって、今すぐアレスを助けに行きたいですよ。しかし、それでも、その命令は断じて違うと言い切れます」
カムの真摯な眼差しがドランのわずかに残っていた冷静な思考に訴えかける。そしてその冷静な思考が静かに命令を下す。
「……さっきの発言は撤回だ。ダンジョンに突撃するのは俺だけだ。カムはここに残って指揮を取れ。後、カレンの嬢ちゃんに連絡しろ」
カムはそれに頷くと自分の得物を取りに行く戦友の後姿を眺めた。そして自分のやるべき仕事へと戻る。
「リーゼロッテ殿下、ご安心を。アレスは我々が必ず助け出します。もう二度とあのようなことには致しません」
カムの脳裏に思い浮かぶのはあの長きに渡って続いた死戦場で見た最後の光景、少年が天を見上げ虚無に手探りする姿
ギリッと奥歯を噛みしめる。あのような出来事、もう二度と起こしてなるものかと心を奮い立たせた。やはり自分も行くべきか悩んでいると戦友が戻ってきた。
ドランは背中に大振りの大剣を担いでいた。すでに戦闘準備ができておりいつでもダンジョンに乗り込むことができる。
「ドラン、やはり僕も行きます」
「カム、お前こそ頭を冷やせ。お前の今の任務はなんだ?」
「っ、殿下の護衛です」
そう、現在のカムは、表向きは王国騎士団副団長だが今は一介の教師にすぎない。そんな教師が王国騎士団の団長と共にダンジョンに入ったのならどうなるか。周囲の人間は皆カムの正体を疑うだろう。そうなれば任務の続行は不可能になってしまう。
「分かったなら言うこと聞いておけ、後の事は俺に任せろ」
ドランはそう言ってカムの肩を軽く叩くとダンジョンへと歩きだした。
そんな時だ。空が僅かに輝いた。ほんの一瞬、しかし、誰もが気付くほどに神々しい光だった。空は分厚い暗雲で覆われ隙間一つない。太陽の光が漏れたわけではない。
「……はぁ、神は残酷だ」
そう静かに呟き、不意に足を止めたドランにカムは首をかしげる。
「何をしているのですか。はやく」
「もう必要ねぇよ」
カムの言葉を遮り、ドランは苛立ちながら後頭部を強く掻いた。
「必要ないって、どういうことですか」
「あいつは一人で何とかする。俺の出る幕じゃないってことだよ」
両手を上げ、止めだ、止めだと踵を返し大剣をテントの中に戻しに行く。
「出る幕じゃないって」
「そうだ」
ドランの真剣な眼差しがカムの怒りを静止させた。その瞳に熱は帯びず、唯々真実を告げるべく言葉を紡いだ。
「神は気まぐれだ」
それはその身をもって知ったこと
「誰を使途にするか、こっちの意志関係なく勝手に決めやがる」
それはかつて少年の身に降り注いだ悲劇の要因の一つとなった奇跡のような出来事
「優しさでそいつを守ろうとしても、それがそいつを傷つけていることに気づかない。気づいても、もう手遅れ。ただその事実を悔い、受け入れるしかない」
それはあのいくつもの悲劇が繰り広げられた死戦場で起きた最大の悲劇
ドランは暗雲を見上げた。ポツリポツリと雫が落ちてきた。これは本降りになりそうだ。
「使徒の下には奇跡が舞い降りる。それがどんな悲劇を巻き起こすか知らずにな」
皮肉るように呟かれた言葉にリーゼロッテは止めどない不安を覚える。そして小さく神へと祈るのだった。
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