女神と皇帝と皇女
アレス達が出て行った後、セイナはアッシュに言われたとおり部屋に残っていた。部屋にいるのはセイナとアッシュ、親子水入らずの状況ではあるが空気はそれほど和やかではない。
「アレスと殺し合ったというのは事実なのか」
「はい」
その偽りのない眼差しにアッシュはやはりかと頭を抱えた。
帝国の英雄であるヴェイグを動かせる時点で皇族の中にアレス暗殺を目論む者がいることは気づいていた。
しかしまさかそれがセイナだったとは、いや、セイナならばありえてしまうかと自身の甘さを後悔する。
セイナは天才であるが故に何もせずとも勝手に成長してくれるだろうと、そう予想してアッシュは皇族にもかかわらずセイナに自由を与えた。好きなように自由に行動する。その結果セイナは気まぐれに育ったが水神ウンディーネに直に選ばれ本物の使徒となるだけでなく聡明に成長した。そして純粋に育ちすぎてしまった。
相手を疑うことはあろうが、それは矛盾点に気づいた場合のみ、矛盾のない言葉や矛盾だと判断する材料がない話は信じてしまう。それがセイナの長所であり、短所でもあった。今回はその短所が裏目に出てしまった。
セイナがメルトのことを兄として慕っていることは知っていた。
セイナの気まぐれの中でもメルトとふれあう機会がとても多かった。父であるアッシュよりもだ。そんな慕う兄が戦争の終結と同時にトラウマを抱え戻ってきた時のセイナの酷く困惑した様子は今も覚えている。
「どうしてお兄様は返事をしてくれないの」
「どうしてお兄様は笑ってくれないの」
「どうして」
そんな疑問を幾度となくぶつけてきた。
その度に決まって、戦争で疲弊しただけだ。そう心配せずとも元に戻る。そんな一切の望みのない言葉を言い続けた付けなのだろうと、アッシュは酷く罪悪感にさいなまれた。
「何故だ」
聞かずとも分かる。だが、聞かなければならない。
「お兄様を救うため」
一切の迷い無く答えるセイナにやはりかと、さらなる罪悪感を抱いてしまう。
だが、妙だ。トラウマの原因を取り除いたところでメルトが元に戻るかなど分からない。そんな神頼みのような事セイナがするか。
「どうしてそう思った」
「シェイにそれが一番だって言われた」
アッシュはその名に目を見開くと、歯ぎしり、内心で静かに怒りの炎を燃やす。
暗部の長である彼がセイナの感情を利用し、アレス討伐を実行し続けたと考えれば全て合点がいく。
よくも娘と息子を利用してくれたなと、首をはねるだけでは収まらないこの怒りをどこにぶつけてくれようか。アッシュは静かに怒りに打ち震えた。
「だけど」
セイナの続く言葉にアッシュは娘の見たことのない真摯な眼差しを見た。
「間違いだった」
非を認め、セイナはアレスと対峙した時のことを思い出す。
「シェイから聞いていた冷徹で非道な人間じゃなかった。ただ空っぽで怪物じみた力を持った優しい人間」
侮辱するわけではない。ただ感じた事実のみを饒舌に語る。
「それに、アレスは私を助けてくれた」
女神の怒りに取り込まれそうになった自分を、あの場で殺さず言葉で助けてくれた。殺し合いの最中だ。
そんな人間が冷徹なわけがない。どこまでも優しい馬鹿だ。
ずっと不思議な気持ちだった。だが、今口に出してようやく分かった。アレスという存在がどのような存在なのかを
「そうか」
まさかこんなところで娘の成長を感じられるとは思ってもみなかったアッシュは緊急事態であるにもかかわらず頬をほころばせる。皇帝としてではなく父親として
だが、この件に関してセイナに責任がないとはいえない。利用されたとはいえ、ヴェイグを差し向けたのはセイナの指示だ。
「セイナ、お前には一時的な謹慎を」
「はい、ストップ」
アッシュがセイナに謹慎処分を下そうとしたが、それは思わぬ者の手によって止められる。
二人の間に水が収束し女神の形を作り出した。
「ウンディーネ?」
「セイナへの処分は待ってもらおうか」
登場して早々そんなことを言い出したウンディーネにセイナとアッシュは困惑してしまう。
「ウンディーネ様、一応の罰を与えなくては周囲に示しがつかないのです」
「そのくらい分かってるよ。だから、私にも罰を与えて」
「・・・・・・・は?」
この女神は一体何を言い出すんだとアッシュは訳が分からなく混乱に陥る。女神に罰、そんな事出来るわけがない。
「お待ちください。我らがウンディーネ様に罰を与えるなど出来るわけがないではありませんか」
「なら、セイナにも罰を与えられないね。セイナは私の使徒だよ」
それはいくら何でも暴論過ぎる。だが、理にかなった暴論だ。
実際、セイナの立場は女神ウンディーネの代行者、権力的にはたいしたことは無いが、やろうと思えば女神の威光を用いて皇帝よりも強い権力を有せる。
「セイナに罰を与えるのは私に罰を与えるのと同義、それに今回の件はセイナのせいじゃないから」
セイナがアレスを殺そうとした要因に自分が深く関わっていると分かっているからこそウンディーネはこの場に姿を現していた。
もし、アレスやルーミュと対峙していなかったら気づくことは出来なかっただろう。
ウンディーネは自分と帝国に住まう人々が皆同じ意思の下にあると考えていた。しかし、それは間違いであった。だからこそ気づけた。自分のアレスへと向けた憎悪の感情が知らぬ間にセイナへと流れ長年セイナの感情をむしばみ続けていた。それに気づいた今、セイナの行動の責任は自分にあるとウンディーネは知った。
「それは一体、いえ、聞きますまい。そういうことなら、セイナのこの件は不問といたしましょう」
「ありがとう」
「お前も随分とウンディーネ様に気に入られているな」
使徒のために弁明する女神なんてこの国の歴史において初めてのことだろう。
「そう?」
セイナ自身よく分かっていないが、前よりかは少しだけ距離が近くなっている気がした。これも全てアレスのおかげだ。
「行ってこい。今、お前ほどの戦力を持て余しているほど余裕がないのだ」
「うん、行ってくる」
セイナがウンディーネと共に部屋を出ようとしたが、足を止めた。
「どうかしたのか」
「・・・・・・アレスがお兄様から毒を抜いた。行ってくる」
あまりに重要なことを伝え忘れていたことを今思い出し、伝えたことで、もういいかとセイナはいち早くアレスの下に駆けつけなければという一心で部屋を飛びだした。
「ま、待たぬか!セイナ!セイナ!!」
部屋の中から響く父の叫びなど今のセイナには聞こえなかった。
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