神の恩恵
授業が始まる。
「今日やるのはこの国、レンシア王国の歴史だ」
大きな黒板に文字を書いていく。
「まず、この国は光神ルーミュの恩恵を受けて発展していることは誰もが知っている事だろう」
レンシア王国は光神ルーミュと呼ばれる、“存在する”神を信仰している。光神ルーミュは宗教上、太陽の輝きをもたらし、天から恵みを与えてくださる女神とされているが、実際のところは分からない。だが、この国の民だけでなく他国の民も光神ルーミュの存在を信じている。それは偏に神のもたらす恩恵が実際に存在しているからだ。
「代表的な恩恵は、そうだな。アリア・ランディス答えろ」
「は、はい」
真面目なカムに指されアリアは戸惑いながらも答える。
「代表的な恩恵は信者の使徒化です」
「その通りだ。年に一度行われる降臨の儀にて神自ら使徒となる人物を選ぶとされる儀式。だが、実際は神が選ぶのではなく、厳しい修行を耐え抜いた者が神からの恩恵を賜る儀式だ」
そこで人々は目にすることになる。神による奇跡を、神の偉大さを
「王族や一部の上位貴族はこの儀式を見たことがあるだろう。そうだな……ザイン・グランヴァイト、この儀式を見た感想は」
「え!あ、はい………」
ザインは答えようとするも口ごもる。
「どうした、答えられないか」
「い、いえ、そういうわけではなく……言葉にできないと言いますか…なんて言えばいいのか分かりません」
「正解だ」
「え?」
ザインだけでなく教室中に疑問が浮かぶ。言葉に表すことができないことが正解とはどういうことかと、しかし、これは見た者でしか分からない。アリアとリーゼロッテはザインの考えに賛同するように静かに頷いていた。
「降臨の儀は言葉に表せないような本物の奇跡が巻き起こる儀式だ。表現しようにも不可能だ」
「それを伝えるためだけに説明させようとしたのですか」
手を上げてそう質問したのは茶髪の真面目そうな少年だった。
「えっと、お前は」
名前が出てこない。カムはすぐ名簿を確認しようとするがその必要はなかった。
「ダバン・ゲオルグです」
「ダバンか、覚えた。何故説明させようとしたかだな。それは簡単だ。お前たちに改めて神の偉大さを知ってもらうためだ。神が居なければこの国が瓦解する。そう言っても過言ではないほど神とは重要な存在だ」
カムは決して大げさに言ったわけではない。実際に神の恩恵を与えられた使徒は戦場に駆り出されたり国の守備にあたったりなど、国にとって重要な役目を任せられる。そのため神の恩恵が無くなれば国家としての軍事力が大幅に下がり他国から狙われるだけの弱小国と化してしまう。そうならないために神という存在は重要なのだ。
「例を挙げると一番有名な使徒は」
「王国騎士団団長、ドラン様です」
カムが言い終える前に質問だと勘違いしたダバンが答えた。カムは苦笑を浮かべながら頷く。
「そうだな。彼は使徒の中で最も国家に貢献していると言ってもいいだろう。平民でありながら厳しい修行を耐え抜いた忍耐力、数々の戦いであげた功績の数々は尊敬に値する」
それは王国騎士団副団長としてのカムの本心だった。カムは一番近くでドランの力を見てきている。そしてその強さの根源である神の恩恵の影響も
「つまるところ、神に選ばれれば勝ち組だってことですね」
誰かが、そう呟くが教室中がざわつきだす。
「静かにしろ。誰が言ったのか知らないが使徒になったからって勝ち組になれるわけじゃないぞ」
「え?でも使徒ってドラン団長みたいな人ばかりですよね」
活発そうな女の子がそんなことを口にする。
「じゃあ聞くが、お前らは年一で選ばれる使徒を全員答えられるか」
「……」
生徒達が静かになる。確かに有名な使徒は二、三名瞬時に頭に思い浮かぶが数十名いるはずの全ての使徒の名前は思い浮かばない。
「思い浮かばないだろ。だから別に使徒になれたからって勝ち組ってわけじゃないんだ」
その言い方はあたかも使徒であるのに勝ち組になれなかった者を知っているかのような言い方で少しだけ言葉に重みがあった。
「いいか、神に選ばれるのはほんの一握りの人間だ。そこからさらに勝ち組になれる者は限られてくる。だから不用意な発言は控えろよ」
棘のある言葉で教師らしく生徒たちを諫めた。
「さて、授業を再開するぞ」
それからしばらくの間、歴史の授業は続いた。
やがてチャイムが鳴り授業の終了時刻になる。
「ここまでだな。この後は魔法学だから昨日行った訓練場に集まっとけ、じゃあな」
カムは荷物を持って教室から出ていった。生徒たちはそれを確認すると各々、伸びをしたりあくびをしたりして授業の疲れを取り始めた。
「意外だったわ」
そう呟いたのはアリアだった。
「まさかあの先生が真面目に分かりやすい授業をやるなんて」
アリアにとってカムはこの栄えあるアーク学院にふさわしくない不真面目な教師だと認識していた。しかし、今の授業を受けて認識を改めなくてはならないと自覚した。
「まぁ、あの先生ですから」
「リーゼは驚かないのね」
「はい」
アリアは知らない。カムに脅迫まがいのことをして真面目に授業をやらせたのがリーゼロッテだということを……
「そんなことより早く訓練場に行きましょう」
「教科書ってあったっけ」
「ないですよ」
「そっか」
アレスは手ぶらで立ち上がると昨日と同じように訓練場に向かおうとするとその後にアリアたちもついてきた。
「魔法学か」
廊下を歩いている最中にアレスがふと不安げに呟いた。
「どうかしましたか」
「いや、魔法学ってあれでしょ。魔法使うやつ」
「魔法学っていうくらいだからそうなんじゃない」
「そうかい」
そう答えると今度は悩まし気に腕を組み歩き始める。
その態度を怪訝に思ったアリアが隣にいるリーゼロッテに小さく尋ねる。
「アレスって魔法が苦手なの」
「そんなことはないはずですけど。こればっかりは、わたくしにも分かりません」
「ふぅん」
リーゼロッテが知っているアレスは剣術だけでなく魔法も得意としていた。過去に何度か魔法を見せてもらう機会があったくらいだ。アレス自身も魔法が上手いことを自覚しているはず、少しの疑問を抱いたが特に問題にするような事でもないためすぐに忘れる。
訓練場に着くと昨日とは違い、そこにはまだ、カムの姿はなかった。
その間、アレスは誰とも話すこともなく手を握ったり離したりして何かの感触を試していた。
「全員揃ってるな」
カムは丸い半透明の水晶を持ってやってきた。
「それじゃあ魔法学な。とりあえず最初は説明だからてきとうに座っとけ」
話ながら壁際に置いてあった机を生徒たちの座る目の前へと移動させ手に持っていた水晶をその上に置いた。
「まず、お前らには魔力量検査を受けてもらう。知っている者もいるかと思うがこの水晶が測定器だ。これに手を触れれば」
カムが水晶に手を触れると赤い輝きを放ち始めた。
「この測定器は色によって魔力量を測定する。下から青、緑、橙、赤、白って感じだ。こいつは魔力量を測るとは言ってるが実際にはざっくりしか分からん。そこがこの測定器の欠点だな」
簡潔に説明する。
「ま、やってみれば分かるさ。名簿順で測定するから一列に並べ」
カムの指示通りアレスたちは列を作った。アレスは名簿順で最後であるため測定も最後だ。
「触れてみろ」
「はい」
最初はリーゼロッテだった。リーゼロッテが水晶に触れると静かに濃い赤色の光を宿した。おぉ、と他の生徒たちがリーゼロッテの結果に感嘆の声を漏らした。
「だいぶ高いな。流石王族といったところか。じゃあ次」
カムは記録を名簿に記入すると、次々と生徒たちの魔力量を測定していく。このクラスで一番多いのが緑でクラスの約半数を占めていた。他はまばらにいるようで、ちなみにザインは橙だった。
「で、次だな。アリア・ランディス」
「はい」
アリアがそっと水晶に手を置くと橙に近い赤色に光りだした。
「赤と橙の間くらいか。なるほどな。よし、次」
ラストはアレスの番だ。
「頑張って」
「うん」
後ろに回るアリアに応援される。
「いいのか」
カムがこっそりそんなことを尋ねた。
水晶に触れることによりアレスの強大な力がばれてしまうのではないかという質問、アレスは過去にこの水晶に触れたことがあった。その時は強烈な輝きを放つ白色、ほとんどの者がたどり着けない色だった。
「大丈夫です」
心配はいらないと小さく一言返すとカムはそうかと頷くだけで何も言わない。
そしてそっと水晶に触れると……
「………何も起きない?」
水晶は光らなかった。そのありえない状況に誰もが驚愕する。そしてアレスの力を知っているリーゼロッテとカムの衝撃はその比ではない。人は少なからず魔力を持っている。しかし、光らないということは
「魔力無し」
「やっぱり」
アレスは何となく察していた。
いつからかアレスは自身の魔力を操れなくなっていた。それどころか自分の魔力がどこにあるのかすら分からなくなっていた。
生徒達がざわめきだす。まさか、あれだけ目立っておきながら魔力が無いとは想像もしていなかった。ザインはアレスの弱みを見て僅かに嘲笑を浮かべていた。
「もう一回やってみろ」
カムがそういうが、アレスは首を横に振る。
「そうか」
カムは名簿に記録なしと記入するとアレスに下がるよう促した。




