騎士団本部
王城の最も近くにある敷地、アレスは家が十数軒建てられるレベルに広い訓練場を持った豪邸へとやってきた。訓練場では複数の逞しい男たちが汗を流しながら剣を振るっていた。時折カンッという鈍い音が響き模擬戦をやっているのが分かる。
ここは王国騎士団の本部だ。ここならばドランとすぐに会うことができる。
敷地に入ると一部の若い男たちがアレスに気付いた。
男たちはそのボロボロになった身なりを見て嫌悪感をあらわにした。そうして若い男たちは嫌がらせに本部の建物へと向かおうとするアレスの前に道をふさぐように立った。
「ここは栄えある王国騎士団本部だ。お前のような小汚い平民の来るような場所じゃない。即刻立ち去れ」
ニヤつきながらアレスを見下している若い男たちは態度からして貴族なのだろう。
「?」
しかし、それに気づいてなおアレスは何言ってんだこいつとつい首をかしげてしまう。
とりあえず面倒そうだったためアレスは無視して男たちの合間を縫って通り過ぎる。その無駄のない動きに男たちは一瞬瞠目するもすぐにくだらないプライドが傷つけられたことに怒りを感じアレスの肩を強く掴んだ。
「おい、聞いているのか!」
前にもこんなことあったような、と既視感のようなものを感じながらアレスはうるさい男の方を振り向いた。
「うるさい」
「な⁉貴様!騎士である私にそのような口を!」
若い男が腰に身に着けていた騎士剣に手をかけた。アレスはその挙動に目を細め僅かに臨戦態勢になるが、その必要はなかった。
「なんだ、なんだ。昼間っから騒がしいたらありゃしねぇ」
近くにいたのか、騒がしい声を聞きつけたドランが建物の中から眠そうにしながら出てきた。
「て、おいおい、どうなってんだ」
アレスがボロボロの格好で若い騎士に肩を掴まれている状況を見て呆気に取られていた。
「団長、聞いてください」
若い騎士がドランの登場に不審者であるアレスを訴えようとするが
「そんな格好してどうしたんだ」
「ちょっと色々ありまして、そのお話に来ました」
「なるほどな……なら、中に入れ」
アレスの格好と何があったか詳細には答えないことで事態を察したドランはアレスを本部の建物へ招き入れる。
その予想外の光景に若い騎士が慌ててドランに抗議した。
「ちょ、ちょっと待ってください。そいつは」
「あ?こいつは俺の知り合いだ。それよりお前らはこんなとこでさぼって何やってやがる。さっさと訓練に戻れ」
「「「は、はい!」」」
ドランの睨みに堪えかねた若い騎士たちは訓練場へと一目散に戻っていった。
「はぁ、根性ねぇ奴らだな。悪いな。うちの騎士が迷惑かけたみたいで」
「気にしないでください。ただうるさい人に絡まれただけですから」
「お前、そんな飄々としてたか」
本当に気にしていない様子のアレスを訝しげに見た。
「成長です」
その一言でバッサリとドランの言葉を切り捨て、一人歩みを進める。
「ま、そういうことにしとくか。それより俺の部屋はそっちじゃないぞ」
建物に入ってそのまま真直ぐ進もうとしたアレスをドランは呆れながら呼び止めた。
少年は顔を向けることなくバックで歩いてきた。その顔は見ることができないが、ドランには昔のように羞恥心に駆られて、すまし顔なのに顔を少し赤くさせているのが容易に想像できた。
そんなやり取りがありつつも二人は団長室にやってきた。
「用件を聞く前にまずその服どうにかしないとな」
流石に服がボロボロの状態で会話させるほどドランは鬼畜ではない。
「できれば似ている服を用意してもらえませんか」
「その服は市販の物だろ。ならうちにも似た替えがあるはずだ。ちょっと待ってろ」
ドランは本部のどこかにあるはずの着替えを探しに行った。
一人部屋に取り残されたアレスは来客用のソファへと座ってぼうっと壁を眺める。
「おう、持ってきたぞ。て、何やってんだ」
「あ、早いですね」
アレスはドランの質問を無視して着替えを受け取った。幸いにもボロボロになったのは上に着ていたシャツだけなのですぐに着替え終える。
その間にドランは来客用に用意してあるお茶を出した。
「はぁ、それで、何となくは想像つくが何があった」
「ざっくり言うと僕を狙う刺客に襲われました」
ドランはけろっととんでもない発言をする少年に呆れを隠しきれず頭を抱えて大きなため息を吐いた。
「お前、事の重大性分かってんのか」
「はい、何者かが僕の存在を嗅ぎつけて暗殺しようとした」
「そうだ。まず、第一にお前を狙った刺客ならその上にいるやつは確実にお前の正体に気づいてる。となるとどっかから情報が漏れた可能性があるってわけだ。はぁ、頭が」
ドランは妙な頭痛に襲われ頭を抱えた。
この襲撃事件で一気に片付けなければならない問題が山積みとなった。
アレスを狙った襲撃ということならば確実に相手はアレスを英雄だと認識したうえで邪魔だと考えている。次に英雄アレスが王都にいることを知っているのは王族と信用のおける一部の上流貴族、そして王国騎士団でアレスと面識のある者たちだけだ。
つまり、どこかから誤って情報が漏れたか、知っている者の中でアレスを消そうとしているかの二択、どちらにせよアレスを知る者の中に裏切り者がいる可能性があった。
「人数は」
「十六人、うち一人は捕らえることができたのですが、魔力を暴走させて死にました」
「証拠隠滅か。面倒な」
情報源は断たれた。これではゼロから犯人を捜すしかない。
「とりあえずこの話は上に持っていくが構わないな」
「はい」
英雄が襲われたとなれば国にとって一大事だ。犯人捜しは早急に行われるだろう。
頷いた後、落ち着いた様子でお茶を口につけるアレスをドランはじぃっと観察するように眺めていた。
「……」
「どうかしました?」
「もう少し危機感持った方がいいんじゃないかと思ってな」
太腿に肘をつけやや前のめりになって注意するが、アレスは依然として平然と座っている。
「正直言って今回の事、あんまり気にしてませんから」
「図太いのかマイペースなだけなのか。よく分からんな」
笑顔で言って見せるアレスの態度にその言葉を信じざるを得ない。
「あ、そうだ。ドランさん、少しだけお金を貸してくれませんか」
「命の話した後にすぐくだらない話題かよ」
相も変わらずマイペースだ。そんな少年にドランは呆れ交じりの苦笑を浮かべていた。
「すみません。ただ、刺客の魔力爆発をくらった際に買い物した食品が全部だめになってしまったので」
「なるほどな。だから外に出てきたのか……いや、何でもない。それでいくら必要なんだ」
何かをごまかすように話題を逸らす。
「これが買えるだけのお金を、あとできれば手提げの白いカバンも貰えれば」
ポケットから買い物リストをテーブルの上に出し、消されたカバンと同じ物まで要求する。
それはまるで今日あったことを他の誰にも悟られないようにするための隠蔽工作のように見えた。
「……まさか、今日あったこと嬢ちゃんには何も教え無い気か」
「まあ、そんなところですね」
頬を掻きながらばつが悪そうに答える少年にドランは不安を覚える。
アレスは昔から極度にカレンを心配させまいとする。そのせいか何があっても自分から決して厳しい状況にあることを伝えようとしなかった。いつもそう言ったことを伝えるのはドランの役目だった。
「たまには誰かに弱みを見せるのも大切だと思うぞ」
「自分から話せと言う話なら無理ですよ」
昔と違いアレスは成長した。今ならば説得できるかもしれないと感じ、それとなく伝えたが少年の鏡のように澄んだ黒の瞳に真意を見透かされ呆気なく失敗に終わる。
「必要ならその時話します」
「はぁ、妙なところで頑固なのは変わらないな」
揺るがない決意を見てドランは諦めざるをえなくなる。
「ちょっと待ってろ」
ドランは執務机の引き出しを探り、財布と偶然あった白い手提げかばんを取り出した。
「これだな。あと金は返さなくていいぞ」
「そんな、悪いです」
「正直言ってお前が今回襲われたのは俺たちの不手際からだ。これくらいはさせてくれ」
財布からぴったりな額になるようお金を取り出すとアレスに押し渡す。
「それに、お前はまだ子供なんだ。子供は子供らしく大人に甘えとくもんだぞ」
「子供って、僕もう十六ですよ」
「俺らにとってはまだまだ子供だな」
そう言って豪快な笑みを浮かべるとアレスの頭をくしゃくしゃに撫でまわした。アレスは抵抗することなく昔から変わらないごつごつした騎士の手に身を任せた。
「ドランさんそんな歳とってないじゃないですか」
「あ?俺の同期はみんな結婚して家庭を持ってんだぞ。三十代後半独身の寂しさなめんな」
どこか自虐気味に結婚適齢期を逃した貴族令嬢のようなことを言いだす王国騎士団団長
「そう言えばカムさんも結婚していましたね」
アレスが知っている限りではドランの同期であるカムはすでに一児の父であった。
「聞いてくれ。あいつ二人目が生まれたんだ」
なんとカムはアレスが森にいる間に二児の父になっていた。職場では上司からの無茶な命令に毎度胃を苦しめるカムにとって家庭が円満なのは素直に喜ばしいことだ。
「それはおめでたいですね」
突如、ドランの目がくわぁと見開かれた。ドンッと机を叩き、前のめりとなったドランの強面の顔が至近距離まで近づいた。
「おめでたいだけで済むかよ!出産祝いを送る独身の気持ちが分かるか!」
涙目で訴えるおじさんに、うわぁと本気で引いてしまう。アレスは刺激しないようにそっとドランの顔を手で押しのける。
独身の気持ちは理解できなかったが、ドランが結婚に飢えていることは分かった。そしてこの件には関わらない方がいいと悟った。
「あいつ、毎回愛妻弁当を持参してきて俺の目の前で食うんだ。しかも話すことは全部子供の事。あの時ばかりは殺意を覚えたな。だから腹いせにあいつに面倒な書類仕事を押し付けてる」
そんなくだらないことで、ふっとどこか虚ろな瞳で勝ち誇ったように笑みを浮かべる王国騎士団団長にアレスは言葉が出てこなかった。その代わり聞かなかったことにしようと心に誓った。
これ以上の長居は危険だと感じカバンとお金を受け取ると立ち上がり踵を返した。
「それじゃあ、僕帰りますね」
「もう少し愚痴を聞いてくれ」
「これ以上ここに居るとカレンさんに心配されるんで、さようなら」
本音を漏らしだしたドランから逃げるようにアレスは団長室を後にした。
団長室からドランの止めるような叫び声が聞こえるが無視して歩みを進める。
その後、アレスは貰ったお金で買い物を済ませると何事もなかったように家に帰る。
「おかえり、ん?どうしたの。そんなに慌てて」
花壇の手入れをしていたカレンが少し足早に帰ってきた少年に疑問を投げかける。
「もしかして何かあった?」
「……カレンさんには誤魔化せませんね」
長い付き合いであるカレンに生半可な言い訳を並べたところで誤魔化すことはできない。
少しためらうように口を開いたアレスにいったいどんな話をされるのかとカレンは生唾を飲み込み身構えた。
「おじさんの愚痴から逃げてきました」
「……ん?」
隠す必要が無くなりどこかスッキリした表情のアレスとは対照的に、あまりに突拍子の無い言葉にカレンはさらに疑問を深めてしまうのだった。




