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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第一章 絶望の使徒
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凶刃

「邪魔だ」


 フリートは横薙ぎに騎士剣を振るい切り伏せると剣士たちのサポートをする弓兵や魔法使いたちの方へと駆けた。

 帝国兵たちは慌ててフリートを止めようとするが精鋭の集まる神殿騎士団の新星を止められるわけもなく次々と切り伏せられていく。

 それを見ているうちにアレスの足は自然と止まっていた。初めて気づいた。戦場がこんなにも残酷で無慈悲な場所なのだと。命の価値は低く、殺されずに済んだ者も情報を得るために生かされているだけで助かったわけではない。

 

「……ああ」


 アレスは真理にたどり着き、再び動き出した。自分のすべきこと、それは敵を多く無力化すること。殺さなくてもいいなんて生ぬるい言葉はこの戦場では通用しない。それでもアレスは迫りくる帝国兵に刃を向けることができなかった。

 拳を握り締め、鎧からむき出しになっている肌へと叩きこむ。

 フリートの周囲には血の花が咲き乱れるが、アレスの周囲には血は一滴も流れず殺意の刃がことごとくへし折られていく。

 対照的な二人。だが、どちらも同じように帝国兵を次々と倒していく。

 

「やっぱり無理だったか」


 迫りくる帝国兵を全て切り伏せたフリートが隣で戦うアレスの姿を見て呟いた。残念がっているわけではない。予想していた通りの結果に安堵しつつも不安を感じていた。

 アレスは誰一人として殺そうとしない。殺そうと思えばこの程度の数、一瞬で殲滅できるのにも関わらずだ。それもこれも全てはアレスの優しさに原因があった。そう、アレスは優しすぎるのだ。

 優しいが故に相手が傷つくことを恐れ、命を奪うことができない。アレスの持つそれは、戦場に立つ者にとって最も不必要な才覚、簡単に言えば邪魔でしかない感情だ。

 敵と相対する時のみ冷酷に振舞うフリートとは違う本物の優しさを持つ少年、そんな少年がこの戦場にいることが本当に正しいのかと言われれば、答えは否だ。心優しき少年が戦場に立ち続ければ近い将来、少年が心を壊すことは容易に想像できた。


 フリートは弓兵と魔法使いを一瞥し行動してこないことを確認するとアレスの援護へと向かった。

 

「大丈夫か」

「……あ、うん。ちゃんと倒せてるから」


 少し間の空いた返しにフリートは目を細めたが瞬時に何事もなかったようにごく自然に振舞う。

 

「帝国兵も残りわずかだ。畳み掛けるぞ」


 フリートは残り二、三十名となった帝国兵を睨むと意気込む。

 

「ああ」


 アレスの素っ気ない返しにフリートは苦笑を浮かべた。僅かな時間でアレスの中でのフリートの信用に亀裂が入った。そのせいか、いつものような態度に戻ることができない。それでも二人は肩を並べる。

 残りの帝国兵へ向け疾走


 フリートはアレスに配慮して騎士剣を鞘へと納めた。不殺の意志を優しき少年に示す。


 フリートが、これでいいだろ、という視線を向けるとアレスは軽く頷いた。フリートへの不信感が消え、信用が元に戻る。

 弓兵の撃った矢と魔法使いが放つ魔法が二人へと飛んできた。

 互いに目配せ、二人は散開すると魔法が地面にぶつかり大きく爆発、炎が燃え上がるが気にせず両翼から帝国兵を叩く。

 

「おらぁ!」


 気迫のこもった声と共にフリートは拳を帝国兵へと叩きつけた。頭を直接殴ったことで帝国兵は脳震盪を起こし気絶した。不殺の無力化、アレスとの約束を貫き次々と帝国兵を無力化させていく。アレスもまた気絶させることはないが次々と行動不能にはさせ無力化させていった。

 これ以上の戦闘は不可能と判断した一人の弓兵が撤退の意志を告げる。

 

「撤退、撤退だ!」

「逃がすかよ」


 先に弓兵たちの下にたどり着いたのはフリートだった。

 

「ち、全員投げろ」


 隊長格と思わしき兵が苛立ったように舌打ちをすると残った兵へと命令を出す。兵士たちは何やら白い球体を取り出すとそれを地面へと投げつけた。白い球体は地面にぶつかった衝撃ではじけ、白い煙幕を発生させた。

 

「ごほっ、ごほっ、煙幕か」


 フリートは兵士たちへと突っ込んだことで煙幕をもろに受け、その一部を吸い咳きこむ。

 

「アレス!」


 フリートの叫びにまだ到着していないアレスが煙幕へと手を向けた。

 

「分かってるよ。吹き荒れろ」


 セイが発動させた魔法により凄まじい突風が発生し、煙幕が一瞬で吹き飛ばされた。

 

「っ⁉化け物が」


 悪態を吐きながら苦し紛れに弓を構えた兵にフリートは手刀を叩きこみ気絶させた。

 

「さて、お前らの隊長はやられた。大人しく投降するか、ここで俺にやられるか選ばせてやる」


 フリートは軽く殺気をこめ帝国兵を脅した。

 帝国兵たちは次々と武器を下ろし投降の意志を示す。

 

「これで一件落着か。はぁ」

「なんでため息なんかついてるんだ」


 フリートは気絶した帝国兵を地面に寝かせながら静かにため息を吐いた。そんな友人の姿に少し遅れて追いついたアレスが首をかしげる。

 

「ん?そりゃため息もつきたくなるだろ。周りを見てみろよ。生きた兵ばっか、捕虜にするのはいいとしても、これだけの数となると一体どれだけの監視が必要なのか」


 これから始まるであろう地獄に憂鬱とする気持ちを吐き出したものだった。

 殺した数よりも倒れた数の方が多いというこの戦場において異例の結果に色々な心配事が浮かんでくる。

 

「お前が生かしたいって言ったんだから。管理はお前がやれよ」


 アレスは文句を言いたい気持ちを抑え、自分のせいだと認める。殺したくないから生かした。こんな我儘が通じるのも使徒故にだ。

 

「分かってるよ」

「あと、こいつらを入れておく牢はないから王都に戻って陛下にでも頼んで貸してもらえ。牢に入るまでのこいつらの飯代はお前の給与から引かれるからそのつもりでな」

「はいはい」


 適当な返事に本当に分かっているのかとフリートは呆れ顔だ。

 

「ちょっとは金に執着しないと将来大変だぞ」

「別にお金はそれなりにあるし、どうせ持ってたところで使いどころがないから正直言っていらないんだよ」


 そんな金持ちのような発言にイラっときたフリートは頬を引きつらせる。実際にセイは慎ましく暮らしていけば生きていくのに十分なお金を持っている事実もあり、フリートを余計にイラっとさせた。

 

「それは騎士のわりに安月給で働かされてる俺への当てつけか」

「それはフリーが仕事をちゃんとしないからだろ」


 二人は軽口をたたき合う。

 そんな二人を前にして帝国兵は誰も逃亡しようなどと考えなかった。もしこの場で逃亡しようとすればアレスはともかく、フリートは先の発言通り問答無用に命を奪いに来ると予想できた。故に、まともな兵たちは誰も動かない。


 そう、まともな兵たちは


 フリートはアレスとの言い合いに埒が明かないと深く嘆息した。


「はぁ、ああ言えばこう言う」

「いや、別にそこまで反抗してないだろ」

「そういう所だよ。もういい、それよりさっさと準備するぞ。受け入れるにしたってこいつら一回縛らないとな。縄は足りるか?」


 フリートは話に区切りをつけ拠点に置いてある捕縛用の縄の数を思い出していた。

 アレスはその間、特にやることが無くふと戦場を見渡した。

 生きている兵たちは一部を除き、地面に這いつくばって倒れている。その中には血を流し息絶えている者もいた。

 アレスはその現実から目を背け、生きている捕虜へと目を向けた。


 この戦場に置いて快楽殺人鬼などの狂人以外、好んでこの惨状を見たいと思わない。そのためアレスのような反応が正常なのだ。


「念のため簡易的に縛り付けておくか。アレス、拘束用の魔法って何か覚えてる——アレス!」


 フリートの鋭い叫びが響き、アレスは何事かと思ったが不意に後方から強烈な殺気を感じ振り返った。


「死ね!!」


 そこには剣を振り下ろそうとする帝国兵の姿があった。


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