戦場の記憶
レンシア王国とガイアス帝国の国境付近に存在するとある平原、そこでは数カ月に一度大規模な戦いが起きていた。戦いの名を北方戦争、いつ、誰が、何のために始められたのかもはや両国の王ですら知らない泥沼の戦争
レンシア王国側に存在する小高い丘上には複数の大きなテントが張り巡らされていた。そこは、北方戦争において王国側が拠点としている場所
そんな戦場に今年、使徒となったばかりの幼い少年が派遣された。
少年は王国では珍しい黒髪に漆黒の瞳、幼さが残るも端正な顔立ちをしている。使徒のみに用意される白い特殊な軍服を纏い、漆黒の長刀を腰に携えていた。
「これからここで皆さんと一緒に戦うことになりましたアレスです。実戦経験はなく何かと至らないところがあると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
アレスがはきはきと自己紹介を終えると集まった常駐の兵たちがまばらに拍手する。
誰から見ても歓迎している雰囲気ではない。それもそのはず、ここは命の価値が限りなく無に近い死戦場、そんな場所に未来ある子供が送られてきていい思いをする者はいないだろう。
そんなムードを一変すべく黒色の騎士服を纏った茶髪の青年が手を叩き視線を集めた。
「見ての通りアレスは光神ルーミュ様に選ばれた使徒だ。例え子供だからと言って侮るな。実際、あの王国騎士団の副団長カムさんと対等に渡り合ったんだ。その実力は火を見るより明らかだ」
その言葉に場がざわついた。
王国騎士団副団長カムと言えば、あの王国最強の使徒と呼ばれるドランの右腕にして参謀、頭がキレ、その実力も国内で五本指に入るであろうという存在だ。そんな存在と自信満々に胸を張る幼い少年が対等に渡り合っていたとは信じることができないのだろう。
「静かにしろ。話が信じられないのは分かるが事実だ。それで納得しろ」
その青年の言葉で兵たちは納得せざるをえなくなる。
青年の名はフリート・カイゼル、サラサラした茶髪に鋭い灰の目を持つ知的な風貌の青年で神殿騎士団の期待の新星だ。
神殿騎士団とは、光神ルーミュを信仰する教会が独自に組織した騎士団だ。独自に組織したと言ってもきちんとした組織であり、入れるのは一握りの精鋭だけ、つまり少数精鋭の騎士団、それこそが神殿騎士団だ。
役割は王国騎士団と同様、国の守護なのだが、目的が違う。王国騎士団が民の平和を守るために戦う騎士なのだとしたら、神殿騎士団は神に害する存在を排除する騎士だ。
そんな騎士団の期待の星の言葉ともなれば信用せざるをえないのだ。
「じゃあ挨拶も終わったし、解散」
フリートの合図で集まっていた兵たちは、そそくさと自分の持ち場に帰っていった。
テントに残されたフリートはというと手を伸ばし額に触れてくる少年へとジト目を向けた。
「何してんだ」
「熱はないか。変なものでも食べたか?」
「一体どうしてそんな話をしてるのか。じっくり聞きたいな」
知的な風貌はどこに行ったのやら、眉間にしわを寄せ年下の少年に怒りで歪に浮かべた笑みを向けた。
「いや、だってフリーが“俺”のことを強いって言ったんだ。あの、俺に負けて毎度癇癪起こすフリーが、だ。疑うのは自然の流れだろ」
「おし、お前が俺をどういう風に思ってるか理解したぞ。表出ろ。しごいてやる」
フリートが拳を叩きアレスに挑戦状をたたきつけた。そんな年上の青年騎士にアレスはニヤリと笑みを浮かべた。
「しごいてやるじゃなくて、ボコボコにされてやるの間違えじゃないの?」
「言いやがって」
「黙ってれば知的に見えるのにな」
アレスの余計な一言にフリートから笑みが消え、灰の瞳に闘志が燃える。
「今日という今日は徹底的にボコボコにしてやる」
「今までの戦歴を見て、それが言えるのは本当に尊敬するよ」
アレスとフリートの戦いの勝敗は百二十九戦、百二十九勝、零敗、アレスが全ての戦いにおいて勝利を収めていた。
それでもめげずに挑戦してくるフリートの粘り強さ、もとい、鬱陶しさに半ば呆れつつも尊敬していた。だからアレスもフリートの挑戦は絶対に受け勝利をおさめ続けていた。
「俺は過去を振り返らないからな」
「だから騎士団の人たちに馬鹿って言われるんだ」
はぁ、と軽く溜息を吐きつつもアレスはフリートに続き表に出た。
周りには食料を詰めた木箱がテント近くに積まれていた。巡回の兵たちが腰に剣を携えテント付近を行ったり来たりしている。
それで巡回の意味があるのかとアレスは思うも、ここら一帯の近くには村があるだけでなく、帝国側からも距離が遠い。わざわざ長距離を移動してまで後方付近にある拠点を狙ってくることはないだろうという予測から来る兵たちの行動だった。
「おい、何してんだ。早くしろ」
いつの間にか拠点の陣地から離れていたフリートに呼ばれアレスは急いで追いかけた。
「さっさと構えろ」
「お前が俺に挑戦するんだろ。よく偉そうに言えるな」
「いいから、時間は有限なんだぞ」
皮肉を込めるがフリートに気にした様子はなかった。そうやって人の話をよく聞かないから馬鹿だって言われるんだ、と言いたくなったが何を言ってもこの馬鹿には通じないんだろうなとアレスは軽く嘆息した。
「はいはい」
そしてアレスは肩を竦めると腰に携えていた漆黒の鞘に収まる長刀に手をかけた。
対してフリートはというと腰に携えている純白の鞘から騎士剣を引き抜いた。両者共に人を殺すことの出来る本物の得物を持っていた。模擬戦だというのに本物の得物を使う必要があるのかと思うが、二人とも本来の得物を用いなければ本調子が出ないのだ。
一度模擬剣を握れば、二人の模擬戦の質は数段階落ち、勝敗も均等、勝負する意味が無くなってしまう。二人が求めているのは本気の戦闘、勝つか負けるかの本気の勝負
一挙手一投足にまで神経を使い、互いに出方を見る。
漆黒の鞘が揺れ、アレスが動く。
―――カンカンカンカン
が、二人の戦闘は開始前に拠点から鳴り響く鐘の音によって邪魔された。
二人は拠点の方に視線を向けた。すると、どういうことか拠点の奥から煙が空へと昇っていた。




