ランディス邸
翌日、この日も放課後、アリアに連れられとある場所に訪れていた。
「広いね」
「アレス、これを見て広いですませるやつなんて少ないぞ」
「アレスはそういう常識がこじれていますから」
四人の目の前にあるのは豪邸、学院ほどではないがそれでも負けず劣らずの広さを誇り、すぐ横へ視線を向ければ白亜の城がそびえたつ一等地
そんな豪邸の家主はというと
「ようこそ。王都にあるわが家へ」
一歩前に出てそう言ったのはアリアだった。
ここは王都にあるランディス家の屋敷、庭は軍家であるためかグラウンドのようになっており屋敷も公爵家なのだが豪華というよりも堅牢な砦のような重厚感がある。
「広いグラウンドがあれば連携とかの練習はしやすいでしょ」
「そうなんだが、手土産もなしに本当に来て良かったのか」
ダバンは男爵家の長男、公爵家の屋敷に招かれたのにもかかわらず手土産無しでは失礼に値すると考えたのだろう。
「非公式なんだから大丈夫よ」
「だが」
「アレスを見てみなさい」
煮え切らないダバンにアリアは平民である少年を指さした。
「これだけ広ければ魔法を使っても大丈夫そうだね。連携の確認するなら剣が欲しいけど……アリア、剣ってどこにある?」
アレスは公爵家の屋敷に来たというのにもかかわらず自由にグラウンドを見て回り、挙句の果てには公爵令嬢に遠慮なく尋ねる始末
「ね」
「あれは特殊すぎるんだ」
ダバンにとってアレスの行動はどういう神経をしたらあそこまで普通で居られるのか理解不能のレベルだった。
「少しマイペースなところがありますから仕方ありません」
「リーゼロッテ、お言葉ですけどあれはマイペースとは違うと思いますよ」
横からアレスの言動を正当化させようとする王女様にダバンはぼやかしながら苦言を呈した。
「ま、なんでもいいじゃない。剣でしょ。今持ってくるから少し待ってなさい」
そう言ってアリアは一人屋敷の中へと入っていった。
取り残された三人はというとアレスを除き、常識的に屋敷の主であるアリアが戻ってくるまで静かに待っていた。
だが、そんなことを許そうとしない存在があった。その存在は、ここまで広いのが珍しいのかグラウンドと二人のいる場所を忙しなく往復しており二人の視界にはそれが常に入っていた。
触れないでおこうと心で決めておきながらも流石に十往復目に突入しそうになった時、ついにダバンがしびれを切らした。
「アレス、何してるんだ」
「何って、体を動かしてるんだよ」
ダバンのジト目に対し少年は一瞬目を合わすだけで往復を再開させながら答えた。
「それだけか?」
「そうだけど」
何を言ってるんだと首をかしげる。
「だめだ。やっぱりアレスの行動理念が分からん」
「深く考えたところで無駄ですよ。考えれば考えるほど抜け出せなくなりますから」
「先駆者の言葉が身に染みる」
小馬鹿にされているのだが、アレスは気にも留めずグラウンドの土の感触を確かめるように歩いていた。
「お待たせ……何してるの」
忙しなく動くアレスとそれを黙って見守る仲間の姿に二振りの木剣を持ったアリアは何が起きているのか理解できず足を止めていた。
「アレスの不思議行動だ」
「ああ、理解したわ」
段々とアレスに毒されてきたことに気づかない公爵令嬢はダバンの言葉で瞬時に納得した。
アリアが戻ってきたことに気づいたアレスは往復を止め三人の下へと戻った。
「はい」
「ありがとう」
アレスはアリアから受け取った一振りの木剣を握り感触を確かめると今度は太陽にかざしその刃先を真剣に見定める。
「へぇ……かなり使ってるようなのにずいぶん綺麗だね」
「手入れはちゃんとしてるから」
「ああ、そういうことじゃなくて」
手入れ以外に綺麗にする方法なんてあったかなと首をかしげる三人にアレスは簡潔に説明した。
「普段、この剣を使ってる人は相当剣の腕がいいみたいだね。ほら、この剣の刃先とか細かい傷はついてるのに遠目から見たら目立った傷はないように見えるだろ」
刃先についた細かな傷に比べ剣本体は綺麗すぎた。それだけで同じ剣を握る者である少年にはこの剣の持ち主が相当な腕前だと見抜いていた。
「すごいわね。確かにその剣をいつも使ってるのはお父様だから、アレスの言ってることは当たってるわ」
模擬剣とは言え、軍家ランディス公爵家の現当主の剣とはすごい物を借りてしまった。
一般人なら恐れ多くてここで剣を返すなりするのだが、アレスはそんなことしない。分かっていても剣の持ち具合を確認しちょっとその場で試し振りをしたりしていた。どうやらこのままこの剣を使うようだ。
「いいね」
真剣に剣を見て笑みをこぼす姿は普通の人から見れば剣好きの少年といった印象を抱けるがアリアは違かった。
「アレスってもしかして実戦の経験があるの?」
アレスの眉がピクリと反応する。
アリアにはアレスのその姿が実戦を経験したことのある現役の騎士の姿と重なって見えた。
事実、アレスは英雄として北方戦争を終戦へと導いた実績がある。だが、それをここで明かすわけにもいかず誤魔化すことに
「ないよ。逆に聞くけど僕みたいな子供が戦場に出ると思う?」
「それは、思わないけど……う~ん」
アレスの答えに納得しきることができず小さく唸る。
軍家の娘は伊達ではない。このままではその違和感が確信まで突き進んでしまう。アレスは何とか誤魔化さなくてはと考えを巡らせるも良い案が思い浮かばない。
「そんなことより早く練習しませんか。時間は有限ですし」
「そうだな」
そんな中、さっと助け舟を出すリーゼロッテにちょうど良くダバンが賛同した。
「確かにリーゼの言うことも分かるけど」
まだアリアは抱いた違和感を確かめようとしていた。
「ほら、早くグラウンドに出ましょう」
「ちょ、リーゼ、押さないでよ」
リーゼロッテは物理的に考えを途切れさせるためにアリアの背中を押してグラウンドへ出た。
助かったとアレスは視線で伝えるとリーゼロッテはお茶目にウインクしてみせた。気にしなくてもいいということだろう。
「さ、まず何からやります」
「とりあえず、皆がどれくらいのことができるのか把握しておきたいわ」
戦力の分析をしない限り連携を組み立てようにも無理がある。
「じゃあ、まずダバン、適当に魔法使って、あ、もちろん地面に向けて撃ってよ」
「魔法か。それは最大火力という事か?」
「最大火力でもいいし、連射でもいいわ」
最大火力で魔法を撃つことが良いとは限らない。一発の威力が小さくても連射力があれば強大な魔法に匹敵することもある。質か量、そのどちらに優れているか把握しておきたいというのがアリアの目論見だった。
「分かった」
ダバンは一歩前に出て魔力を高める。ダバンの体から魔力が溢れだす。
————ファイア
魔力は三つに分かれながら赤く燃える炎へと変わり地面へと叩き落とされた。土煙が舞い、地面が焼け焦げる。
アリアは満足そうに笑みを浮かべ、その結果を記憶する。
「カム先生が使ってた魔法ね。しかも数が増えてる」
「これが限界だな。まだ三つ以上には増やせそうにない」
「それでも充分よ」
本人は謙遜しているが十分レベルは高かった。まだ攻撃魔法を習って一週間ほどしか経っていないのにも関わらずここまでの事が出来れば上々だ。
「次はアイナの番ね」
「魔力量が多いからといって期待しないでくださいね」
この中で一番魔力量が高いのはアイナだ。そのため期待も高いが本人は珍しく自信がないのか苦笑して前に出た。
————ファイア
アイナの使った魔法はダバンと同じファイアだ。
一体どれだけの威力を出すのか、期待が高まる。
しかし、ダバンの時のように魔力が外部に現れることはなく、とても小さな炎を出した。炎はゆらゆらと弱弱しく動き、ぼふっと気の抜けた音をたて地面にぶつかるだけだった。
静寂が場を包み込む。
魔法を使った少女の頬が恥ずかしさから頬がうっすらと染まっている。
「……もしかして、終わり?」
その問いにリーゼロッテは黙ってこくりと頷くだけで目を合わせようとしない。
その様子から今のが、本当に本気だったと強制的に理解させられる。三人にとってこの結果は予想外すぎて言葉を失っていた。
気まずい静寂が訪れた。
アイナの攻撃魔法は本来持つ魔力量から考えると信じられないほど威力が低かった。
「お恥ずかしながら攻撃魔法は少々苦手でして、回復魔法なら多少は使えるのですけど」
弁明するように口元を手で覆い恥ずかしそうに呟いた。
本体なら励まさなければならないのだが、それ以上にアリアは自分の耳を疑った。
「ちょっと待って、今、回復魔法って言った⁉」
「え?あ、はい。言いましたよ」
「それを先に言ってよ。これで戦術の幅が広がるわ!」
ぱぁっと笑顔を浮かべリーゼロッテの手をとりピョンピョン跳ねだす公爵令嬢、何か小言の一つでも言われるのではないかと身構えていたリーゼロッテは目の前の少女を見て唖然とした。
回復魔法とはその名の通り傷ついた身体を回復するために使われる魔法の事だ。その効果は魔法の種類にもよるが、簡易なものでも切り傷くらいは治せるだけの回復効果を持っている。そのため、回復魔法を使える者が一人パーティーにいるだけでだいぶ戦いが楽になる。
「それにしても回復魔法なんてどこで習ったの?まだ授業だと一切やってないはずなのに」
「ちょっとそういう機会がありまして、そこで教わりました」
若干濁した答え方に疑問を浮かべたものの、別に気にする必要はないかとアリアは肩を竦め今度はアレスへと視線を移した。
「最後はアレスだけど、う~ん、どうしようかしら」
アレスの実力を確かめる方法は限られてくる。しかし、どれも味気ない。
「やっぱり私と模擬戦しましょう」
それ以外、特に思いつかず結局は分かりやすい模擬戦をすることにした。
「これなら客観的に見て分かりやすいし、二人にはアレスだけじゃなくて私の実力も分かるでしょ。どう?」
「僕は構わないよ」
「なら決まりね」




