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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第一章 絶望の使徒
28/179

ウルフ戦

「プランAよ」


 アリアはウルフを刺激しないように静かに三人に指示を出した。

 

「いきなりかい?」

「ええ、アレスには負担をかけるわ」

「いいよ。作戦を考えた時からこうなることは予想してたから」


 アレスは一歩前に出て、アリアは一歩下がる。

 プランAとは事前に考えていた策の一つで、もし厳しい戦いが予想される場合アレスを主体にして戦いアリアたちはそのサポートを行うというものだ。シンプルで分かりやすい。しかし、アレスにかかる負担は馬鹿にならない。この作戦は、ほぼ一対一でアレスが中型以上の魔物と戦うということなのだから。

 アリアはダバンへと視線を向けた。


「ダバン」

「ああ、ファイア!」


 ダバンから魔力が溢れだし三つの炎が生み出される。そしてその炎は弾と化し赤い残滓を残しながら悠然と佇むウルフの頭へと叩きつけられた。

 

「グルア!」


 ウルフが焼かれた頭を揺らしながら苦悶の叫びをあげた。

 それが合図となりアレスが身を低くさせ飛び出した。

 アレス本来の動きとは違った動き、しかし、それでよかった。魔物と戦うにあたって連携は必須だ。そのため三人と合わせやすいようアレス自身が動きを分かりやすくすると提案したのだ。


 ウルフとの距離を一気に詰める。

 ウルフは怒りに燃える鋭い瞳で迫りくるアレスを睨みつけた。


「グルァァァ!!」


 ウルフは雄叫びを上げアレスに向け所々くすんだ鋭利な三つ爪を振るい下した。アレスは咄嗟に足を止め一歩下がる。すると殺意がのせられた凶悪な爪がアレスの体すれすれに振り下ろされた。


「すごい」


 アリアはアレスより少し遅れて飛び出したのだが、そのアレスの研ぎ澄まされた感覚に感嘆の声を漏らした。

 アレスは振り下ろされた腕を一薙ぎ、剣は鋭い毛を切り裂きその奥にある腕へと浅く切り込んだ。ウルフの表情が牙を見せ歪む。


 深追いすることなく互いに後退する。


「大丈夫」

「うん、なんともない」


 アレスは隣に立ったアリアに何ともない事ことを体で表現して示す。

 

「どうやら本当にウルフは賢いみたいだよ。今だってあのままだと自分が不利だと感じて下がったし」


 アレスがウルフへ視線を向けると身を低くさせ唸っていた。最大限の警戒、ウルフはアレスたちを敵と定めたのだ。

 

「だけど、距離を取るのは悪手だね。ダバン」

「分かっている。ファイア」


 ダバンはあらかじめ用意していた炎を放った。

 炎はアレスたちの頭上を通り過ぎウルフの足元へと叩き落とされた。床に激突すると黒煙が発生しウルフの視界が遮られる。

 

「行くよ」

「ええ」


 アレスとアリアが同時に黒煙へと疾走する。

 それと同時にリーゼロッテが魔力を紡ぎ出した。

 リーゼロッテの攻撃魔法は相性が悪いせいで込められる魔力量からは想像できないほどに威力が著しく減少する。しかし、それ以外なら話は別だ。

 

「吹いて」


 右手を前に突き出しリーゼロッテは突風を思い浮かべる。

 簡単な魔法は思い浮かべるだけで発動する。リーゼロッテの魔力量は膨大。そのため、攻撃魔法以外はその魔力量にふさわしい魔法になる。

 リーゼロッテの周囲に風が吹き出す。そよ風だ。

 しかし、すぐにあふれ出る魔力に呼応するように風は強くなりダンジョンを駆け抜けた。

 風は一瞬で黒煙を呑み込み吹き飛ばした。


 ウルフの視界は晴れ、前を見るがもう遅い。


「グル⁉」


 すでに目の前には鈍色の輝きを放つ二振りの剣が

 ウルフは急いで対処しようと腕を上げようとするが無駄


「それはダメ」


 アレスは一瞬でウルフの動きを悟り剣の軌道を変える。狙っていた首ではなく目の前の腕目掛け刺突


「グルァァ!!!!」


 剣は鋭い毛を簡単に貫通しその奥の肉を穿つ。

 痛みに耐えきれずウルフは思わず頭をのけぞらせた。この隙を逃さない。


「喉に突き刺して!」

「分かってるわ、よ!」


 アレスの叫びにアリアは剣をウルフのむき出しとなった喉目掛け突き刺した。


「クゥゥ……」


 喉を潰され声が出せない。痛みに悶え頭を力強く振り何とか喉元に突き刺さった剣を払おうとするがアリアの剣はすでに首の裏まで貫通していた。

 アリアは剣を手放すとすぐにウルフから距離を取った。アレスは剣を引き抜き返り血がかかる前に急いで横に退く。


 ウルフは腕から大量の血を流しながら痛みに悶え暴れる。そして数秒後、ウルフは倒れ灰となって消えた。

 アリアの剣が灰と共に落ちた。

 アレスたちの勝利だ。


「勝ったね」

「ちょっと、初めて魔物を倒せた感想がそれ?」


 アレスの淡白な感想にアリアは腰に手を当て文句を言った。


「アリアはにやにやしてるね」


 アリアは勝てた喜びが隠し切れず表情を崩しニヤニヤしていた。アレスの指摘にアリアは思わず自分の口を両手で隠して恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「やりましたね」


 リーゼロッテとダバンが後ろから歩いてきた。


「うん、さっきの風助かったよ。ダバンもあの煙幕は良い判断だったよ」

「役に立ててよかった」


 リーゼロッテとダバンも魔物に勝てたことは嬉しかったがアレス同様淡白な反応しか見せない。それにアリアは驚いたように目を丸くさせた。


「え?私がおかしいの」

「いえいえ、おかしくないと思いますよ。アリアの場合、随分やる気を出していましたから。それが普通です。それより落ちた魔石を回収しましょう」


 アリアは、親友からどこか生暖かい視線を向けられ居心地が悪くなる。

 アレスは早速灰と化した魔物を軽く手で探る。


「これかも」


 するとゴロッとした何かが当たり、それを手に取った。

 取り出されたのは五センチほどの形の歪な赤い石、魔石だった。アレスは立ち上がり取り出した魔石を三人に見せた。


「まあまあのサイズですね」

「これだとまだ最高評価にはいきそうにないな」

「微妙ね」


 形、大きさ、その全てが微妙だった。大きくもないし小さくもない。形も、良くも悪くもない。込められている魔力量はそこそこ、微妙の一言に尽きる。


「ま、そう簡単に終わらないわよ」


 アリアは肩を竦めると灰の上に落ちている自分の剣を回収し鞘へと収めた。

 誰も最初の一体目から試験を終わらせられるような良質な魔石を落とすとは思っていない。そのため当然だろうとダンジョンの探索に意識を戻した。

 アレスは事前に配られた小袋に魔石をしまう。


「そういえば聞き忘れていたのですが、怪我はありませんか」

「ないね」

「私も、というか。この調子だと油断しなければ当分怪我しそうにないんじゃない」


 ウルフは中型の魔物最弱とは言え中型の魔物には変わりない。その実力はとても高く、中型の魔物は基本的に現役の一般騎士が二、三人で相手をするような力を持っている。そんな魔物を怪我無く倒せてしまうとなると回復魔法が当分不要に思えてしまう。


「そうですね。なら、わたくしも戦いに積極的に加わった方がいいでしょうか」

「確かにそっちの方が効率的ではあるな」


 ダバンはリーゼロッテの提案に賛同し頷く。

 攻撃魔法が使えないとはいえウルフとの戦いの時のように汎用性のある魔法を使ってサポートをした方が、戦いが楽になる。

 アリアもそれに賛同しかけた時アレスが反論した。


「それは止めといた方がいいよ。ほら、不測の事態とかあった時に魔力が足りないなんてなったらまずいでしょ。回復魔法は燃費がいいとは言えないしね」

「一理あるわね。というか、回復魔法が燃費悪いなんてよく知ってたわね」

「あぁ、うん。ちょっと本で読んで」


 アレスは歯切れ悪く答えた。

 あの死戦場で散々見てきたからとは言えない。アレスは当時のことを思い出しそうになり自然と記憶に封をした。

 そんなアレスの反応をリーゼロッテは見逃さない。

 

「ふぅん。じゃ、そういうことでリーゼは魔力の温存を、ここぞって時以外はなるべく魔法は使わないで。それじゃあ進みましょう」

「ちょっといいですか」


 アリアがダンジョン探索に戻ろうとした時、リーゼロッテが軽く手を上げていた。

 

「どうしたの」

「少し順番を変えませんか。アリアが先頭、次にダバン、わたくし、アレスというのはどうでしょう」

「そうね……いいんじゃない。じゃあ、そうしましょう」


 突然の提案に驚きつつもアリアは何か考えがあるのだろうと考えあっさり了承した。

 リーゼロッテの提案した順番に並びダンジョン探索を再開させる。

 しばらく何も起きることなく薄暗い道を進んでいく。するとリーゼロッテが不意にスピードを緩めアレスの隣に並んだ。

 

「大丈夫ですか」


 リーゼロッテが小声でアレスへと話しかけた。周りは静かとはいえ足音の方が大きく響いているためアレスにしか聞こえていない。

 

「何がだい」


 アレスもリーゼロッテと同様に小声で聞き返す。

 

「さっき、回復魔法の話をした時、気分を悪くされたと思いまして」

「あぁ、そのことか」


 昔からの知り合いには見抜かれるかとアレスは苦笑を見せると前を向いた。

 

「ちょっと思い出してね」

「北方戦争の事ですよね」


 アレスは無言で頷いた。その瞳は揺れ、悲しそうに一度目を伏せた。

 アレスの脳裏に浮かぶのは断片的な記憶の影


 悲痛な叫び声、狂人の嗤い声、そんな負の声が常に響き続ける戦場の中、回復魔法を使う者たちは後方で休む暇もなく働かされていた。それでもなお運ばれてくる軍人や騎士は選別される。戦場で役に立つか否か、その一点のみで選別されていた。そのせいで後方に運ばれてきたのはいいもののまともな治療を受けることができずに死んでいく者、命は助かっても一生消えることのない傷を負う者たちがたくさんいた。

 その中には、戦場で……


 強制的に記憶に封がかかる。それと同時にアレスの脳に強烈な痛みがはしった。

 

「っ」


 叫びはしなかったものの右手で頭を抑え苦しそうに表情を歪める。

 左手が何かにそっと優しく包まれる。すると徐々に温かな光が灯り、痛みが引いていった。

 

「リーゼ?」


 アレスは自分の左手を強く握るリーゼロッテへと視線を移した。

リーゼロッテは今にも泣きだしそうになるくらいに瞳を潤ませ悲しそうにアレスを見ていた。

 

「もういいです。思い出さないでください」

「……」


 それはリーゼロッテからの懇願だった。アレスが思い出そうとしていたのは死戦場の記憶、しかも脳がそれを強制的にシャットダウンさせようとするほどに強烈な記憶

 そんなものを思い出させてしまった自分を責め、懇願したのだ。

 

「ごめんなさい。わたくしから話を振っておいて」

「いや、いいんだ。もう全部終わったことだから」


 そのアレスの表情は本当に過去をすべて割り切っているように清々しかった。

 歪、そんな言葉がリーゼロッテの頭に思い浮かんだ。そしてそれが何を見て思い浮かんだ言葉なのかも

 

「早く行こう。このままじっとしてたら置いてかれちゃうよ」


 アレスから向けられたのは微笑み、先ほどまでの暗い影は一切無く、まるでスイッチで切り替えたように感情の変化が早かった。リーゼロッテの中での違和感が確信へと変わった。

 

「……あなたは本当に変わってしまった」


 不安を押し殺すように小さく呟かれたその言葉はアレスの耳には届かない。

 リーゼロッテは、三年前から変わってしまった背中を追いかけた。そんな背中の主は思い出してしまった記憶を、封をしてなお、脳にこびりついてしまったその記憶を、何を想う事無く唯々空虚に思い浮かべるのだった。



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