かつての恋人は酒癖の悪いサーファー
第3回小説家になろうラジオ大賞に応募した作品です。テーマは「サーファー」。
海は嫌いだ。あの人を手の届かない所へ連れていってしまったから。
鎌倉と藤沢を繋ぐ二両編成の列車。海沿いを走るこの線に乗ると嫌でも灰色に濁る海が見えてしまう。
もう3年も経つのに何故割りきれないのか、と思うと窓ガラスに酷い顔をした自分が映った。
あの人は波とお酒だけを愛した人。
私の事などその1割程度の愛すらあったのか、今となっては疑問だ。
あの人は殆ど全てをサーフィンに注ぎ込んだ。
休みの日にどこかへ行こうと言うと「海!」としか言われない。
私はいつも、あの人が日がな一日波と戯れるのを見て海岸で寒い風に耐えながら本を読んで過ごすしかなかった。
「ミナちゃんと彼は正反対のタイプだよね。どうやって知り合ったの?」
……と、よく聞かれたものだ。
酒癖も酷く、飲むと私の事をよく叩いた。
一度など私の頬が真っ赤になったのを見て、ケタケタ笑ったのは流石にダメだと思った。
……まあ私にも原因はあったけれど。
腰越駅を降りて地図を見ながら店に向かう。ハワイの雰囲気を模した、あの人が常連だったサーファー向けジュエリーショップ。
「いらっしゃい……あっ、確か美波ちゃんの……」
「ご無沙汰してます」
「久しぶり! ミナちゃん元気?」
「さあ。あの人の恋人は波ですから」
「でも夫は君でしょ。大学にお勤めだっけ?」
「はい。なんとかしがみついてます」
「で、ミナちゃんは海外で武者修行中でしょ? 凄い夫婦だよね~」
店主が指差したのはプロサーファーであるあの人のポスター。
「形だけの夫婦ですよ。私はあの人に波ほどは愛されてませんし」
私の言葉に店主は笑い出した。
「あはは! 3年前を思い出した。あの子酔っぱらうと君の頬をよくペチペチしてたよね」
「あぁ、ちょっとだけ痛かったです。赤くなるまで止めないし。酒癖悪いですよね」
「あれね、君だけにしてたのよ」
「え?」
「ミナちゃんね、何を言っても君が涼しい顔をしているし、お酒も強くて顔色が変わらないから頬が赤くなる所が見たかったんだって。『彼、研究を愛してるの。あたしの事はそれほどでもない』って陰で言ってたんだから」
私は愕然とした。
「そんな事……」
「あはは、似た者夫婦だね。お似合いだよ」
私は俯いた。マフラーに頬を埋める。
と、視線の先にあの人に似合うネックレスを見つけた。
「プレゼント?」
「はい。多分一時帰国するので」
「あの子喜ぶよ!地上でトリック決めちゃうかもね」
店主はそういって赤と緑のラッピングをしてくれた。
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