一人の戦い
「来たか。振り向かずにそのまま走って」
アレスは指示を飛ばし、後ろから迫りくる敵たちを一瞥した。
後方にいたのは自分たちと同じように走る、先ほど倒した人型の存在と同じ存在。それが複数体迫ってきていた。その数は二桁にはいかないが五体以上は薄明りの中でも肉眼で捉えることができた。
「リーゼ、後方に風を吹かせることはできるかい」
「分かりました」
リーゼロッテは走りながら吹き荒れる風を想像し魔法を後方に向けて放った。
後方へと風が吹き荒れ迫ってきていた存在たちの足が少し遅くなる。これで少しは時間を稼げた。
アレスたちがスピードを緩めることなくそのまま真直ぐ突き進んでいくと奥に白い明かりが見えだした。入口にある安全地帯だ。
「見えた」
「これで逃げ切れる」
安堵したのも束の間、明りに影ができた。その影の形はアレスたちにとって見覚えのある者だった。
「あれって」
「っ、先回りされた」
安全地帯へと入る入口に立っていたのはアレスたちを追っているのと同じ存在、殺意を宿した瞳でアレスたちを睨む。
このままでは挟み撃ちされてしまう。
ならば、やることは一つしかない。
「突破するよ」
「無茶だろ」
ダバンから否定的な意見が出る。
確かに無茶がある。後ろから迫る敵に追いつかれずに目の前の敵を突破するとなるとあの敵を一撃で倒す必要がある。
だが、そんな反論は瞬時に否定される。
「やるしかないんだよ!」
珍しく声を張り上げたアレスに周囲の者たちは肩をびくりとさせた。
「これは生きるか死ぬかの戦いだから」
その言葉の重みに気づけた者はほとんどいないだろう。
北方戦争に参加したアレスだからこそ、命を懸けた戦いを知っていた。生きるか、死ぬか、その戦いにおいて出来ないなどと言ってはいられない。
「ダバン、あの敵目掛けて火球を撃ち込んで」
「どうなっても知らないからな」
ダバンは魔力を消費して魔法を紡ぐ。ダバンの周囲に三つの火球が同時出現し、敵との距離が残り数メートルとなったところで放たれた。
真直ぐ飛んでいった火球は敵に命中し爆発、黒煙を発生させ、視界が隠される。
「真直ぐ飛び込んで」
アレスたちは黒煙の中に飛び込み安全地帯へと足を踏み入れた。
最後尾にいたアレスが黒煙を抜け安全地帯に入ろうとした時、煙の中から殺意を滾らせた鋭い鈎爪が飛び出してきた。アレスは咄嗟に剣を引き抜き、鈎爪を上へと弾く。
アレスは踏み込んだ足を軸にその場で半回転すると向きを変え攻撃してきた敵の腕を切り落とした。気持ち悪い感触が剣から伝わりアレスの精神を蝕む。
「ガァァァ!!」
敵の絶叫がダンジョン内に響く。
アレスは急いで黒煙を抜けた。
「無事か」
「うん、何とかね」
黒煙が晴れていき、そこに佇む存在たちの姿が露になる。
「二、四、六、……七体か」
煙の中から現れたのは七体、その全員がアレスに向けて殺気を放っていた。
「どうしてあいつらが安全地帯に入ってきてるのよ!」
そんな中、アリアが焦ったように疑問を口にした。
本来、魔物が立ち入ろうとしない安全地帯に目の前の敵は平然と入ってきていた。そんな異常事態にも驚くことなくアレスは冷静に口を開いた。
「あれは魔物であって、魔物じゃないから」
アリアの疑問に答えるがアレスの答えはひどく曖昧だった。
「とりあえず、ここから逃げたいんだけど」
アレスは後方で固く閉ざされた大扉を一瞥した。ダンジョンの入り口に存在する巨大な扉、魔物を外に出さないための物だが、今は邪魔でしかなかった。大扉は開くのに時間がかかる。開くのを待っていたらその間に敵に攻撃されてしまう。
かといって、殺意を向けてくる敵に立ち向かうかと言われるとそうもいかない。アレスにはこの状況で複数体の相手をしながら仲間のカバーもするという器用な芸当は出来ない。八方塞がりだ。
ならば、どうするべきか。アレスは高速で考えを巡らす。だが、良案は浮かばない。
やはり一か八かの賭けに出る他なかった。
アレスは一歩下がると敵の動きを警戒しながら後ろにいるアリアたちへと指示を伝える。
「扉を開けて」
「でも、そしたらあいつらが攻めてくるわ」
そんなことアレスは百も承知だ。
「分かってる。時間なら僕が稼ぐ。だから急いで」
切迫した声にアリアたちは動かされる。
アリアは大扉の前に立つと、巨大な扉へと手を触れた。すると巨大な魔道具に魔力が流され仕掛けが作動する。地響きにも似た振動が安全地帯に響く。
「早く開いて」
そんな願いとは裏腹に扉が開くのは遅い。人が通り抜けられるだけの隙間が開くまでまだ時間がかかる。
そうこうしていると目の前の敵は人間のように陣形を組み突撃してきた。
「だよね」
そう簡単には逃がしてくれない。
大扉が開くまで残り十数秒、それだけの時間を稼げれば充分
アレスは手に握った剣へと視線を落とす。すでに剣の刃は所々が欠けボロボロ、敵の持つ鈎爪と剣とでは前者の方が圧倒的に硬かった。その結果がこれだ。圧倒的強度を誇る敵の鈎爪に当てなければ問題なく使えるが、それは不可能に近い。この剣では全力の攻撃が鈎爪で防がれるもしくは、鈎爪による攻撃を防げばすぐに壊れてしまうだろう。
そんな考えを巡らせていると後ろから声が響く。
「アレス、これを使ってください」
リーゼロッテから救いの手が差し伸べられる。
後方から鞘に納められた剣が宙を回転しながらアレスへと投げられた。
アレスはボロボロになった剣を敵へ一直線に投げつける。敵は剣を避け僅かに陣形を崩したが瞬時に元に戻る。
「助かるよ」
アレスは投げられた剣を受け取ると鞘から鈍色に鈍く輝く剣を引き抜いた。鞘は腰に提げず投げ捨てた。
真新しい剣に傷は一つもなく強度も問題ない。これで戦える。
アレスは時間を稼ぐために複数の敵を迎え撃つ。
自然な動作で一歩踏み出すと、また一歩、歩くように踏み出した。実際アレスは歩いていた。さながら通学路を歩くように自然体で
そして敵が近づくと、これまた自然な動作で軽やかに一閃
最前列にいた敵の胸部から僅かに血がにじむ。
自分が血を流したことに気づいた敵は獣の瞳を驚きで大きく見張ると一歩下がった。
切られるまで気づかない。剣を振るった動作すらそれが当たり前、自然なのだと思い込ませてしまう。それこそがアレスの剣技、自然と一体になるということだった。
「浅いか。それに」
アレスは左右へ視線を向ける。
一番先頭の真正面にいた敵を浅く切っただけで敵を倒したわけではない。アレスの視線の先には二体の敵が連携するように両側から攻撃を仕掛けようと動いていた。
アレスは一歩下がると自らの間合いを確認する。
そして軽やかにステップを刻むと右から攻めて来た敵の攻撃をかわし、左の敵が振るう凶爪を剣で弾いた。甲高い音と共に真新しい剣が僅かに欠ける。
爪を弾かれ腹部ががら空きとなった敵へ回し蹴りを叩きこんだ。敵は横へ飛ばされ右にいた敵にぶつかると地面へと倒れた。
「開いたわ!」
アリアの歓喜の声が部屋中に反響する。
扉が開かれた。
「よし」
時間稼ぎは出来た。その事実がアレスに隙を生んでしまった。
「っ⁉」
殺気を感じ取りアレスは後方に跳躍。しかし、タイミングが少し遅れ、敵の鈎爪が制服に食い込み引き裂いた。
だが、今はそんなこと気にしている場合じゃない。自分の事よりもまずはリーゼロッテ達を脱出させねばならない。その一心で叫ぶ。
「早くダンジョンから脱出して!」
「脱出って、まだあなた戦ってる最中じゃない!」
「僕ならタイミングを見計らって出るから、先に出て」
アレスは敵と刃を交わらせながら指示を出す。四体同時に相手にするとなるともうアリアたちの声にこたえている暇はない。
「なら、私たちも」
アリアが剣を引き抜きアレスに加勢しようとするも親友の手によって阻まれる。
「アレスの指示通り今は脱出を優先しましょう」
「どうし———」
反論しようとするが親友の表情を見て喉元で言葉が止まった。
「アリアも分かっているはずです。今のわたくしたちではアレスの邪魔にしかならないことに」
リーゼロッテは苦渋に満ちた表情で悔しさに拳を震わせていた。
自分たちがここで何をしようともアレスの役には立てないと、むしろここで逃げなければアレスの足手まといにしかならないと分かっていた。
「く、逃げるぞ」
ダバンが先陣を切ってダンジョンから脱出する。その後にザインを背負った騎士も扉をくぐり脱出した。
少女たちは、何もできない自分の無力さに打ちひしがれながらもダンジョンの扉をくぐった。
「後はアレスだけです」
「早く来なさい!」
アリアが叫ぶがアレスは敵を振り切るのにてこずっていた。
いつの間にかアレスは敵たちに取り囲まれ、全方位から攻撃を受けていた。だが、それでも一度も攻撃を受けないのはアレスの持つ特異な技術の賜物だろう。軽やかなステップで敵の攻撃をかわし、時に躱せない攻撃を剣で受け止め反撃する。
どうやってこの包囲網を抜けるべきかと思考し、一つの穴を見つける。それは安全地帯に飛び込んだ時に腕を切り落とした一体の敵
アレスは集中攻撃を躱すとほんの数舜出来た攻撃の隙間に手負いの敵へと刃を振るった。
鈍色の斬撃は手負いの敵を深く切り付ける。その時の肉を断つ感触が剣から伝わりアレスは表情を歪めた。だが、これにより手負いの敵は攻撃を途切れさせ後ろに大きく倒れる。隙間ができた。
アレスはそこから包囲網を飛び出すと出口へ向けて駆けた。
「これで」
逃げられる。
そう思った時、アレスは違和感に気づいた。
誰も追いかけてこない。あれほどまでに殺意を向けてきたのにもかかわらず、ありえない。
一体何が起きているんだと数舜疑問に思考が持っていかれた時、純白の天井が大きく爆発した。轟音が部屋中に反響する。
アレスは咄嗟に後方へ飛ぶと落ちてきた瓦礫が目の前の扉を塞ぎ、黒い煙と火薬の匂いが少年の嗅覚を刺激した。
視界が煙で覆われるのと同時にアレスは思った。やられた、と
敵の目的は最初から自分を一人にすることだった。でなければ、わざわざ学生が決して勝てないような存在をぶつけてきたあげく、天井に爆薬を仕掛けるわけがない。
アレスは最初から敵の手のひらの上で踊らされていたのだ。
その事実にアレスは歯噛みする。
「大丈夫ですか!」
瓦礫の奥からリーゼロッテの心配する声が聞こえる。
「こっちは大丈夫!」
そう答えると瓦礫の奥から僅かな吐息が聞こえた。アレスの無事を知り安堵したのだろう。
「それより、このことを急いで騎士団の人に伝えてきて」
ドランならばこのことを伝えれば迅速に動いてくれると踏んだ。
だが、返ってきた応えは想定していた言葉と違った。
「本当に大丈夫なのですか」
それは、アレスの表面的な状態ではなく精神面を心配する言葉だった。しかし、アレスはそれに気づかない。
「うん、心配いらないよ」
その言葉がリーゼロッテにどのように聞こえたかは分からない。
「……分かりました。今すぐ、呼んできます」
「よろしく」
階段を駆け上がる足音がまばらに聞こえ出す。
「無事に帰ってきてくださいね」
か細い願いがアレスの耳に染みる。
「ああ、帰るさ」
その返答に満足したのか、最後の一人が階段を駆け上がった。
外から足音が聞こえなくなるのを確認するとアレスは口を開いた。
「さて、こんなことをするのはやっぱり君たちかな」
黒い煙が徐々に霧散し壁にかけられている松明の輝きが部屋を照らし出す。だが、先ほどの衝撃によりいくつかの松明の光は消え幾分か暗くなっていた。やがて、煙の先に複数の人影、否、化け物の影が現れる。
アレスは今回の件を引き起こした張本人に向け剣を向けた。
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