試験
初めての週末を終えたアレスは特に何を考えることもなくぼうっと登校していた。
週末と言っても襲撃を受けたり、おじさんの愚痴から逃げたりなど、それなりに濃い週末を過ごしたせいか休んだ気がせず、若干体に疲れが溜まっていた。
「……ないか」
そんな昨日のことをふと思い出しながら誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
今日は視線を感じない。アレスは襲撃が失敗して監視が外れたと予想をたてた。だからと言って油断はできないが、ひとまずは安心だった。
これでまた何気ない学院生活を送れると思っていた。だが
学院に着くと教室内の空気は少しだけピリついていた。その空気は何気ない学院生活とは程遠いものだった。
休日明けだというのにこの空気はおかしいと思いつつもとりあえず席に向かう。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう」
すでに席に着いていたリーゼロッテとアリアと挨拶を交わす。
「なんでこんなに緊張感が凄いの」
「なんか成績に大きく関わる試験内容が今日発表されるみたい。多分そのせいでみんなピリピリしているんだと思うわ」
「へぇ、成績か」
学院であるため当然成績は存在する。そしてその成績は今後の人生において勝ち組になるか、負け組になるか、左右するため皆ピリピリしているのだ。アリアでさえ少しピリピリしている。
いつも通りなのはリーゼロッテくらいだ。アレスと同じように端から成績には興味が無いのだろう。
「そういえば、アレスは週末何していたのですか」
「あれ?聞いてないの?」
リーゼロッテの質問にそう答えると不思議そうに首を傾げられた。
ドランは上に報告するとは言っていたが王女であるリーゼロッテには伝えていなかった。そのことを悟り自分が失言をしたことに気づいた時にはもう遅かった。リーゼロッテはすでに疑いの視線を向けてきていた。
「何をしたのですか?」
「ちょっとおつかいに行っただけでずっと家にいたよ」
「ふぅん」
誤魔化すような答えにリーゼロッテの中で疑念が確信へと変わった。その瞳からは絶対に聞きだすという強い意志を感じアレスは思わず頬をひきつらせた。
「……違う?」
リーゼロッテの経験からアレスが何か隠しごとがばれた時、必ず諦めるように両手を上げて降参の意を示すのだが、今回はそんな兆候は見当たらない。
「本当におつかいして、家にいただけですか」
「そうだよ」
確信が揺らいだ。本当に隠し事をしていないのかもしれない。リーゼロッテはこれ以上の詰問を止める。
一方でアレスは内心安堵の息を漏らしていた。まさか、リーゼロッテが詰問を止めるとは思ってもみなかった。こういう時は必ず隠し事を明かすまで質問を止めないはずなのに、もしやこれも成長かと勘違いする。それほどまでに信じられなかった。
「お前ら席に……はぁ、もう着いてたのか」
カムは面倒くさそうに教室に入ってきて一応声をかけようとしたのだが、すでに誰一人立っておらずため息を吐きながら教卓へと立った。
いつもなら、こういう時に必ず誰かがカムに一言文句を言うのだが、今日ばかりはそうはいかなかった。カムも教卓に立ち生徒たちの張り詰めた空気を感じたのか表情を僅かに引き締める。
「お前たちの様子から察するにもう聞いてるみたいだな。お前たちには、とある試験を行ってもらう」
噂通りだった。生徒たちは生唾を呑み込み、いったいどのような試験なのかと緊張が増していく。
「今日から約二週間後、王都郊外に存在するダンジョンにて魔物討伐の演習を行ってもらう」
予想外の試験内容に生徒達が一斉にざわつきだした。
「まだ説明は終わってないぞ」
教卓を二度、少し強めに叩き生徒たちを静かにさせる。
「お前たちが驚くのも無理はない。例年なら適当に模擬戦をして点数をつけるんだが、今回はちょっと事情が変わってな。魔物討伐になったわけだ」
魔物とは宗教上、神々と正反対の不浄なるものとされている生物の事だ。
魔物は世界のいたる所に存在するダンジョンと呼ばれる場所に出現する。その生態はほとんど解明されておらず何故魔物が生まれるのか、何故魔物は人を襲おうとするのか、その全てが謎に包まれている。
唯一分かっていることは魔物を倒すと魔石と呼ばれる魔力を宿した石を落とすということだけ。だが、その仕組みもまた解明されておらず、倒された魔物が収束され魔石となるという説や神々が魔物を倒した褒美としてくださる説等々、様々だ。
そんな未知の塊ともいえる魔物を討伐しろと言われても生徒達には許容できなかった。
「それは絶対ですか」
「ああ、当然だ。だが、例外として棄権は認めている。その場合は別な試験をやってもらうが点数は下がると思え」
それは成績を気にしている生徒たちにとっては例外なんて無いようなものだった。自分の命を優先するか成績を優先するか二択だ。
大半の生徒たちの表情がみるみるうちに苦渋に満ちていく。
「そう気を張るな。少し脅かしすぎたか。少しお前らに安心材料を増やしてやる。まず今回の試験だが四人一組で行動してもらう」
これだけでは生徒たちの不安は拭い切れない。例え班行動ができたとしてもまだ交流の浅い者たちを信用しきれるかと聞かれれば無理な話だ。
そんな心情を悟ったのか、カムは仕方なしにもう一つ情報を与えておくことにした。
「それから念のためダンジョンまで騎士団に同行してもらうことになった。だから安心して試験に望め」
騎士団と聞いた途端、生徒たちの表情に安堵の色が現れる。それほどまでに騎士団という存在は生徒達にとって大きかった。国を守る騎士、そんな優秀な人たちについてきてもらえるだけで安心感が違う。
「詳細は追って連絡する。それじゃあ、俺はこれから別件で留守にするからお前らは俺が戻ってくるまでに班を決めて、この名簿に記入しとけよ」
そう言い残すと名簿を教卓の上に置いて奔放教師らしく生徒たちに全てを任せ、教室から出ていった。




