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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第一章 絶望の使徒
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模擬戦

 リーゼロッテの手を離すと腰に提げていた一振りの木剣を意気揚々と手に取った。

 アリアは授業でアレスとカムの模擬戦を見てから一度でいいから手合わせをしたいと考えていた。彼女もまた剣士の端くれ、格上の相手と戦えることにこの上なく心を躍らせていた。

 二人は互いにグラウンドの中央に出て距離を取る。


「ふふ、さぁ、剣を構えて。始めましょう」


 口元を緩め、アリアは半歩下がり右手で剣を構えた。


「先手は譲るよ」


 対してアレスは余裕な態度で佇んでいた。剣は構えていない。

 だらりと提げ自然体、だが、不思議なことに隙は一切見当たらない。


「……行くわ」


 隙はないが仕方ない。意を決しアリアは踏み込んだ。

 切っ先を地に向け駆ける。ドンッと力強くアレスの懐に踏み込むと弧を描きながら木剣を振り上げた。

 すぅっとまるで消えうる風のような静かな動きで一歩だけ下がり躱される。

 代わりに視界が広がりアレスの姿が全て視界に入った。そして瞬時に違和感に気づく。

 

「っ⁉」


 だらりと提げていた腕がいつの間にか音もなく剣を振るいあげられていた。

 

「く」


 歯を食いしばり振るいあげた腕を無理やり止め振るわれた剣を受け止めようとするが間に合わない。

 

「まだ」


 せっかく格上の相手と戦えるというのにこんな呆気なく終わるわけもいかないとアリアは自身のプライドに火を灯した。

 加速しながら近づく剣に対し柔軟な体をのけぞらせギリギリのところで剣を躱した。

 この行動には余裕の態度で佇んでいたアレスが目を見張る。その行動はあまりにも奇抜で隙がありすぎた。このまま剣を切り返せば隙だらけの上半身を狙っておしまい。そんな自ら負けを呼び込むような行動に見えた。


 だが、次の瞬間アレスは再び目を見張ることに

 何とアリアは、そのまま体を後ろに倒していたのだ。そして両手をつくと足を上げその場でバク転し、後退した。振るいあげられた足は切り返すために踏み込んだアレスの顎をほんの少しかすめる。

 土壇場での奇策だというのにもかかわらず体勢を立て直し、剣を構えなおした。

 

「すごいね。今のは予想外だったよ」

「あと一歩判断が遅かったら瞬殺だったわ。やっぱり強いわね」


 アレスの称賛に素直に喜んでいる余裕はなかった。すでに力の差は歴然、正面から戦ったところで勝てる未来は見えなかった。

 驚いたのもあの一瞬だけで、今はもう自然体に戻っている。

 

「仕切り直しになったけど今度はそっちから攻めてきていいわ」

「くれるの?」


 その疑問には強者の余裕が多分に含まれていた。

 

「ええ」

「そっか。じゃあ」


 ここで初めてアレスが剣を構えた。構えるといっても木剣の切っ先をほんの少しアリアへ向けただけだった。

 だが、これでよかった。

 アリアも目の前の少年が攻撃に入ることを感じ取り、剣を構えた。が

 

「どこ⁉」


 いつの間にかアリアの視界にはアレスの姿が映っていなかった。瞬時に周囲を見渡そうとするも、もう遅い。

 

「はい、僕の勝ち」


 突如姿を現したアレスが首元に木剣の切っ先を突き付けていた。

 瞬殺、攻撃に出た途端にこれだ。

 アレスの動きはもちろんの事、剣の軌道は一切見ることができなかった。いったい何が起きていたのかアリアには見当もつかなかった。

 

「一体何をしたの?」

「何って走って剣を突き出しただけだよ」


 その言葉に唖然、身体能力にここまで差があるとは思ってもみなかった。もし、アレスの言っていることが本当ならそれは人間ではない。使徒のそれと同じ

 

「あなた本当に何者?そんなに速く動けるなんて、魔法が使えない人間の身体能力じゃないわよ」

「いや、確かに走ったけど一般的な速さだと思うけど」

「え?」


 耳を疑った。あれが一般的な速さであるものか。目で捉えていたのにも関わらず姿を見失うほどのスピード

 

「アレスの言っていることは本当ですよ」


 横から補足するようにリーゼロッテが話し出した。

 

「わたくしたちから見たアレスの動きは確かに速かったですが、人外というほどのものではありませんでした」

「そうだな。アレスが速かったというよりアリアが見失っただけだな」

「うそ」


 信じられない。あんなに注視していたのにもかかわらず普通の速さで見失う事なんてありえない。ならば一体どうやって見失わせたのか。そこが問題になってくる。

 

「目線ですよね」

「正確には目線と自然だね。アリアが瞬きした瞬間を狙ったんだ」


 人間誰しも瞬きをする。それはどんな猛者が相手でも例外はない。

 瞬きこそ視界が消える最大の隙ということができるだろう。そんな一瞬の隙をアレスは狙い攻撃を仕掛けたのだ。結果、一切の抵抗を許さず勝利を収めた。

 

「なら自然は」

「自然と一体になるんだよ」


 心地よい風が吹き抜け、木々が揺れ葉のさざめきが響いた。少年は自然な動作で木剣を腰に提げる。

 

「は?」


 そんな突拍子もない言葉に思わず疑問の声が漏れてしまう。

 

「いや、アレスが不思議な人なのは知ってたけど、まさかそんなこと言いだすなんて」

「え?」

「え?」


 互いに顔を見合わせた。

 アレスが提げようとしていた木剣は鞘が無くスルッと通り抜けてしまう。


「いや、本当に自然と一体に、いや、これだとあんまり正しくないのかな。正確には自然を味方につけるって言った方がいいかもしれない」


 自然を読み、それを味方につけ動く。それがアレスの戦い方だ。

 だが、話を聞いていたアリアたちは理解が追いつかず唖然としてしまう。


「だめ。理解できない」

「とりあえずアレスが強いって事だけは分かったな」

「たぶん理解しようとしても無理だわ。ダバンの言う通りアレスは強い、それだけで充分よ」


 珍獣の行動は理解できないと雑に納得する二人にすでに経験済みだったリーゼロッテは横で苦笑していた。


「分かってくれてよかったよ」

「アレス、二人は分かってないと思いますよ」


 的外れなことで頷いているアレスにすかさず突っ込みを入れるが聞いてはいない。


「これで全員の実力が分かったし、作戦立てるわよ」


 アリアが取り仕切り作戦会議が始まった。

 その後、作戦会議はダンジョン探索前日まで毎日行われるのだった。


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