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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第一章 絶望の使徒
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死戦場

「これは⁉アレス戻るぞ!」


 事情を説明することなくフリートは焦ったように飛び出し全速力で拠点へと走った。

 アレスはフリートの慌てようにあの鐘の音は異常を知らせるものであることを理解し、すぐにフリートの後を追った。

 

「何が起きてるんだ」


 走りながら尋ねる。

 

「さっきの鐘の音は敵が攻めて来た時に鳴らされる鐘だ。まさか、こんなところまで攻めてくるとか、帝国軍は何を考えてるんだ」


 敵兵の奇襲にフリートは嫌悪の表情を浮かべた。

 やがて、二人が拠点に戻るとすでに兵たちが武器を持ち異常があった拠点奥へと向かっていた。

 

「何があった」


 フリートが近くにいた兵を呼び止め事情を聞いた。

 

「拠点後方に帝国兵が奇襲を仕掛けてきたそうです。帝国兵の数は約百とのこと」

「なんだと⁉何故それだけの数の帝国兵の侵入を許したんだ」


 百もの兵が、しかも王国領である後方から攻めてくるなど普通はあり得ない。

 

「そ、それが、いきなり帝国兵が姿を現し攻撃を」

「もういい」


 フリートはこれ以上聞いても埒が明かないと話に区切れを付け、帝国兵の排除へと向おうとするが思いとどまった。そして隣で指示を待つ少年へと目を向けた。

 

「俺は何をすれば」

「実戦はまだ先だと思ってたんだが、仕方ない。俺についてこい」

「分かった」

「お前たちは動ける者で簡易で部隊を作って、奇襲の対処にあたれ」

「「「は!」」」


 アレスにだけではなくフリートはバラバラだった兵たちにも指示を出した。流石、神殿騎士団期待の新星、部隊の指揮もできる。

 

「俺らは先に行くぞ」

「了解」

「それから、無理はするなよ」


 そもそもフリートがここに居る理由は単にこの拠点に配置されたからではない。使徒であるアレスの護衛としてここの拠点にやってきたのだ。

 それはアレスも理解している。神殿騎士の本来の使命は使徒の補佐兼護衛、つまりフリートは神殿騎士団からアレスの補佐と護衛役を命じられていた。護衛としての顔を見せた年上の親友にアレスは真剣に瞳をまっすぐ見た。

 

「分かってるさ」


 アレスの表情はひどく冷静、これから初めての実戦だというのに緊張や不安を一切感じさせない。それはまるで、自分の感情を押し殺しているようだった。

 

「そうか」


 その時折見せる子供らしからぬ大人びた顔つきにフリートは無造作にアレスの頭を撫でまわした。

 

「ちょ、何するんだよ!」

「よし、行くぞ」

「無視すんなよ」


 アレスの訴えを無視してフリートは騎士服をはためかせ駆けだした。

 フリートはすでに抜剣しており、鈍色の輝きが陽光に照らされ煌めく。

 二人が辿り着いた先では火の手が上がり生きている少数の兵が消火作業にあたっていた。しかし、炎の勢いは一切衰えることなく、それどころかさらに火力を増し燃え広がる。

 飛び散る火花と焦げ臭い煙にフリートは眉を顰めると頼れる使徒へと目を向けた。

 

「く、消化作業が先か。アレス」

「分かってるさ」


 フリートの合図でアレスは有り余る魔力を用いて空に巨大な水球を生成した。水球は一定以上の大きさになると破裂し大雨を降らせた。

 空から降り落ちる大量の水に炎は消え、後には一部灰と化したテントとびしょ濡れの兵がいた。それを見て満足そうにするアレスに対し


「おい、やりすぎだ。というか俺にもかかってるんだが」


 フリートはサラサラの茶髪を水で濡らし、怒りのこもった灰の瞳でアレスを睨んでいた。


「気のせいでしょ」

「後で覚えとけよ」


 分かりやすい嘘を吐くアレスにフリートは恨み言を呟いた。


「そんなことより被害の確認と侵入した帝国兵の対処が先でしょ」


 はぁと浅く溜息を吐いたフリートはアレスの言う通り被害の確認と侵入した帝国兵を探し出そうとしたが、その必要はなかった。


 二人は得物を構える。

 直後、二人に向け十数本の矢が飛んできた。

 アレスは即座に抜刀、闇色に輝く美しくも妖しげな長刀を目にも止まらぬ速さで振るい、十本の矢を切り落とした。

 フリートもアレスに負けじと残り数本の矢を切り落とした。


「現れたな」


 二人の前には燃え尽きたテントの先で弓を構える水色の軍服を着た複数の兵、その後方には同じく水色の軍服を着た者が多数いた。


「あれが帝国兵……」


 彼らこそ、長年王国と渡り合っていたガイアス帝国の兵士たち。遠くから見てもその統率のとれた隊列は奇襲をしかけに来たとは思えないほどに綺麗だった。

 最前列の弓兵たちが矢の装填をし、第二射が放たれた。


「アレス」

「ああ」


 これ以上ここで防御に徹していても無駄に体力を消費するだけ、二人は打って出た。

 二人は同時に疾走、放たれた矢の鏃を的確に火花を散らしながら軌道をずらし距離を詰める。

 帝国兵は弓が効かないと判断すると後ろで隊列を組んでいた兵士たちが剣を引き抜き、アレスたちを迎え撃つ。


「情報が欲しい。捕らえられるなら捕らえろ」

「了解」


 フリートの指示に頷くとアレスは帝国兵と相対した。

 アレスにとって初めての実戦、それはフリートと行う模擬戦とは違う。得物は本物でも生きるか死ぬかの戦いではない。


「っ⁉」


 だからだろう。アレスは帝国兵から向けられる本気の殺意に一瞬怯んでしまった。

 肌がピリつき、途方もない緊張感がアレスの視野を狭くする。自然と息遣いも荒くなり落ち着きが無くなる。一挙手一投足、決して見逃してはならないという焦りが生まれ、負の連鎖がアレスの脳内で巻き起こる。


「アレス!」


 フリートの叫びに狭くなっていた視界が元に戻り、目の前の帝国兵が殺意をぎらつかせた鉄剣を横薙ぎに振るっていた。すでに剣は目と鼻の先、アレスは瞬時に躱し前髪数本を犠牲にするだけで済むと距離を取り体勢を立て直した。

 実践と模擬戦の違いを自覚し反省する。

 一度深呼吸、心を落ち着かせる。完璧に冷静になれるまで心を落ち着かせたかったが、そんな事敵が許されるはずもなく、二人の帝国兵が両サイドから剣を振るってくる。

 充分ではないとはいえ、だいぶ冷静さを取り戻したアレスは左から攻めて来た帝国兵の懐に潜り込むと漆黒の長刀を握っていない左手で正拳突きを繰り出した。


「ぐほ」


 アレスの拳は帝国兵の鎧を砕き前方へ突き飛ばす。


「いった」


 自身に常時かけている身体強化魔法があるとはいえ、鉄製の鎧を拳で砕くのは無茶があったらしく、アレスは痛む左手をひらひらさせ痛みを紛らわす。

 

「殴るのは止めよう。む」


 後方からの斬撃に気づき身を捻り華麗に躱すと攻撃してきた帝国兵に向けて回し蹴りを叩きこんだ。

 

「休ませてくれないのか。はぁ、本当に面倒な兵だな」


 らしくない軽口を叩き、向けられている殺意を紛らわせながら戦う。

 敵の殺意に一瞬でも呑み込まれれば動きが鈍る。そうなれば確実に殺される。

 

「吹き荒れろ」


 左手を前にかざし、迫りくる帝国兵へと魔法で強風を発生させ吹き飛ばす。

 すると帝国兵側からも魔法が放たれる。二桁を超す炎が弧を描きながら宙を飛ぶ。アレスは魔法を視認すると迎え撃つことはせず軽やかなステップで落ちてくる火球を躱しつつ弓兵との距離を詰める。

 ここで本来なら迎撃するべきなのだが、弓兵は誰一人としてアレスの方を見ていない。それどころか先ほどから誰一人としてアレスに接近戦を仕掛ける者がいなくなった。


 おかしい。そう感じたアレスは隣を見やる。


 そこには騎士剣を振るうフリートの姿があった。

 フリートはその手に持つ騎士剣で問答無用に迫りくる帝国兵たちに静かな殺意を向け切り殺していく。フリートの周囲には血の花が咲き乱れ、アレスは思わず口を抑えた。

 フリートが帝国兵に向ける瞳はひどく冷たい、それはアレスとの真剣勝負で見せる眼差しとは全く違う。殺し合いをする戦士の目だった。


 それがアレスにはひどく気持ち悪かった。


 同じ人であるというのにフリートは相手を殺すことに何の感情も抱いていない。ただ、それが当たり前のように剣を振るい敵兵の命を奪っていく。これがこの戦場での当たり前、敵の命を奪い、自分が生き残る。そういうものだ。


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