昼食
その後、滞りなく午前の授業が終わると昼休みになった。教室からは続々と生徒たちが出ていく。
「お昼か」
アレスが持ってきたお弁当を食べようとしていると、教室から出ていく生徒たちが目に付いた。
「どこに行くんだ?」
「食堂じゃない」
「へぇ、そんなところがあるんだ」
まだアレスはこの学院にどのような施設があるのか把握しきれていなかった。そのため食堂というものに興味を抱いたが、折角カレンに作ってもらったお弁当があるため行くわけにはいかない。
「私も今から食堂に行くけどアレスも行く?」
「いや、僕はお弁当があるから」
「それなら別に気にする必要はないわよ。食堂は昼食を買うためだけの場所じゃないから」
「そうなの?」
食堂は昼食の販売を行っているが基本的には生徒達の憩いの場として利用されている。そのため昼食を注文せずに食堂でお弁当を食べる生徒は結構いるのだ。
「そうよ。暇なら一緒に行きましょう」
「確かに、それならいいよ」
食堂でお弁当が食べられるなら問題はない。
「リーゼも行くでしょ」
「はい」
「決まりね。なら早く行きましょう」
三人は一緒に食堂へと向かった。
食堂は一年校舎を出てしばらく歩いたところに存在する。アレスたちと同じように食堂へ向かう生徒はたくさんいた。
「急いでる?」
一部の生徒が足早に食堂へ向かっていた。しかも全員が上級生、何かあるのかと考えるがアレスには関係なかったのですぐに思考を変えお弁当の中身に何が入っているのか想像を膨らませた。
食堂にたどり着くとすでに中にはたくさんの生徒たちがおり、複数ある注文口にはそれぞれ長蛇の列ができていた。
「多いわね。結構早めに出たと思ったんだけど、これじゃあ時間がかかりそうね」
「そうですね。だけど幸いにも席の数は多いようですし心配いらないでしょう」
食堂は学院の全生徒を収容できるだけの広さを誇っていた。その分、席もかなりの数があり座る場所には困らない。
「じゃあ、僕は先に席取っとくよ」
「いいわね」
「そうですね。分かりやすいところに座っていただけると助かります」
「分かったよ。それじゃあまた後で」
アレスは二人を置いて分かりやすそうな場所を探す。ちょうど近くにポツリと空いている席を見つけたためそこへと座った。
すると近くにいた上級生がギョッとしたようにアレスを二度見した。通り過ぎていく他の生徒達もアレスを見ると必ず二度見し遠ざかっていく。
そんなこと気にもせずアレスは一人ぼうっと遠くを眺める。
「ふぁ~」
しばらくすると楽しく談笑しながら料理を運ぶ二人がやってきた。
「でね」
「それは楽しそうですね」
「来た。お~い」
アレスが呼ぶと二人は気づき、振り向いたのだがその光景を見て目を丸くさせた。
「これはまた……すごいですね」
「感心してる場合、どう見たってやばいじゃない」
「どうしたの?」
二人の言葉の意味が理解できない。首をかしげているとアリアが呆れたように首を横に振った。
「周りを見てみなさい」
そう言われアレスは周りを見ると近くに誰もいないだけで特に変わったところはなかった。
「噂って怖いわね」
「まぁ、アレスですから」
「何となく言いたいことは分かるけど、そこまですんなり納得するほど毒されたくないわ」
呆れ気味に言うアリアに何か悟ったようにリーゼロッテが答える。
アレスは気づいていないがこの状況は異常だった。普段ならこんな購買に近い席が空くことはないのだが、今はアレスを残してその周囲約五十mほどの席は全て空席となっていた。それも全てアレスの噂のせいだ。しかも上級生までいなくなっているこの惨状を見ればアレスの悪い噂がすでに上級生まで伝わっていることを物語っている。
「裏社会の支配者だ」
「うわ、こわっ」
「馬鹿、目を合わせたら殺されるぞ」
周りの生徒たちがありもしない噂をこそこそと話している。
そんな噂話が耳に入らないのかマイペースなアレスはカバンからお弁当を取り出していた。ある意味で大物だ。
アリアは周りを気にしながらアレスのいるテーブルへと料理を置くと席に着く。
「なんか落ち着かないわね」
「慣れですよ。慣れ」
「流石王族」
リーゼロッテは注目を集める状況に慣れているため落ち着いた様子でアリアの隣の席に座った。
「おぉ」
そんな二人の会話すら気にせずアレスはお弁当を開ける。
中には卵、ハム、チキン、レタスといった様々な種類の具材が挟まれたサンドウィッチに加え瑞々しいプチトマトやパセリが添えられていた。野菜類に関しては庭に植えてあるものから採ったため瑞々しいのだろう。
アレスは軽く両手を合わせ祈ると早速サンドウィッチを手に取った。
「美味しい」
一口食べただけで分かる美味しさ、授業終わりということも相まって疲れた脳に卵のほのかな甘みが染みわたる。少し甘めに仕上げている所からカレンの気遣いが窺える。
美味しそうに食べるアレスにリーゼロッテが何か言いたげな視線を向けながらシチューを食す。流石のアレスもジトッとした視線には気づき手を止める。
「どうした」
「いえ、ただそのサンドウィッチはどなたが作った物かと思いまして」
「どなたってカレンさんだよ。リーゼも知ってるでしょ」
「へぇ」
リーゼロッテから冷気にも似た声が漏れた。隣に座るアリアは思わず手を止めてしまっている。
アレスは気づいていないようだが、アリアは直感で今のリーゼロッテはまずいと感じ取っていた。ここはなんとかしなくてはと不思議な使命感に駆られ話題を変えることに
「そ、そうだ。そのカレンさんってもしかしてアレスの里親?」
そう聞くとリーゼロッテの迫力が一段と増した。
近くを通りかかった生徒が小さく悲鳴を漏らした。
助け舟を出そうとしたのだが、から回ってしまう。しかし、アリアはそれに気づいておらず自分がちゃんと話を逸らせたと信じている。
「う~ん、里親と言えばそうだけど、親にしては若いし、姉?て表現が正しいのかな」
アレスが悩ましげに答えるとアリアは疑問を浮かべる。
「姉?ちなみに差し支えなければそのカレンさんっていくつ?」
「六つ上だから二十二かな」
「わか⁉」
アリアの想像よりも数倍若かった。そしてあらぬ方向に思考が瞬時に動く。
「いや、ちょっと待って。もしかして二人暮らし?」
「そうだよ」
ドン、隣で勢いよく空になったコップが置かれたことに気づかずアリアは自分の思考に没頭する。
「それアウトじゃない」
「何が?」
「何がって、そ、その……間違えが起きたりとか………」
掻き消えるような声で恥ずかしそうに呟いたアリアに対しアレスは何を言っているんだという純粋な眼差しを向けた。
その反応を見てアリアは急激に自分の言ったことが恥ずかしくなり顔を両手で覆い隠した。手の隙間から覗かせる肌は熟れたリンゴのように真っ赤だった。
アリアの考えは至極当然なのだが、そこはアレスクオリティ、そんな間違え起きはしない。というより、そんな考えにいきついてすらいない。まず第一にアレスとカレンはお互いのことを家族と思っておりそういう対象としては見ていない。
「間違えって何を間違えるんだい」
アレスのピュアな質問がアリアの羞恥心にさらに追い打ちをかけていく。もはやアリアは爆発寸前だった。
「まぁまぁ、そのくらいにしておきましょう」
さっきまでの圧はどこに行ったのやら和やかになったリーゼロッテがアリアを救い出す。
「分かったよ」
最初から興味が無かったのかすんなり納得しサンドウィッチを再び口にする。
「それにしても、アレスにそういう手の質問をするのは自爆するだけですよ」
「リーゼは知ってたの」
アリアはまだ恥ずかしいのか少しばかし赤い頬を隠し小さく聞いた。
「はい、アレスはある意味ピュアなので」
「すぐにあの手の疑問が浮かんできた自分が恥ずかしい」
リーゼロッテは恥ずかしがるアリアを優しく慰める。
「二人とも食べないの。冷めちゃうよ」
「察してあげてください」
「?」
何を察するべきか分からないアレスは首を傾げサンドウィッチを口にした。
しばらくするとアレスとリーゼロッテは食べ終わったのだが、まだアリアは恥ずかしそうにサラダを食べていた。
アリアの持ってきたプレートにはサラダと水しかのっていなかった。
「今思ったけどそれで足りるの?」
「足りるわ……」
フォークで器用にプチトマトを刺し口に運ぶ。
「ダイエットですか」
「う……」
図星らしい。アリアは決して太っているわけではないのだが、最近体重が増えてきたことを地味に気にして昼食を控えめにしているのだ。
「大変だね」
ダイエットと無縁なアレスは他人事のように言った。
「それだけで午後の授業は耐えられるのですか」
「大丈夫よ。頭を使うだけなら何とかなるわ」
アリアは毅然とした態度で答える。しかし
「でも午後は剣術の授業ですよ」
「……」
ついさっき自信満々に答えたにもかかわらず今さらもう無理とは答えられないアリアは静かにサラダを食すのだった。




