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絶望の使徒は心を求む  作者: MTU
第一章 絶望の使徒
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刺客

 アレスがアーク学院に通い始めて最初の休日、特に予定が無いアレスは朝食を食べ終えてから庭で剣の素振りをしていた。

 

「アレス君いる?」


 家の中からカレンが手にカバンを持ち外に出てきた。声が聞こえたのと同時にアレスは素振りを止め首にかけておいたタオルで軽く汗を拭きとる。

 

「ちょっと待ってください」


 アレスは急いでカレンの下に向かった。

 

「お待たせしました」

「急がなくてもいいのにって、どうしたのその汗⁉」


 カレンはアレスの姿を見てギョッとした。

 

「ん?」


 アレス自身は気づいていないようだが、その汗の量は尋常ではなかった。まるで大雨にでも降られたのかというほどに濡れているシャツに黒髪、もはや病気を疑うレベルだ。

 

「あわわ、こういう時どうしたら、やっぱり病院に。だけどここからだと遠いし、そうだ!こういう時は深呼吸、吸って~…はいて~…吸って~」


 慌てすぎて何故か自分で深呼吸をしだす。

 

「落ち着いてください。まずは呼吸を元に戻しましょう」

「そ、そうだね。すぅ」


 あまりの慌てぶりに汗だくのアレスがカレンの介抱をしはじめる始末だ。

 

「ふぅ、落ち着いたよ。ありがとう」


 しばらくして落ち着いたカレンは笑みを浮かべる。

 

「いえいえ」

「て、そうじゃなかった!まず水分とらないと」


 まずはこの汗をどうにかしなくてはとカレンがアレスの手を引き家の中に戻る。

 

「はいお水、あと冷えたら大変だから服を変えないと、ちょっと待ってて」


 水の入ったコップを渡すとカレンは急いでアレスの部屋にある着替えを取りに行った。ドタバタと騒がしい物音が二階から響く。その数十秒後、着替えを持って戻ってくると今度はアレスの服を脱がせようとする。

 

「えっと、カレンさん、自分で着替えくらい出来ますよ」

「ダメだよ。こんな大量の汗が出てるんだから念のため安静にしておかないと」

「あの、こんな状況で非常に言いにくいんですけど」


 流石にこれ以上は大ごとになると悟ったアレスは思い当たる原因を話すことに

 

「どうしたの?」

「この汗、ただ単にずっと素振りして出た汗です」

「……え?」


 理解が追いつかないといった表情でアレスを見上げる。それもそうだろう。ずっとということは、アレスはかれこれ三時間近く休みなしに素振りを続けていたことになる。そんな馬鹿げたこと、いくら屈強な騎士でもできやしない。

 

「それって大丈夫なの?」

「はい、森にいた時は朝から日が沈むまで続けたことありますし」

「⁉」


 カレンは目を丸くさせた。そして不意に服の隙間から覗かせるアレスの肌が視界に入る。洗練された引き締まった筋肉、軍人や騎士でないカレンでもその肉体がどれだけの訓練をして仕上げられたか理解できた。

 そして徐々にそのアメジスト色の瞳は驚きではなく不安へと移ろいでいく。

 

「本当に大丈夫なんだよ、ね?」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ちゃんと休む時には休んでますから」

「そ……」


 そういうことではないと言おうとするがすぐに引っ込める。これ以上アレスに何を言っても意味が無いと判断した。それはアレスの瞳がまるで子供の頃に戻ったかのように純粋だったから。不思議とそれだけで言葉を紡げなかった。

 

「それで、僕に用事があったんですよね」

「あ、そうなんだけど……」


 カレンは渋るような表情を見せる。今のアレスに本当に任せていいのか不安だった。

 

「このことなら気にしなくていいですよ。体は何も問題ありませんし、カレンさんのお役に立ちたいですから」


 優しく微笑むアレスにカレンは一瞬浮かんだ不安を拭い去る。

 

「なら、買い物に行ってきてくれるかな」

「それくらいならおやすい御用です」


 胸を叩き自信満々に答える少年にカレンはカバンと買い物リスト、そしてお金の入ったがま口財布を渡した。その持ち物はまるで子供のお使いのようで、カレンがまだアレスを子ども扱いしていることがよく分かる。

 アレスは財布と買い物リストをポケットにしまう。

 

「それじゃあいってきます」

「うん、いってらっしゃい」


 心配するカレンに見送られながらアレスは家を出た。

 裏道を抜け大通りへと出る。休日ということもあり大通りは賑わっていた。

 

「えっと、買うものは……」


 裏道から少し離れたところで買い物リストを見て何を買うのか確認する。リストに書いてあるものは全て食品類だった。これならばすぐに買える。

 アレスは買い物リストをポケットに戻し、まず野菜類の売っている八百屋へと向かった。この大通りにある店はすべて覚えている。

 

「……」


 人に紛れながら周囲へと視線を移す。

 

「やっぱりか」


 何かに納得するように頷くと買い物を素早く行っていく。次第にカバンの中は食品類で埋め尽くされていった。

 

「これでいいかな」


 最後の肉類を買い終え、このまま帰路に着くと思いきや家へと続く裏道とは真逆の貴族街の方に向けて歩き出す。

 そして人通りが少なくなったところで裏道に入っていった。

 入り組んだ裏道を奥へ奥へと歩みを進める。そして大通りの喧騒が聞こえなくなるくらい奥へと来ると足を止めた。

 

「僕を付けていたのはどこの誰だい」


 そう言って振り返ると目の前には黒い外套に身を包んだ人物が不自然にポツンと立っていた。

 

「いつからだ」


 冷静で太い声、声色を変えていなければ男だろう。

 

「僕が友人とスイーツ店に行った時からは気づいていたよ」

「ち、化け物が」

「それで、僕に何か用かな?買い物も終わったし早く帰らないといけないんだ」


 男の悪態に耳を貸さず、アレスは肩を竦め自分の意見だけ言う。その態度が気にくわなかったのか、またしても男が小さく舌打ちをした。

 男が何も言わず数秒の静寂が訪れる。

 

「答えてくれないと困るんだけど」

「……」


 男は無言で腕を掲げるとそれを振り下ろした。すると、どこからともなく男と同じような黒い外套を纏った人物が複数人アレスを取り囲むように現れた。

 

「予想はしてたけど、まさか二桁も僕によこしてくるなんて正直びっくりしてるよ」

「やれ」


 アレスの言葉を無視して男がそう言い放つと、取り囲むように陣取っていた人物たちが次々と殺意を宿した刃をちらつかせアレスに襲い掛かった。

 

「やっぱり刺客だったか」


 そう暢気に呟いているアレスだが、現在持っている物と言えば食品類の入ったカバンに買い物リスト、財布くらいだ。武器になる物は何一つとして持っていない。

 それでもアレスはその場を動こうとしない。

 

「さて」


 鈍い銀色の輝きを放つ刃が目の前まで迫っていた。殺意が灯る複数の瞳がアレスを威嚇する。しかし、その全てを飄々と受け流す。

 

「ただのナイフか」


 毒でも塗っているのかと考えたが扱い方から見てどうやら違うらしい。しかも手練れの暗殺者を予想していたのだが、足取り、気配、視線の動き、その全てが粗削り、連携は取れているが暗殺者としては中の下といったところだった。

 少し拍子抜けするように呟くとすんでのところで半歩下がり一人目の攻撃をかわした。その間にカバンを肩にかけ両手を使えるように態勢を変える。

 いくら相手が手練れでなくとも、取り囲まれているこの状況では不利だと判断し、すぐに退くことを選択する。


 だが、この状況ではこの包囲網から抜け出すことすら容易ではない。全方位からの刺客による殺意高めの攻撃、それに加え未だにリーダー格だと思われる男は一切動こうとしない。

 

「後ろ」

「⁉」


 後ろから後頭部目掛けて突き出されたナイフを、頭を傾けることで躱すだけでなくそのまま腕をつかみ前にいる刺客目掛け投げ飛ばした。

 仲間が倒れたことでできた刺客たちの隙を見逃さない。アレスは後ろを振り向き路地の奥へと逃げた。包囲から抜け出すことに成功

 しかし、結局のところ危機的状況には変わりない。

 

「化け物は体術も対応可能のようだ。慎重に行け」


 男からアドバイスを受けたことで刺客たちが気を引き締めたように慎重にアレスの動きを見定め始める。

 

「舐められた方がやりやすいんだけど」

「化け物を舐める馬鹿はうちにはいない」

「そっか。そのついでにあなたたちの素性も教えてよ」

「……」


 やはり素性については話そうとしない。

 無言で刺客たちに合図を送りアレスを排除しようとする。

 無数のナイフが襲い掛かる。アレスはそれを躱したり素手でいなしたりして何とか凌ぐ。隙を見つけて反撃しようにも警戒心を最大まで高めた刺客たちには隙が無く反撃は叶わない。

 

「どうすれば……」


 数に押され自然と焦りが声となって漏れてしまう。

 何か活路が無いかと思考した時、とある物が目に留まった。それは誰かに捨てられた一本の小汚いスプーン、すでに酸化が進んだせいか錆びついている。


「これなら」


 アレスは刺客たちに追い詰められていると見せかけ徐々にスプーンの近くまでゆっくりと後退する。


「ふ」


 男が勝利を確信したようにほくそ笑んだ瞬間、アレスの側頭部にナイフがほんの数センチの距離まで近づいていた。躱そうにもすでに後ろは壁、逃げ場はない。刺客たちもまた勝利を確信した。

 そして誰もこれがアレスの作戦だとは気づかない。

 アレスは瞬時にしゃがみ込み、落ちていたスプーンを手に取った。それによりナイフは空を切り刺客は虚をつかれたことで目を大きく見開いた。この油断が致命傷となる。

 手に取ったスプーンを逆手に持ち、柄の部分を頭上で振られている肘の隙間目掛け突き出した。


「っ⁉」


 刺客の腕がしびれナイフを落とした。

 アレスは瞬時にナイフを拾うと横に回りその勢いのまま膝裏目掛け蹴りを叩きこんだ。ガクンと体勢を崩した刺客を後ろから捕らえ首元にナイフを突き出す。


「うっ」

「立って」


 ナイフを喉元に近づけ立つように促す。

 アレスは刺客を盾にするようにゆっくり立ち上がり、他の刺客を牽制する。


「形勢逆転のようだね」

「くっ」

「隊長!私の事は気にせずこいつを、んぐ」


 アレスは叫び出した刺客の口をふさいだ。

 刺客はかろうじて動かすことのできる右手で何かしらの合図を送る。


「っ⁉……分かった」


 それを見た男は悔しそうに歯噛みし拳を握り締めた。


「全員、撤退……」


 振り絞るように出した声は徐々に小さくなる。刺客たちは一斉にアレスから視線を外し、男を見た。そしてその様子から心情を汲み取ったのか次々と退散していく。


「お前の無念、必ず晴らす」


 苦渋に満ちた声でそれだけ言うと男までもが去ろうとする。


「逃がさない」


 アレスは刺客を解放し、男を追いかける。

 情報を聞き出すためにはリーダー格であるあの男を捕まえるのが一番いい。そのためここで逃げられるわけにはいかなかった。しかし、この判断が仇となる。

 後ろから伸びてきた手がアレスを捕らえる。


「時間稼ぎくらいはさせてもらうぞ」


 刺客がアレスを羽交い絞めにした。しかし、咄嗟の事できちんと絞めきれておらず簡単に抜け出されそうになる。


「言っただろ。時間稼ぎって、全ては祖国のために!」


 刺客がそう高らかに宣言すると尋常ならざる魔力が刺客に収束し始めた。アレスは刺客が何をしようしているのか悟った。そして驚愕で目を見開く。


「まさか⁉」


 アレスは急いで抜け出そうとするも、もう遅かった。

 直後、刺客の体が光りだし爆発した。路地裏に突風が吹き荒れ光が広がる。規模は小さめだったがアレスの視界を奪うには十分だった。


 やがて光が収まり、風が止む。

 無傷で立っていたアレスは周りを見渡す。すでにあの男はいなくなっており刺客もあの爆発のせいで骨すら残さず体ごと消滅していた。


「故意に起こした魔力爆発か」


 アレスは冷静に状況を分析し始める。

 先ほど刺客が起こしたのは体内にある魔力を故意に暴走させ爆発させる自爆だった。刺客が行ったのは自分の命よりも何らかの命令もしくは忠誠心を優先した行動だ。それだけであの刺客の異常性がよく分かる。


「それに祖国のために、か」


 つまり、あの刺客たちはどこか別な国から送られてきた者たちだと容易に予想できた。


「とりあえず、まずは報告か」


 アレスは爆発の影響でボロボロになってしまったカバンと服を見て溜息を吐くと路地から貴族街の方へと向かった。


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